万引き

     小学生の低学年の頃、にゃおには、ある「ハマリごと」があった。
     当時は、ガムと言えば、板ガムしかなかったのだけど、その板ガムに女の子の漫画が
     ついているものがあった。 昔の典型的な少女漫画絵で、目は大きく、まつげバチバチ。
     ヒトミの中には恐ろしいほどの星がきらめいているってな感じだった。 そのガムを買うと
     その少女漫画絵のシールが一枚もらえるというオマケ付きで、にゃおはこのシールを
     集めるのに夢中になっていたのだった。 

     昔の田舎のことだから、何でもが、割とおおらかな時代だった。
     オマケのシールっていうのが、輪ゴムでくくられた状態で、ポンとガムのそばに置いてある
     ガムを買うと、店のオバチャンが、「好きなシールを一枚取ってきんさい」と言う。
     自分で好きな絵柄のシールを抜き取って帰るのだ。 今だったら考えられないことだろう。

     当時の板ガムの値段がいくらだったか定かな記憶はない。 棒アイスが1本20円か30円で
     買えた頃だから、似たような値段だったかもしれない。 それでも小学生のにゃおには
     そう度々買える物ではなく、シールはなかなか枚数を増やすことはなかった。 

     ある日のこと、お目当てのガムを買い、レジでお金を払う。 オバチャンがシールを一枚
     取っておいでと、いつものように言う。 にゃおは胸ときめかせて、シールがくくられた輪ゴムを
     外し、どれにしようかと絵柄を選んだ。 数種類もあるシールの絵柄。 どれもこれも
     まだ持っていないものばかり。 どれがいいか決められない。 散々悩んだ挙句に、最終候補が
     2枚残った。 どちらにしようかな。 こっち? いや、やっぱり、こっち。 ・・・でも・・・
     やっぱりなかなか決まらない。

     すると、それまでレジのそばに置いてある椅子に腰掛け、新聞を広げて読んでいたオバチャンが
     タバコを買いに来た客に対応するために立ち上がった。 そのころは店の入り口に、別の
     小窓があって、そこから店の中に入ることなくタバコが買えるようになっていたのだ。  
     今、オバチャンは完全に、にゃおに背を向けている。 一瞬の魔がさした。

     にゃおは、どちらにするか決めかねていた2枚のシールをピッタリと重ね合わせた。 それを
     ズレないように、しっかりと握り締めると、その場を離れた。 オバチャンがチラリと視線を投げ
     「決まった?」と聞く。 「うん・・・」と頷きながら、シールと見せた。 ピッタリと2枚重なったシール。
     上の1枚だけを見せたのだ。 

     店の外に出ると、無意識に歩く速度が上がる。 早く店から遠ざかりたいという思いが
     働いたに違いない。 やってはいけないことをやった・・・ということはハッキリと意識していた。
     家に帰っても、にゃおは2枚のうちの1枚だけは、いつも集めたシールを仕舞っておく小箱に入れ
     もう1枚は、まったく別の場所に、何かの間に挟んで隠しておいた。 しばらくは店に行くことが
     ためらわれて、お使いで買い物に行かなければならない時も、いつもは買う買わないを別にして
     必ず立ち寄る、お菓子のコーナーへも近づかなかった。 

     そんなことで時間が過ぎていき、やがて、シールのおまけつきという企画が終了し、
     少女漫画絵のついた板ガムそのものが、店から姿を消した。 その頃には、すっかり
     シール集めの熱も冷め、自分の冒した罪への意識も薄らぎはじめていた。
     シールはどこへ行ったかわからない。 捨てた記憶はないから、今でも実家にある小汚い
     宝物入れの中に入っているかもしれない。 だけど、黙って持って帰ったもうひとつのシールは
     何かの間に挟んで隠した後、ただの一度も開けてみることはなかった。 あれはもう
     行方を確かめることは出来ない。

     にゃおの名誉を賭けた付け足しをしておくと、その後、ただの一度も罪を犯したことはないので
     誤解のありませんように(苦笑)。

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