にゃおが高校3年の7月のある日のことだった。
朝早い時間にチビは鎖を放してもらって一人で散歩に出かけた。
(繰り返しますが、放してはいけないのです(苦笑))

いつものように元気よくダンッと勝手口を叩く。 母が出て鎖につなごうとした時に
「ああ〜!!」と裏返った母の悲鳴混じりの声がした。 にゃおはまだ起きたばかりで
着替えもしていない状態で、勝手口から顔だけを覗かせて「どうしたん?」と聞いた。

「いきなり、血を吐いて倒れたんよ!!」
わけがわからない。 チビは丸々と太った体を横たえて、見るからに苦しそうに息を
していた。 そばには鮮血と言ってもいいような色の血溜まりが広がっている。
母は急いで町の獣医に電話をした。 当時、にゃおの住んでいた町には
いわゆる動物病院というものは存在しなかった。 町の犬に狂犬病予防の注射を
することを委託されている獣医さんが一人いただけだった。 その人が
動物病院と呼べるようなものを自宅で開業していたという話を聞いたことが
無かったから、恐らく、町内を回る活動だけをしていたのだろう。
どちらにしても、母は車の免許を持っておらず、にゃおも当然、車を運転することが
できなかったから、相手を家まで呼ぶしか方法はなかった。


電話に出た獣医は、9時頃になったら行くと言ったらしい。
電話をしたのは朝の7時頃だった。 何をノンキなことを言っているのかと思ったが、
母も、母の話を聞いた獣医も、チビはすでに助かる見込みはないのだということが
わかっていたのだろう。 どうすることも出来ないまま、にゃおと妹は
それぞれ学校へ出かけた。 息をしているチビを見るのはこれが最後に
なるのだろうと予感しながらも、チビに特別な声をかけたり、触れてやることを
しなかった。 そうすることが、ものすごく恐かったのだ。 ロックの時と違って
目の前で命の炎が消えようとしている。 死に直面した自分はそれを見届けるのが
恐かった。 その証拠に、学校へいる間中、チビのことを思い出すことすら
なかったのだ。 思い出すまいとしたのか、自分が薄情だったのかは、わからない。


家に帰ると、チビはすでに毛布に包まれていた。
フィラリア病が心臓にまで及んで、心臓が破裂したのだと獣医は言ったようだ。
どの家庭の犬も、狂犬病の予防接種は義務付けられていたから
接種してたものの、フィラリア病の対策なんかしていない時代。 今のように
人間の子供同様にケアされる時代ではなかった。 フィラリア病にかかるという
可能性を知っていたとしても、車もなく、動物病院まで連れて行ってくれる
知り合いもない状態では、どちらにしても無理な話だった。

みんなで最後の別れを惜しんだあとで、チビはすぐそばの中学校の裏土手に葬られた。



チビがいなくなって間もなくの頃から、不思議な現象が起き始めた。
風もないのに、勝手口の戸がダンッと鳴るのだ。 おや?と思いながらも
放っておくと、それは何回も続いた。 気味悪くなって、そっと戸を開けて外を
伺ってみるがなにもない。 そして、戸を閉めると、なぜかそれっきり戸は鳴らないのだった。

そんなことが、ずっと続いていたので、母とにゃおは、もしかしたらチビが帰ってくるのかも
しれないと話した。 なぜって、そのダンッという音は、チビが一人で散歩に出かけて
帰って来た時の合図とそっくりだったからだ。 それからは、ダンッと音がすると必ず
「おかえり」と言いながら戸を開けてやった。 そして、そうすると、それ以後
戸はピタリと鳴らないのだった。

こうしてチビは、この世から消えてしまってもなお、帰ってくるということを
長い間繰り返した。 その後、新しい犬(これも野良犬)を飼うことになり
猫も加わるという頃になって、チビの帰ってくる回数が減り始めた。 毎晩のように
帰ってきたのが、週に数回となり、とうとう忘れた頃にフラッと帰ってくるようになった。
そして今・・・
チビが帰ってくることはない。



  

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