電話

     電話は苦手だ。 かかってくるのも、かけるのも・・・

     自分がもの心ついた時の電話は黒くてダイヤルを回す、いわゆるアナログ電話だった。
     今みたいに、ピッポッパッなんて音を奏でるプッシュホンが出たのはずいぶん大人になって
     からだ。 だから自分にとって電話の呼び出し音というのは、ジリリリーン、ジリリリーンなのだ。
     この呼び出し音が実に心臓に悪い。 いきなり鳴り出されると(大抵いきなり鳴るもんだが)、
     ドッキーンと飛び上がってしまう。 別に悪いことをしてるわけじゃないのになんでだろう?

     かけるときはさらにドキドキしてしまう。 電話番号間違えないかな・・・相手が出たらなんて言おう。
     くだらないことで心臓が飛び出しそうだ。 ダイヤルする指がかすかに震えてしまう。 トゥルルルル・・・
     トゥルルルル・・・呼び出し音が鳴っている間中、心臓の鼓動を静めるために、送話口を手で抑えて
     深呼吸しなくちゃならない・・・ 早く出てよ〜  ガチャッと相手が出る。 緊張の極地!!
     もともと早口の方だから、焦ったりあがったりすると余計に早口になる。 しかも思いっきり「かんで」
     しまうからろれつが回らなくなる。 あうあうあう〜 自分で何言ってんだ?と思いながらもつれた
     舌が勝手にわけのわからないことをしゃべる。 ようやく電話が終わって受話器を下ろすと、どっと
     疲労感に襲われてしまうのだ。

     やっかいなのは親しい友達に電話をかけるときでさえもこの現象が起きるということ。
     友達の家の人が出たらなんて言おう? シュミレーションをしておかないとやっぱりあがってしまう。
     親子はよく声が似るから、うっかり親しげに話し出したりすると大変だ。 友達とお母さんを間違えたり、
     友達とその娘とを間違えたりして、とんちんかんな会話を交わしてしまう。 相手も早く違うって
     言ってくれたらいいのに、ひとしきりしゃべってからおもむろに「替わりますから・・・」なんて
     言われちゃうと、もう顔から火が出る思いだ。 友達と話さないでいいから電話を切ってしまいたくなる。

     電話をかけるのも、かかってくるのも苦手だという最大の理由は、電話に拘束されてしまうという
     ことにある。 用事があってかけたりかかってきたりするのだから、当然すぐに話は終わらない場合が
     多い。 特に友達だと懐かしさもあって話に花が咲くことは目に見えている。 だけど、その分、
     電話に拘束されて他のことが出来ないのだ。 洗濯物を取り入れることも、ごはんの準備を
     することもままならない。 途中でトイレに行きたくても行けない。 そんなの遠慮しないで言えば
     いいじゃないと思うだろうけど、せっかくかけてきてくれたのに、こちらから切るのは申し訳なくて
     どうしても出来ない。 これを逆に相手に感じさせているかもしれないと思うと、なかなかかけることが
     出来なくなるのだ。

     ところがこの電話に革命的な事が起こった。 コードレスフォンの登場だ。
     これだと家の中はおろか庭程度なら自由に動き回りながら電話が出来る。 いままでのように
     電話の前に拘束されて無駄に(というと相手には非常に失礼なのだが)時を過ごす必要がなくなる。
     まさに画期的な代物だ。 だが決定的な問題があった。 我が家はわけあって、未だに黒いダイヤルの
     アナログ電話なのだ。 だけど友達はほとんどがコードレスフォンか、携帯からかけてくる。 もちろん
     行動を束縛されないから用事をしながら長話も可能だ。 受話器の向こうでごそごそと用事をする音や
     流しの音が聞こえてくると、ついイライラしてきてしまう。 そうして相手は自分の用事を済ませることが
     できるけど、自分はいつまでも同じ場所に立っていないといけないのだから・・・

     いつか自分ちもコードレスフォンにしたいな。 そうしたら長話になっても用事が済むのに・・・
     だけど、それだと、「あ、おなべが吹いてるから切るね」とか「雨が降ってきたから洗濯物を
     入れなくちゃ」なんていう理由で電話を切ることができなくなるよねぇ・・・(苦笑)

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