屋台
にゃおの実家があるところは田舎だった。 今でこそ、コンビニとか大きなスポーツ公園なんて
できちゃって、ちょっぴり街の仲間入りをしているけれど、子供の頃は、どこを見ても田んぼだらけ
だったのだ。 当然、田舎の夜は暗く静かだ。 どこの店だって、夜8時を過ぎたらそろそろ
店じまいの支度を始める。 そして、夕食もお風呂も済んで、テレビを見て一家団欒ってな時に
あの『音』がどこからか響いてくるのだ。
ぴ〜よろぉ〜おおおろ〜 ぴ〜よ ぴろろろぉ〜〜〜〜〜♪(チャルメラの音声でどうぞ)
文字だと表現しづらいのだけど、それはまぎれもなく屋台のラーメン屋の流す音楽。 軽トラを
改造したような車でやってくるのだ。 お腹いっぱいだったハズなのに、生つばがこみ上げる。
音の行方を耳をダンボにして探る。 この音は、向こうの道を通ってるな・・・ それじゃ、今夜は
こちらにはこないのだろう・・・ とか、これはこっちに来るぞ!! など、懸命の情報収集だ。
自分の家の前を通るルートだとわかると、さりげなく母親に視線を送る。 母親が気がつかない
ふりをしている時はアウト。 チラリとこちらを見た時は、O,Kサインなのだ。 やがて、屋台の車が
黄色いホロに灯りをともして、家の前を通る。 その先は袋小路だから、必ず屋台はもう一度
家の前を通るのだ。 その時を狙って、妹と外に出る。 引き返してきた屋台がにゃおたちの姿を
認めて、すーと道の端に止まる。
「2つくださいな」
「あいよ」
短いやり取りのあと、にゃおと妹の目は、おじさんの動作にクギ付け。 おじさんは発砲
スチロール製のどんぶりに湯気の立ち上るスープを注ぎ、その中に麺を入れる。 乱暴な
動作でネギやシナチクをふりかける。 今から遥か25年以上前で、一杯が400円くらい
だったっけ(高いなぁ)。
そうして、あつあつのラーメンを割り箸で食べる・・・というのが、普段、外食などしたことのない
にゃおたちには、ものすごく贅沢なことだった。 実際、にゃお家は貧乏で、そのころは
知る由もなかったが、母は日々の暮らしに大変苦労していたらしい。 野菜も親戚からもらったり
しながら、やりくりしていたのだ。 その母にとって、当時800円もの出費はさぞや痛かったに
違いない。
他にも、たこ焼屋や焼き芋屋など、いくつかの屋台が走っていた。 母は焼き芋が好きだったので
「い〜しや〜き〜いも いも いも〜♪」の声が聞こえてくると、自分から買いに出ていたものだ。
そんな中、世の中で、ひとつの衝撃的な事件が起きた。 詳細は忘れてしまったけれど、
なんでも殺人を犯した犯人が、死体をバラバラにして、その一部を屋台のラーメンのスープの
ダシに使っていたというのだ。 ラーメンスープをすくったら、人の指がおたまに乗っかって
出てきた・・・ なんていう報道があったように思う。 ちょっと信じがたい事件だから、
もしかしたら、話に尾ひれがついていたかもしれないけれど。
それを聞いて以来、子供だったにゃおは屋台のラーメンを食べるのが恐くなった。 それは
遥か遠くの地での出来事であり、にゃおたちの所を走っている屋台には関係ないはずだったけど
それでも、もしかしたら指が入っているのかもしれない・・・という妄想が、屋台から足を
遠ざけさせた。 その事件がきっかけだったかどうかはわからないが、いつしか屋台の音楽が
聞こえる回数が減り始め、最後にはまったく姿を見かけることはなくなってしまった。
今、住んでいるところは、ちょっと車で走れば、いくらでもラーメン屋にもいけるし、コンビニで
カップ麺を買うこともできる、屋台が必要とされない場所だ。 だけど、全国のどこかで今も
あの懐かしい音色が響いているのだろうかと思うと、なんとなく切ない・・・
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