間隔のマジック

    人間だれもが自分だけの「時間の流れ」を持っている。
    恋人たちがいる。 昨日デートして楽しい時間を過ごしたのだけれど、一晩経つともう相手が恋しい。
    つい電話をかけたくなる。 こんな気分になるのはどちらかと言えば女性に多いらしい。
    女「なんだか声が聞きたくて・・・」
    男「なんだよ。 昨日会ったばかりじゃないか(可愛いヤツだな・・・などと男もまんざらではない)」
    女「だって、もう別れてからすごく時間が経ったような気がするんだもん。 ねぇ、今日も会えない?」
    この場合、男にとってはいわゆるグリニッジ天文台を基準とした時間が流れ、女にとってはその何倍もの
    時間が流れている。

    ちょっと横道にそれたのだけど・・・
    今でこそパソコンが普及しているけれど、自分が中学生の頃には一般人がパソコンを持つなんて
    ことはなくて、あったとしても、どでかく、ばか高い代物で、メール交換なんてものは頭の片隅にも
    なかったものだ。 その代わりに流行っていたのは、いわゆる「文通」。 
    そう、便箋に自分が手書きで文字を書いて、封筒に入れて切手を貼って、わざわざポストまで
    行かなきゃいけないあれだ。 自分もご多分にもれず、文通にハマったことがある。 
    ただ自分が募集をするのではなくて、募集している相手に手紙を送る方だった。
    だから必ず返事が来るとは限らなかったし、来たとしても何人も文通相手をかかえて忙しいであろう相手
    だから長続きしなかったこともある。
    そんな文通での思いもしなかった間隔のマジック
    珍しく手紙を送って、すぐに返事が来た。 北海道の同い年の女の子。 当時同じアイドルが好きだ
    ということもあって話は弾み、手紙も頻繁にやり取りした。 1週間に2回も手紙が来ることがあった。 
    そのころは、時間はすべてが自分だけのために使える身分で
    手紙が来るとすぐに返事を書いていた。 ヒマ人だったといえばそれまでだけど・・・
    けれど、やっぱりお互いが忙しいこともあるし、つい忘れちゃうことだってある。
    珍しく、その子からの手紙が来るのが遅かった。 そんなこともあるよね・・・くらいで、その時は別段気にも
    とめてなかった。 そして手紙が来ると、すぐに返事を書いていた。 本来、本当に書くことが好きな人は
    相手からの手紙が来なくても自分から書いちゃうものなんだそうだ。 だけど自分は違った。 
    小心者ですぐ考えが後ろ向きにダッシュする方だから、いつも来ていた返事が長い間滞ると、
    相手のことが気になってしようがなくなる。 私を嫌いになってしまったのかしら? なにか気に障るような
    ことを書いちゃったのかしら? マイナス思考は百万光年の彼方まで後退してしまう。 それなのに
    一方的に書くのは失礼かもしれない。 返事を書かないうちに次の手紙が届くと負担に思うかもしれない。
    第一、意思疎通のない手紙は面白くない。 そんな考えから自分が書いたら、相手から返事が
   来るまでは書かないでいた。
 これが悲劇?の始まり。
    次第にその子からの返事が来る間隔が空き始めた。 2週間くらい空き、次は1ヶ月来なかった。 
    そしてある日届いた手紙。
    「あなたは私が手紙を書かないと、書かないのね」
    あれ? 一瞬意味がわからなかった。 最初に手紙を書いたのは「私」。 そして「あなた」が返事をくれた。
    それから「私」「あなた」「私」「あなた」・・・と続いてた。 どうして「あなた(その子)が書かないと
    私(にゃお)が書かない」になるの?
    最初の頃のように、お互いが同じ間隔で手紙をやりとりしている間は、あまり気にもならなかったこと。
    だけど、ひとたび、どちらかの間隔が空くと、保たれていた均衡は破れ、片方に偏り・・・ 
    私がすぐ返事を書いていたものだから、その子にしてみれば、「自分が手紙を出さないと、
    書いてよこさないヤツ」と感じだんだろうな。
    (このへん、読んでくださってる方に意味が伝わってるかな)
    そう書かれた手紙になんて返事を書いたのかまったく記憶にない。 ただ、その子からの手紙は2度と
    来なかった。 そして、自分もまた、文通というものから遠ざかる。 少なくとも自分は傷ついた。 
    同じ思いをするのはごめんだった。

    時は流れ、今手元には文通に代わる手段としてネットメールや掲示板でのやりとりがある。
    相変わらず、メールをいただいたり、掲示板に書き込みをしてもらうと、なるべくすぐに返事を書いたり、
    相手の掲示板へ書き込みに行くようにしている。 それでもやっぱり返事をするのが遅れることもあって、
    そんな時は焦りまくったりする。 
    だけどもしかしたら相手は、あの時の子のように感じているのかな? 
   「こっちが書かないと書いてこないヤツ」 「こっちが遊びに行かないと遊びに来ないヤツ」
    ・・・って。 今、少し精神的にも大人になった自分は長い間音沙汰がない時は、恐る恐るこちらから
   またメールを出したり掲示板を訪ねたりする。

    顔が見えないから、文字以外ではまったく相手がわからないから、信頼関係を築くのは難しいのかな?
    そんなことないよって信じたいな。 「間隔のマジック」に惑わされない関係も築けるよって。

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