雪ウサギからのメッセージ 

   

さや まりほ
 

 そろそろ帰ろうかと思っているとドアが開いた。 牧田先生は応接室に入ってくるなり、いつになくけわしい声で言った。
 「君は災害救助ロボットを作るんじゃなかったんですか! 災害救助ロボットに、どうして美人判定プログラムが必要なんですか」
 僕はソファーから飛び上がった。
 「わっ、先生お帰りになったんですか。 おじゃましています」
 先生は僕の挨拶を無視するように続けた。
 「君の会社が災害救助ロボットを作ると言うから、研究員に協力するように言ったんです」
 ここはとりあえず、冗談で流れを変えよう。
 「先生、災害救助ロボットから美人判定プログラムの間が飛んでます。 ネアンデルタール人とジャワ原人の間ぐらい飛んでます」
 先生は口をへの字に曲げた。 すかさず、エイコがすっと話に割って入った。
 「先生、お座りになったらいかがですか。 今コーヒーをお持ちします。藤井さんも、どうぞ」
 と、手で僕に座るようにすすめた。
 エイコはテーブルの上の、冷めたコーヒーが少し残っているマグカップを持ち、軽く会釈して出て行った。 エイコの顔やしぐさを見ていると、ロボットと分かっていてもほれぼれしてしまう。

 牧田先生がソファーに座るのを待って僕も座った。
 「うちの研究員からも相談がありませんでした。 全く最近の若い者は」
 先生の表情が、いつもの上品な研究者のものになった。 学生時代よく見たなつかしい牧田先生らしい顔だ。
 「先生、“最近の若い者は" って、古代遺跡や古文書にも出てくるセリフですよ」
 先生は、苦笑した。
 「ええっと、先生にお話したのは……、ドウロボは、動物ロボットを作っている会社ですけど、災害救助ロボットの受注があったんです。 蛇ロボットを応用して、瓦礫の中にいる人を捜すロボットができないかと」
 「それで、うちの個人識別ソフトを使いたいということでしたね。 完成したと聞きましたが」
 「はい、クライアントも大満足のできでしたよ。 それで、むこうの会社とドウロボでイベントすることになったんです。 救助ロボットの原型になった蛇型ロボットに個人識別ブログラムと美人判定プログラムを入れて」
 先生は何度もうなずいた。
 「話が見えてきました」
 「でも牧田研究所の個人識別プログラムはセキュリティが永久凍土みたいにカチンコチンで、僕たちの作った美人判定プログラムはことごとくはじかれました」
 「あたりまえです」
 「原爆と竹やりほどの違いはありませんが、B29に竹やりを投げてるみたいでした」
 「あまり、いいたとえではありませんね」
 先生がまたきびしい表情をしたので、僕はめんくらった。 そうか、先生の身近には、まだ戦争体験者がいたかもしれない。 先生は1988年の生まれの58歳だ。 でも、この程度のたとえなら、先生より上の世代でも普通に使っている。

 エイコがふたり分のコーヒーを静かにテーブルの上に置いていった。 実際、エイコとドウロボのロボットでは、同じロボットでもB29と竹やりぐらいの差があるかもしれない。
 「藤井君の会社の人たちは、みんな若いんですか?」
 「そうですね。 役員が全員30代で、27の僕が中堅なんです」
 「それは若いですね。 年寄りの私もがんばらないと」
 先生はコーヒーカップを手にした。
 「ええっ? 先生は年寄りじゃないでしょ。 ところで、人の心を持つロボットの研究はすすんでますか」
 僕もコーヒーを一口飲んだ。 おいしい。
 「私の死んだ後、何十年かかってできるかどうかというものです。 ただ、私の生きているうちに、これだけは残したいと思うものはあります」
 「なんですか?」
 僕は身を乗り出した。
 「簡単に言えば……、倫理的価値観のようなものですかね。 長く残る」
 「アシモフのロボット三原則のような?」
 先生はにっこり笑った。
 「覚えてるんですか」
 「はい。 先生のロボット工学の最初の講義で教わりましたね。 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。 また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。 ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。 第三条 ロボットは、第一条および第二条に反する恐れのない限り、自己を守らなければならない。 ……アイザック・アシモフは1920年生まれですから、ずいぶん長く残ってますね」
 先生は相好をくずした。
 「それくらい単純にまとめられたらいいですけどね。 まあ、どっちみち、実績が必要です。技術的な実績がないと、倫理も相手にされません」




Photo by Jun Akiyama



 エイコが見覚えのある赤い丸盆に乗った雪ウサギを持ってきた。
 「先生、お嬢様からお届けものです」
 僕はテーブルの上に雪ウサギを置くエイコを見てニヤリと笑った。 エイコも僕に微笑をかえして、失礼しますと小さく言って部屋を出た。
 「全く仕事中に。 おや、この雪ウサギは煙草をくわえてますね」
 そう、白いウサギが白い煙草をくわえている。 そして白い煙を出すためには……。
 「光栄です。 実はこれ、うちの会社の製品なんですよ。 プレゼント用です。 受け取った人がキィワードを言うと、煙草に火がついて、煙が文字になってメッセージを伝えるんです。 あ、ウサギは煙を吸いません。 煙草の先から煙が出るんです。 ウサギの目が赤いのは、煙がしみるから…なんて」
 「面白そうですね」
 先生がウサギにさわろうとしたので、
 「さわると早く溶けちゃいますよ。 本物の雪とほぼ同じにできてますから」
 先生はけげんそうな顔で僕の言葉を待つ。
 「溶けて煙草が落ちるまでにキィワードを言わないと、メッセージは受け取れません。 僕みたいにシャイな若者に人気があります」
 「しょうがないですねえ。 全く最近の若い者は」
 カチッとライターの音がして、ウサギの煙草に赤く火がついた。 煙草の先から一本の白い煙が上がり、天井近くで大きな文字を作った。 僕からは文字がネガ状態で読める。

 パパへ ママからの伝言です。 今夜はすき焼きだから 早く帰ってください。 私もひさしぶりに帰ります。  真理子

 僕は笑い転げた。 先生も笑いながら言った。
 「キィワードは、“最近の若い者は”でしたか」
 すると、また煙草に火がついて煙が上がり、文字になった。

 パパも 自覚してね。  真理子

 僕はソファーから転げ落ちそうになるほど笑った。
 「煙草が短くなりましたね」
 先生は真顔だった。 学者だなあ。 僕はおなかをかかえながら言った。
 「そうなんです。 煙を出すごとに短くなります。 ある程度短くなると、下に落ちます。 煙草の熱でウサギの顔が溶けることはありません」
 「なるほど」
 先生は唇をかんだ。 きっとキィワードを言わないようにしているんだろう。 ……いや、牧田先生の顔はくもっている。



 
初出:『しけんきゅう』146号 2006年6月1日発行)
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