クリスマス

     にゃおんちは仏教徒だ。 信心深いほうではない。 
     が、お仏壇に向かって「南無阿弥陀仏」は唱える。

     そんなにゃお家(実家)でも、クリスマスは別物なのだ。 主人のように仏教徒のくせにキリスト教の
     お祝いに便乗する根性が気にくわん・・・なんていう硬い頭はない。 イベントのひとつとして
     それはそれで楽しく過ごすのだ。 クリスマスイブの夜はたいしたご馳走はしないけど、
     必ず、鳥の足を焼くのが定番になっていた。 食後はクリスマスケーキにロウソクを灯して
     電気を消した部屋の中、揺れるロウソクの灯を眺めながら、「きよしこの夜」を歌う
     ヘタクソな唄が部屋に満ちて(妹以外は音痴なのだ)、みんなでロウソクを吹き消したあとに
     ケーキカットとなる。 これがイブの夜の何年にも渡って変わらないにゃお家の過ごし方だった。
     どういうわけだか、妹が短大に進学して下宿生活をするまでは、必ず夜は家族が揃っていた。
     あ、こら! 今、心の中で『んまぁ〜 寂しいクリスマスを送ってたのね。 アタシ(ボク)は
     カレ(カノジョ)とロマンチックに過ごしてたわよぉ♪ モテない人は気の毒ぅ〜』なんて、優越感に
     ひたったそこのアナタ!  失礼じゃないの! ・・・図星だけどさ(-_-メ)

     にゃおはサンタクロースの存在を信じていたかどうかは記憶にない。 母がサンタさんにお願いを
     しておかなくちゃ・・・みたいなことを言ったことはなかったし、クリスマスのプレゼントは、母が
     くれることになっていたから。 妹は保育所の頃まで信じていたような気がするけど・・・

     クリスマスのプレゼントは、マフラーだの、手袋だの、ささやかな衣類のことが多かったが、
     なによりも楽しみなプレゼントは、クリスマスシーズンになると必ず登場する長靴に入った
     お菓子だった。  赤い紙製の長靴にこぼれんばかりのお菓子が入っている。 普段、お菓子を
     存分に食べることができなかっただけに、そのお菓子の山は、食いしん坊のにゃおには
     宝の山に見えたものだ。 今ごろの長靴には中身に何が入っているかを表示してある製品も
     あるけど、当時はどれもそんな丁寧なことはしてなくて、見えない底の方に何が入っているのかを
     想像するだけでわくわくした。 もらったお菓子は全部出してみて、並べてみる。 どれから
     食べようかなぁ・・・ そんなくだらないことを考えるのが、楽しくて仕方なかった。

     長靴は実は靴の先っぽの方は空洞になっていない。 そんな方までお菓子を詰めるのも大変だし
     経費もかかるせいかもしれない。 足の甲に当たる部分に厚紙で壁ができているのだった。
     そんな長靴を履いてみるっていうのも、幼いころのにゃおには楽しみだった。 当然、ちゃんと
     足は入らないから、バレリーナのようにつま先立ちになって履いた。 片方だけのクリスマスブーツ。
     今に思うとなんて無邪気で可愛かったことか・・・

     同じような年代の人に聞いても、長靴に足を入れてみた経験のある人は多い(笑)
     今の子供たちも履いてみようって思うのかな?  にゃおも子供に長靴のお菓子を買おう。
     クリスマスの朝、そっと枕もとに置いておこう。 彼女はどんな風に思うのかな。 昔の
     自分の姿が重なるような気がする。

                目次へ     HOME