記憶は走馬灯のごとく

     にゃおの想い出の中で、絶対はずせないのが、この「自転車事件」なのだ。

     小学校の低学年・・・ 恐らく2年生か3年生くらいの時だったと思う。
     当時、にゃお一家はそれまで住んでいた東京をとある事情で引越し、父の郷里に戻っていた。
     そして自分たちの家が建てられるまで、父の実家、すなわち伯父の家に居候していた。

     にゃおが住んでいた家は道路から幅約2メートル深さも2メートルはあろうかという農業用水路を
     渡ってすぐのところにあった。 道路は県道へ向かう道と逆方向がかなり急な坂道になっていた。
     その坂道を、にゃおは自転車で下っていたのだ。 坂は大人になった今でもかなり急だなぁと
     思うくらいのもの。 当時も坂を自転車で下るのは危ないからしないようにと注意がされていた。
     にもかかわらず、にゃおは乗っていたわけだ。 急な坂道はちょっぴり怖いけど気持ちいい。
     猛スピードで風を切って降りるのは、近所の子供たちの人気の遊びのひとつでもあった。 

     なぜ、その日、にゃおは一人で自転車に乗っていたのか、記憶がない。
     ただいつものように坂をたいしてブレーキもかけずに下った。 それだけならいい。
     何を思ったのか、そのまま家に帰ろうとして、上でも書いた農業用水路に渡っている橋へと
     ハンドルを切った。 橋の幅はこれまた2メートル以上もある広い橋だ。 だが両サイドには
     高さ10センチ程度のコンクリが打ち付けてあるだけだった。 長く急な坂道をほぼノーブレーキで
     下ってきて、橋の手前で急に右に曲がろうなんてすれば、どうなるか想像はつくだろう。
     大方の予想に反すことなく、にゃおの自転車は曲がりきることが出来ず、そのわずかな高さの
     打ち付け部分に激突し、農業用水路の中へと転落したのである。

     しまったぁ〜〜〜
     と思ったが時すでに遅し。 風景はあっという間に逆さまになった。
     ああ、服が濡れちゃうよ。 汚れちゃう。 怒られるだろうなぁ・・・ それよりも自転車が
     壊れるんじゃないかな。 やば・・・ これも怒られちゃう。 新しい自転車買ってもらえない
     だろうなぁ・・・ なんたって、注意を守らなかったんだもんね。 ああ、落ちたら痛いだろうなぁ。
     病院行くのやだな。 注射も嫌だよ。 でも怪我したら学校休めるかも。 あ!! 今日の
     宿題まだやってないんだった。 これも怒られるなぁ・・・ やっぱり学校は休まないといけない
     くらいの怪我でないと・・・ ふうん・・・ 普段見慣れた風景なのに逆さまで見ると面白いな。
     ぜんぜん違う世界みたい・・・ 

     よく、交通事故などの瞬間に、それまでの想い出が次から次へと猛スピードで頭の中を
     巡るという話を聞いたことがある。 ほんの一瞬なのにずいぶんと長い時間が経ったような
     感じがするんだって・・・ 
     にゃおの場合もまさにそうだった。 高さ2メートルちょっとのところから落っこちるのに、
     1秒あれば十分だ。 にもかかわらず、あれこれといろんなことを考えた。 コンクリートで
     固められた用水路の底に浅く溜まった水。 そこまでの距離はスローモーションのように
     ずいぶんと長いものに思えた。

     一瞬、気を失ったのかもしれない。 頭から落ちたはずのにゃおは、ほどなく我に返った。
     と、同時に全身がしびれたようになった。 だけど、どうやら動けるようだ。 にゃおはなんとか
     その場で立ち上がった。 腕や足や頬など、あちこちをすりむいて、血がにじんでいる。
     落ちた場所は、農家の人が用水路の水でちょっとした洗い物をしたりするために階段が
     ついていて降りられるようになっている場所。 そして、その部分だけが普通の底より
     掘り下げられていて、そこには上流から流れてきた砂が溜まっていた。 それがクッションと
     なって水深が浅いにもかかわらず、その程度の怪我で済んだらしかった。

     後の記憶はハッキリしない。 母や当時居候していた家の伯母が言うには、真っ青な顔で
     一言も言わずに玄関に立ってたんだって。 あれこれ問いただしてようやく事態がわかった
     母たちが、用水路に自転車を取りに行くと、無残にもひねくれ曲がって、オシャカになってた
     そうだ。 それほどのひどさでありながら、かすり傷だったことは本当にラッキー。
     麗しき乙女の顔にも傷は残ってないしね(爆)  だけど、しっかりと叱られて、怪我もたいした
     ことがなかったから、学校も休めず、擦り傷でヒリヒリ痛む腕で宿題をしたにゃおは
     アンラッキーだったに違いない(* ̄m ̄) プッ

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