|
つながる
さや まりほ
(前編) 未来ではお世話になっています
送信者:三島比呂
日時 :2005年9月23日12:00
宛先 :山本文彦
件名 :未来ではお世話になっています
山本文彦 様
はじめまして。
突然長いメールを差し上げる失礼をお許しください。
これから申し上げることを信じていただけるか、とても難しく、しかも僕自身も信じられないような内容も含まれています。
このメールは未来から発信しています。 勝手ながら、こちらの年月日をお知らせすることはできません。 なお、送信日時を見ても無駄です。 それなりの(?)日時になっているはずですから。
ここ1年ほど、僕の前に「守護霊」が現われるようになりました。 その守護霊が言うには、「自分は1976年生まれの山本文彦と言い、盲導犬ロボットの技術者だった」 そうです。 つまり、生前のあなたです。
さきほど書いた、“自分でも信じられないような内容”とは、未来のあなたの正体です。 守護霊とは、あまりにも非科学的です。 それに幽霊にしては、うるさいです。 今も「幽霊じゃない、守護霊だ」 と叫んでいます(笑)
あなたの時代、理系であっても非科学的なものを認める人はけっこういたようですね。 普通はまず消去法を試みますが、どうもあなたは直感をより大切にしていたようですね。 そして未来のあなたは、僕にももっと直感を信じろと言う……あ、今も言っています。
そろそろ本題に入ります。 僕のところに、将来のあなたである自称守護霊が現われるようになった理由は、僕にやって欲しいことがあるからだそうです。 そのやって欲しいことは、僕にとっては迷惑なことで、あなたが生前に対処しておけば良かったのではないかと思えることです。
そこで、僕は守護霊さんに、生前のあなたにインターネットを使って通信することを提案しました。 未来のあなたは 「過去への通信なんか絶対にできっこないし、万万が一できても絶対にやってはいけない。 過去へ情報が伝わることは因果律を破ることで、絶対的なタブーだ」 と言います。
僕は、「絶対を多用するところが非科学的だ。 あなたの科学知識は自分の生きていた時代のものだ」 と言い返すと、「量子のもつれとタキオンの応用かなあ……これなら光速を越えて情報を伝えられる……でもまだ絶対にできっこないから、まあ、やってみたら」 と態度を変え、あなたがキィマンとなる人物と出合った頃の通信システムや、あなたのパソコン環境を詳しく教えてくれました。
そのキィマンとは、あなたが仕事上で付き合いのある精神科の医者の息子、高校2年生の牧田俊和です。 2005年、つまりあなたにとっての今年の春、盲導犬ロボットのユーザーのことで牧田医師の自宅に相談に行った時に出会ってから親しくなったでしょう。 彼はあなたの影響を強く受け、親の期待を裏切り、医学ではなくロボット工学の方に進みました。 成功しましたから、親としては結果オーライでしょう。
牧田少年は、僕の時代ではかなり有名なロボット博士になっています。 今、牧田研究所の所長で、実は、僕はそこの研究員です。 鉄腕アトムのように、人の心を持つロボットの研究をしています。
僕の守護霊さん、つまり未来のあなたは、その研究をやめさせたいのです。 倫理上の問題があるから、と。
画像 Jun Akiyama。
時代を2005年にもどしましょう。 あなたが勤めている会社は盲導犬ロボットの製造販売をしていますね。 あなたは盲導犬ロボットの技術者ですが、新技術の開発に取り組んでいるでしょう。 人が考えたことを電気信号に変え、それを通信に使う。
でも、その通信の目的は、どうも盲導犬ロボットの操作ではなさそうだ。 最終的に何に使うのか分からない。 外国で軍事利用されるかもしれないと心配していますね。
あなたは、夢のあるものを作りたいのに、反対のものを作っていると、不満の毎日をすごしているでしょう。
そんな中、あなたは牧田少年に、「将来、一緒に囲碁ソフトを作ろう」 と提案したでしょう。 人のカンやヒラメキを初めて取り入れたソフトを。
彼はその画期的な囲碁ソフトを、本当に作ってしまいます。 残念ながら、あなたの手を借りずに。 その後、その囲碁ソフトを搭載した家庭用ロボット、ドラNを造り大ヒットします。 ドラNはあなた好みのマンガチックなデザインのロボットで、僕は幼い頃からドラNバージョン1のユーザーでした。
両親の仲が悪かったので、ドラNの影響は大きかったです。 ドラNバージョン1に育てられた僕は、頭脳はずば抜けていますが、感情の乏しい子供でした。
そんな僕を見た牧田博士は、バージョン2以降、感性の豊かな子供を育てるための工夫を加えていき、まさにあなたが造りたかったロボットになっていきました。
ただ、三つ子の魂百までで、僕のコミュニケーション能力はかなり低いです。 あなたの時代の表現では、「コミュニケーション能力の不自由なお方」 といったところでしょうか。
さて、ドラNのヒットで大金を手にした牧田博士は宮仕えしていた大学を辞めて研究所を立ち上げました。 目的は人の心を持つロボットの研究開発です。完成や実用化は当分先です。できるところまでやって次世代に引き継ぐのです。 研究所の主な財源はドラNの売り上げと関連の特許使用料です。
好きな研究がお金の心配なくできるとは、まさにあなたの理想とする生き方ですね。 あなたの影響力の強さがうかがわれます。 ただ、未来のあなたはその研究内容が気に食わないらしい。
ですから、未来のあなたが、2005年のあなたにお願いしたいことは、牧田少年が将来、鉄腕アトムを造ろうなんて思わないように仕向けることです。 親の希望通り医者になることを勧めるのもいいでしょう。 高校2年の今がチャンスです。 少なくとも人型ロボットを造るなら、中身まで人間に似せる必要はないと伝えることです。
それから、僕からもお願いがあります。 死んだ後に、守護霊とかになって、うるさく僕につきまとわないでください。 勝手に頭の中に入り込まれているようで不快です。
用件は以上です。 でも、もう少しお付き合いください。
僕は、目の前にいる未来のあなたの正体をいろいろ考えているのです。 未来のあなたは突然現われたり消えたりする。 あなたの姿は僕にしか見えず、あなたの声は僕にしか聞こえない。 あなたの体は物体をすり抜け、空中浮遊する。 そして牧田研究所の厳重なセキュリティーにひっかかりません。 本当に守護霊かもしれませんが、他の可能性もいくつか考えています。
たとえば、多重人格の一つの人格。 これは、僕が自分の頭の中にあなたを作りだしたことになります。
最も僕をとらえている考えは……我ながら非科学的ですが……死後のあなたが僕のところに来たのではなく、生前のあなたの頭の中に、未来のあなたや僕が存在しているのではないか、ということです。 すると、僕の世界は全て虚構になってしまします。 あなたの意識から僕が消えると、僕にとってのこの世は終わりです。
おそらく、あなたに将来おとずれる臨終の時の、ほんの短い間に、牧田少年の未来像と彼を取り巻く世界があなたの頭の中に生じたのです。 この世でやり残したことに対する強い後悔の産物でしょう。 そうだとすると、あなたが三途の川を渡りきったら、僕の世界は消滅します。
この考えは、未来のあなたをとまどわせているようです。 おや、面白がってもいるようです。 今、未来のあなたが腕組みをしながら僕に言ったことを、そのままお伝えしましょう。
「宇宙が出来てからインフレーションで大きくなる期間は1秒の何億分の1のそのまた何億分の1とかのフレームで捕らえられるように、1秒の間に入ることが出来る事象はほとんど無限だ。 それと、10のマイナス44乗ごとに量子は明滅を繰り返すから、それを一人の脳にある1000億の脳細胞が行っているとすれば、もう人間の感覚では無限の事象が起こっても不思議ではない」
僕も、一瞬という時間の長さが、永遠と同じ感覚を持つことがあると思っています。 いずれにしても、普通に死ぬまで僕の命はあるのでしょう。 その間、僕は僕のやるべきことをやるまでです。 当然、研究所の仕事は続けます。
未来のあなたの正体も分からないまま、生きている間は付き合わなければいけないのかもしれません。
あなたも充実した人生を送ってください。 あなたの世界も、誰かの頭の中に生じた刹那的な世界ではないという保証はありません。
おや、未来のあなたがまた口を出しています。 「刹那は数字で表すと10のマイナス18乗だ」 と。 うるさいけど、面白い人ですね。
では、とりとめもない長いメールに付き合ってくださり、ありがとうございました。
三島比呂 (未来のあなたの友達) より(初出:『しけんきゅう』152号 2009年6月1日発行)
(後編) 儚いゴキブリと儚いボク
もしもし、花井さん? 今いいかなあ。ボクなんか喋りたい気分。 アルコールは入ってないから。 えっ? 何ナニ? 何かあったの? いいよ、いいよ、先に花井さんの話聞くから。
うん、うん、台所にィ……ゴキブリィ? 10センチのォ!? お、お、落ち着いて。 じゅ、10センチのゴキブリなんて、きっとそれゴキブリじゃないから……と、思ったら、二匹くっついてたの? 交尾中かあ。 連結してたんだな。 お、花井さんやるねえ、台所用洗剤ぶっかけたの。 いや、ボク、ゴキブリには詳しくないけど、ゴキブリは油虫とも言うよね。 油虫に洗剤が付いたら油が取れて、油虫ではなくなると思う。 そうじゃなくて……お尻とお尻がくっついたまま逃げた……ずうっと離れなかったの? だろうなあ、それじゃまともに動けないよ。 う〜ん、これは二人三脚じゃなくて何だろう?
それにしても、どんな生き物でも、交尾中に殺されたら、“もののあわれ”を感じるものだけど、ゴキブリだけはねぇ。 ちなみに、台所用洗剤は何使ってるの? ……花王のファミリーピュア……いえいえノーコメント。
そう言えば、五木寛之の小説のタイトルに 『ゴキブリの歌』 というのがあったなあ。 内容は覚えてないけど、「ゴキブリ」 と 「歌」 の組み合わせは変だね。
まさか俳句の季語になってないよね。 ちょっと待って、今ネットで調べるから……あった! ゴキブリは夏の季語だって。 主に 儚い というイメージで使われるって。 嘘じゃないよ。 そう書いてるんだもん。 「人偏」 に 「夢」 で送り仮名が 「い」 だからハカナイでいいと思うけど、ちょっと変換してみるね……やっぱりハカナイだよ。 俳句の世界ではゴキブリはハカナイんだよ。
ゴキブリや ああゴキブリや ゴキブリや
ゴメンゴメン。 大変だったね。 ほんと、同情するよ。 ゴキブリは人類共通の敵だと思う。 きっとヒトの先祖が、まだネズミみたいにちっちゃいころに、ゴキブリにさんざんいじめられて、その記憶が残ってるんだよ。 窮鼠ゴキブリを噛むで、我々人類はゴキブリと戦ってきたんだと思う。
でもね、そもそも、人間もゴキブリも、体を構成している物質は、遠い昔、星が超新星爆発した後のものなんだ。 だから、人間も、ゴキブリも同じ星から生まれた兄弟なんだよ。
え、分かる? うん、そろそろボクの話を聞いて欲しいなあと思って。
昨夜、またまた変な夢見ちゃったんだよ。 自分としては、ものすごい夢だと思うけど、現実のゴキブリ問題のインパクトに負けそうだなあ。
うん、何と、未来からメールをもらった夢なんだ。 いや、ほんとに。 夢の内容が文字だからねえ、地味と言えば地味だなあ。 ただ、その内容がね、いろいろ考えさせられて……。
時代はねえ、分からないけど何十年か先だなあ。 30年から70年の間ぐらいかな。 ざっくり半世紀ぐらい先かなあ……。 あ〜あ、ボク、あんまり長生きしそうにないかも。 その時、ボクは死んで少なくとも23年以上たっているから。
あの、ほら、精神科医の牧田先生の息子さん……そうそう、この前、ボクのアパートで会った子、今、高校2年生なんだけど、彼、未来では有名なロボット博士になっているらしい。 牧田君は、ドラNという家庭用ロボットを造って……カタカナの 「ドラ」 とアルファベットの 「N」 だよ、楽しそうなロボットでしょ。 そのドラNが当たって大金持ちになって、ロボットの研究所を造ったんだ。 もう、最高にうらやましい人生だね。
で、牧田研究所の研究員が、未来からボクにメールくれたんだ。 受信日時が2005年9月23日の12時。 秋分の日の正午なんだね。 コイツ何考えてんだろ。 ま、ボクの夢だから、ボクが何考えてんだろ〜ってことがメールの中にどっさり。
その時代ではボクは何と、その研究員の守護霊になってんだって。 それで、守護霊であるボクは、牧田研究所のやってる研究が気にくわないからやめさせろって言い続けて、もう、うるさくてうるさくって困ってるらしい。
疑問その1 ボクはいつ死ぬのか? 疑問その2 守護霊はしゃべるのか?
それが、人の心を持つロボットの研究。 未来でもさすがに実用化のメドはついていないけど、研究だけは進めて次の世代にバトンタッチしようという……
そう、花井さんもそう思うよね。 ボクも人の心を持つロボットなんて未来永劫できっこないし、できても作っちゃいけないと思う。 ボクなんか、動物ロボットでさえ、リアルなのを作っちゃいけないと思っているぐらいなのに。
何でこんな夢見たのかなあと考えたんだけど……、うん、そうそう、ウチの会社の新しいプロジェクトのことが、ひっかかっているんだろうね。
やっぱり、ボクらのやってることの延長線上には鉄腕アトムがいるからね。 今やってる、人の考えてることを電気信号に変えて通信に使うレベルのことは、電気製品の操作ぐらいなら、そのうち実用化するだろうけど……そうだよね、早く盲導犬ロボットで使えるようになるといいね。
ロボットが人の心を持たなくていいけど、人の心を理解するロボットを先に造りたいよね。 顔の表情や脳からの信号なんかで判断して動けるロボット。介護とかにさ。
ただ、これに頼るようになると人間の感性がにぶくなるだろうなあ。 感性がにぶくなるというのは、生物としては退化だな。 科学の進歩は諸刃の刃。
画像 Jun Akiyama。
ところで、お願いがあるんだけど。 ボクが未来からメールもらった夢を見たなんてこと、ナイショにしてくれる? ボクも花井さん以外の人には絶対に喋らないから。 だって、ボクの頭の中が見え見えで恥ずかしいから。
それにしても、人の夢、「人偏」 に 「夢」 で儚いか。 こんなことに約束してくれてありがとう。 なんだかね、ボクはあんまり長生きしないような気がするんだけど、ボクが死んだ後も黙っててくれる?
何だか嬉しいなあ。 カン違いしそうなくらい嬉しい。 でも、プラス思考でいこう。 う〜ん、カン違いとプラス思考の違いは……そうだなあ、本人の頭の中のことだけど、客観的には、結果が良かったらプラス思考、結果が悪かったらカン違い……というのは。
メールにはね、もっといろいろたくさん書いてあったんだけど、そうだなあ……一番、思ったのは、人の頭の中で起こっていることってすごいなあということかな。 夢を見る、ということも含めて。
他に書いてあったこと? う〜ん、また今度にしよう。 忘れちゃうかも知れないけど。 どうして? 本当に夢の中のことだよ。 過去に通信できる科学があったら、人の心を持つロボットなんて、どうってことなく作れてるはずだし。 それに、そこまで科学が発達してたら、人類は滅亡していると思うよ。 ほら、よく “地球以外に知的生命体はいるか?” っていう話があるでしょ。 地球の近くで知的生命体と出会わないのは、科学が発達すると、戦争して滅亡するからだっていう説があるくらい。
もし、もしもだよ、本当に未来からメールが来たのなら、めでたいね。 そこまで科学が進んでも、まだ社会を維持しているんだから。
核兵器? たぶん無くならないだろうし、たとえ無くなっても別の兵器ができるだけだよ。 これに関してはプラス思考ではいられない。 そもそも戦争を起こすのは兵器じゃなくて人間の心だと思うから。
そうだなあ。 将来、牧田君が人の心を持つロボットの研究をやりたいのなら、やればいいのかな。 心って何だろうってことを、今までとは別の方向から追求しなきゃいけない。 精神科の医者の息子としては面白いテーマだよ。 人の心を平和にする方法が見つかるかも知れない。
えっ? 何度も言うけど、未来からメールをもらったのは、本当に、本当に夢の中だよ。
ええっと、今何時だろ……ああ、そうか、花井さん、明日…というか、今日か…お姉さんとこ行くんだね。 お姉さんに二人目のお子さんができてから、日曜日はずうっとだね。 そう言えば、花井さんてさあ、子供のころ、お姉さんの飼ってるコオロギをゴキブリと間違って殺して、お姉さんにすっごく怒られたって言ってなかったっけ? ごめんごめん。 この話はやめておこう。 ボクもいい状態で眠ったら変な夢見ないかな。 うん、それじゃあ、おやすみ。
(初出:『しけんきゅう』153号 2009年12月発行)