モノより想い出

     小学校低学年のある冬の日のことだった。 どういうわけだか、にゃおは、父とともに
     出雲へ出かけたのだ。 恐らく、父の仕事がらみでのお出かけに、にゃおがくっついて
     行ったという図式だろうな。 ちょうど土日だったのか、冬休みだったのか記憶はない。

     地元のローカルバスで、バスセンターという大きなバスの発着所まで行き、そこから
     出ている出雲行きの直行バスに乗り換えた。 家を出たのがまだ外が薄暗いうちのことで
     出雲に着いてバスを降りたのはお昼近くのことだったので、かなり長時間乗っていたことになる。
     父に連れられて車でどこかへ行くということはあったけれど、こうしてバスで、しかも
     父と二人旅(一泊二日だったからね)というのは、にゃおの記憶を探ってもこの時が最初で
     最後だったと思う。

     バスから眺める風景に次第に、雪が混じり始める。 にゃお家方面では積もっていなかった雪が
     そこかしこにあって、銀世界へと変わっていく。 変わり行く風景が興味深くて、じっと外を
     眺めていたっけ。 車内ではずっとラジオが流れていた。 なぜか強烈に印象に残っているのは
     野口五郎の「博多みれん」という曲がかかっていたこと。 この時点ではにゃおは、野口五郎も
     博多みれんという歌も知らなかった。 少しあとになって、これがあの時聞いた唄を歌ってる人
     なのか・・・とまじまじと見たのだった。 その後、郷ひろみ西条秀樹という人たちと
     「新御三家」と呼ばれ、一世を風靡するアイドルとなっていくのだった。

     終点でバスを降りると、ほんの少し歩いた場所に、出雲大社があった。 バスを降りた場所から
     紅く大きな鳥居が見えた。 父は信心深い方の人だったから、恐らくそこへお参りに行った
     ハズだけど、そのことは覚えていない。
     バス停からすぐそばの、ひなびた旅館に泊まった。 本当に田舎にある個人経営の旅館と
     いう感じだった。 2階建てだか3階建てだかで、外から見たんじゃ、旅館かどうかも
     よくわからないような場所だった。 午後の陽射しがゆるやかにガラス戸越しに木製の
     廊下に射しこんでいて、部屋へと向かう父の背中があった。 
     記憶はそこで途切れている・・・

     そこでなにをしたのかも、どんなものを食べたのかも。 はたまた、どうやって帰ったのかすら
     覚えていない。 すべてが片道だけの記憶。 それでもふとした瞬間にバスから見た雪景色が
     脳裏に広がり、野口五郎の唄と、ひなびた旅館の廊下が鮮やかに蘇って来る。

     とあるテレビのCMで「モノより想い出」というフレーズがあった。
     まさにその言葉を体現してるようだ。 父とはとある理由で別れ、今はほとんど会うこともない。
     もしかしたら、残りの人生でも片手でこと足りるくらいの回数しか会わないのではないかと
     思うくらいだ。 これは、にゃおの中でも貴重な輝く想い出なのだと思う。

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