因果応報

     因果応報・・・●仏教用語。善悪の因縁に応じて吉凶禍福の果報を受けること。
                善因には富楽などの善果を受け、悪因には貧苦などの悪果を受けること。
                (出典:法華経)
               ●前世における行為の結果として現在における幸不幸があり、現世における行為の
                結果として来世における幸不幸が生じること。 (
三省堂提供「大辞林 第二版」より


     にゃおは小さな頃からコロコロした子供だった。 はっきり言えば、太ってたって事だな。

     小学校時代、1学年上に男の子みたいな女の子がいた。 短髪で、いつもズボンを履いていて、
     今では、あまり珍しくないけど、名前も男の子のようで、最初は本当に男の子なのかと
     思ってたくらいだった。 
     活発で運動能力に優れていた彼女は、残念ながら、とても意地悪な子だった。
     男の子みたいに振舞って言葉も乱暴だったけど、昔で言う典型的な意地悪っ子だった。

     彼女にしてみたら、太っているにゃおは、いかにもドン臭くて気に障る対象だったのだろう。
     ある時、学校から帰る途中、後ろから彼女が歩いて来た。 にゃおを追い抜きざまに
     振り向いて、こう言った。

     「アンタ、なんで、そんなに肥えとん?(太っているのか)」

     どんなに小さくったって、太っているということは本人もそれなりに気にしていることだ。

     食べる事が好きで、たくさん食べちゃうから太るんだよ。 痩せたいって思ってるけど意志薄弱で我慢でき
      ないんだから仕方ないじゃん。


     今だったら、こんな風に開き直る事もできるけど、その時は上級生ということと、怖い女の子という
     イメージがあったから何も言い返すことはできなかった。
     その後も、彼女は、にゃおに会うたびに同じような事を言った。
     にゃおは彼女に会うのが苦痛で、遠くから姿を発見すると、できるだけ近づかないようにしたものだ。

     彼女は運動能力に優れていたのだけど、とりわけ足が速かった。
     小学生でも、校内の記録会では成績が群を抜いていたし、度々、校外の大会に出場しては
     優勝したり、入賞したりして朝礼で表彰されていた。 誰もが彼女に一目置いていた。
     そんな彼女は中学に入学すると、当たり前のように陸上部に所属し、華々しい活躍をした。
     当時、校外の陸上競技会で『S中のK』と言えば、誰もが道を開けるとさえ言われたほどだった。
     新聞にも何度も名前が載った。 後輩の陸上部員の憧れだった。 

     やがて、高校入試のシーズンが近づき、3年生はそれぞれ受験に忙しかったけれど、彼女は、
     その才能を買われて、陸上では有名な私立の高校から『引き』が来て、早々に進学が決まっていた。 
     いわゆるスポーツ推薦入学ってやつだ。 彼女の前途は洋々としていたかに見えた。

     高校に入ってからも、彼女の活躍は続き、新聞や人のうわさで、その様子を知ることができた。
     けれど、2年生の頃に、足を故障したという話を聞いた。 その後、故障した足は治ったものの
     以前のような精彩さがなくなり、記録が伸びなくなったのだと言う。 
     彼女が進学した高校は私立の中ではレベルが高い方だった。 推薦入学が決まった時
     周囲の人からは、あんなレベルの高い学校に入って、勉強はついていけるのかという
     半分、やっかみの声が聞こえてきた。 確かに彼女は学力的には、かなり劣る部類に入っていた。
     それは同じ学年でなくても、なんとなくわかるものだ。 そして、その心配?の通り、スポーツという
     『とりえ』を失った彼女は、学校の中でどんどん落ちこぼれていったのだという。
     優秀な成績を残している間は、学校も勉強そっちのけでスポーツを優先させたし、テストで悪い点を
     取っても、大目に見てもらえた。 それだけ学校に取って価値のある生徒だったからだ。
     それが、価値を失うと、とたんに冷たくなる。 私立だけによけいに。

     高校に進学する時、本当は付属の短大にまでエスカレーター式で行かせてもらえるような話が
     あったというけれど、当然、学力的に、ついていける能力がない彼女だったから、その話は御破算に
     なったらしい。 すでに陸上関係の話題に彼女の名前が挙がることはなく、あっという間に彼女は
     過去の人になってしまった。 その後、高校で落ちこぼれてしまった彼女は、やがて人々の記憶から
     姿を消した。

     この彼女の凋落ぶりを聞いた時、にゃおは少しも同情心がわかなかった。
     いつまでも、彼女のイヤミな言葉を引きずっていたから、むしろ、いい気味だとしか思えなかった。
     誰もが彼女の姿を見、名前を聞くと道を開けた。 あの栄光から転落した気分はどんなに
     惨めな事だろう。 足は速かったけれど、彼女の性格のせいもあってか、友達はあまりいなかった
     ように思う。 いつも女王様然と振舞う彼女に追随する者はいても並んで歩く者はいなかったのだろう。 

     彼女の事を思い出す時、必ず『因果応報』という言葉が浮かんでくる。

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