「右や左の旦那さま・・・」
ある時期まで『乞食』と呼ばれる人たちが存在した。
今は死語になってしまったのか、それとも差別用語として使われなくなったのかわからない。
『乞食』と呼べる人が今も存在しているのかもわからない。 でも、確かにその人たちは居た。
『乞食』という言葉で呼ばれた人たちは、普通、ボロボロで汚れた衣服を身にまとい、路上に敷いた
ゴザの上に座り、空き缶などの入れ物を置いて道行く人にお金を入れてもらい、そのお金で
生活しているということらしかった。
その多くは戦後の影響などで住む場所や職をも失ったり、働きたくても体を壊して働くことが
できない人たちが仕方なくする・・・というものだったようだ。 テレビなどで描かれる『乞食』の
人たちは、みな、一様に「右や左の旦那さま、どうかお恵みを・・・」と声をかける。
この『右や左の旦那様』というフレーズを使った唄もあったような記憶がある。 ただ、中には
「仕方なく乞食という立場になってしまった」のではなく、「働かずしてお金が得られる楽な職業」として、
わざわざ『乞食』として振舞う人もいたようだ。 『乞食』として生活している人を取材したら、
実はその人はきちんと住む家を持つ、かなりのお金持ちの人だったというウソだか本当だか
わからないワイドショーの特集番組を見た記憶もある。 その人は「乞食は一度やったら
やめられない」なんて事を言ってたっけ。
にゃおは実際に、テレビで描かれるような『乞食』という人に出会ったことはない。
ただ、にゃおが住んでる広島は戦争で原爆を投下された場所であるからなのか、ある意味、
『乞食』とも言えるのか?という人たちには多く出会った。
彼らはみな、一様に兵隊の格好をしていた。 市の中心街の交差点に近い場所に居て
道行く人から金銭を恵んでもらう。 座っていることはなく立っている人がほとんどだった。
そして彼らの誰もがみな、人目でわかるような身体に障害を負った人たちだった。
ある人は太ももから下の足がなく、松葉杖をついて立っていた。 ある人は腕がなかった。
ある人は眼帯をしていた。 ある人は皮膚にひどい火傷の傷があった。 彼らは声にして
「お金を恵んでください」とは言わなかった。 じっと立っていたり、軍歌を演奏したりしていた。
まだ小さな子供だったにゃおには、それが異様な光景に映り、怖かった。
それでも年末などの寒い時期に、じっと街角にたたずむ彼らを見た時は、ほんの10円とか
だったけど、お金を入れたことがある。
そんな彼らとは別に、そういった人たちを支援しようという趣旨なのか、年末などには街角に
ボランティアの人たちが立って、道行く人に寄付を呼びかけていた。
にゃおが見た時はいつも、なぜかお金を入れるものが、大きな鍋だった。 三脚のように
建てられた支柱からぶら下がっている大きな鍋。 その中に小銭やお札(当時はまだ500円札って
のや100円札が流通してたのよ)が入っていた。
いつの頃から、そんな風景が消えたのだろう。
自分の意識にないまま、自然消滅したかのように・・・
あの時、街角に立っていた兵隊服姿の人たちは年齢を重ね、この世を去っていたのかもしれない。
そういう人たちが消えていくにしたがって、ボランティアで寄付を呼びかける人も減って
いったのかもしれない。 どちらにしても今の世の中だったら、そんな鍋にお金を入れてちゃ
あっという間に、つかみ逃げされかねないけど。
ずいぶん大人になってから、にゃおは東京の新宿で初めて『ホームレス』の人に出会った。
当時、広島にはまだ『ホームレス』と呼ばれる人たちの存在はほとんど知られていなかったし
田舎に住んでるにゃおは、そんな人たちと出会う機会もなかった。 それだけに新宿の
地下へ向かう薄汚れた階段の途中にダンボールを敷き、横になっている『ホームレス』の
人を見た時は相当なショックを受けた。 『乞食』と呼ばれる人たちと『ホームレス』の
人たちは根本的に違うようだ。 『ホームレス』の人たちは、人に金銭などをねだったりしない
(もちろん中にはそういう人もいるかもしれないけど)。 そのほとんどが働く意志が
あるにもかかわらず、きちんと職につけなくて、否応無しに路上生活を強いられているような
形らしい。 たいていの人には家族も親戚もあるようだけど、そういったつながりを捨てて
るようだ。 『ホームレス』の人たちは毎日を生きるために動く。 それが食べ物屋のゴミを
あさるような形にせよ、自分で生きていくために動く。 極端に言えば、座って人からの
施しを待つ『乞食』と呼ばれる人たちよりも積極的だ。
不況続きで、にゃおたちだって楽な生活をしてはいないけど、いつの日か、『乞食』と呼ばれる人も
『ホームレス』と呼ばれる人もいなくなる、誰もがつつましいながらもきちんと生活していけるような
そんな世の中になればいいのにな・・・と思ってやまない。 それが例え理想論だとしても。
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