<季節はずれの桜……。>






例えばそれは、季節はずれの桜。





道ゆく人の目を、少しだけ楽しませて……。
そして誰にも気付かれることなく散っていく。





そんな悲しい桜の話しを今から語ろうと思う。
例えばそれは、人の命でもあって……。
 

 

 

 

☆       ☆

 

 

その桜は、命が尽きる寸前の、そんな弱々しさを感じさせていました。

実際その桜は、自分がもう花を咲かせることができないことを知っていました。

春真盛りだというのに、道ゆく人は誰一人として、その桜の木の回りには集まってきません。

理由は簡単なことでした。

他の木はその桜とは違い、立派な桜の花びらを身にまとっていたからです。






桜は苦しみました。

もう綺麗な花も咲かせることができないのなら、死んでしまったほうがいいと……。









その日……。

桜は自ら命を絶つ決心をしました。

土の中の根を落としてしまおうとしたのです。






でも、その時一人の少女が、桜の木にそっと手を添えたのです。

それは桜にとって、ここしばらく味わっていない、人の手の感触でした。

少女の手には、ぬくもりがあり、温かみがありました。

そしてその少女は、悲しげな目でその桜の木を見上げて言いました。




「頑張って下さい。私は、あなたが満開になるのを待ってますよ」




その少女の言葉は、深く桜の木に響き渡りました。






結局その春は、桜は花を咲かせることはできずに終わってしまいました。

それでも桜は、来年こそはと、決心をしたのでした。





少女も毎日桜のところにやってきてくれました。

そして軽く手で木の幹をさすってくれるのです。

桜はそれが嬉しくてたまりませんでした。










しかし、冬が近づいてきた頃。

少女はめっきりと桜のところに顔を出さなくなりました。

桜は心配しました。

少女が病気かなにかで倒れたのではないかと……。







そして、その予感はあたってしまったのです。

風が運んできた少女の話。

病床で苦しんでいるという話。

それを聞いた桜は、必死になって花を咲かそうとしました。

雪の降り始めた頃の話でした。











そして、少し温かくなってきた頃。

桜の木の根元にはまだ、白い雪が積もっていました。

そしてそれに混じって、白い花びら……。





桜は咲かせたのでした。

それは桜にとって、生涯最後の花でした。

それでも桜はよかったのです。




今日、ここを通る少女に見てもらえれば……。

それだけで桜は幸せだったのです。






「あっ、桜が咲いてます」


「本当だ。それにしてもこの雪が積もってる中で咲くとは……」


「頑張ったんですね」


「頑張ったっていうのか?」


「頑張ったんですよ、私と同じように……」


「まぁ、とにかく……」


「綺麗ですね……」





次の瞬間、桜についていた花びらは、一瞬にして風と共に舞い散りました。




「きゃっ……」




それはその桜の木の下にいる二人を、祝福した桜吹雪だったのでしょうか……。







二人を除いて、誰にも気付かれることなく…。




桜は綺麗に散っていったのでした……。





それから桜の木は、二度と花をつけることはありませんでした……。

 

 

 

 

☆       ☆

 

 

 

例えばそれは、季節はずれの桜。





人の気持ちを誰よりも理解して……。
そして人のために散っていった。





そんな美しい桜の話。
そして、はかない命の話……。








後書き

どうも、葵惑星です♪

しんみりとした話にしたかったのですが、どうでしょう?
しんみりしていただけたでしょうか?

さて、このSSは一応俺の新境地なんですね。
三人称は初めてでして…(^^;
慣れない書き方だったんですが、いかがでしたでしょうか?

一応栞の生き方とかと重ねちゃったりして…(^^;
結構こういう遠巻きの話って、俺は好きで(^^;

それでは、めちゃくちゃな後書きですが、ここらで失礼させてもらいます。

それでわ〜♪
                  2000年3月20日