なんでだよ……。
栞の病気は治ったんじゃなかったのかよ……。
俺は救急車に乗っていた。
そして目の前に横たわっているのは栞…。
俺の目の前で倒れた栞…。
「先生。栞…この子大丈夫ですよね?」
俺は栞の横でせわしなく動いている先生らしき人に聞いた。
「ああ…大丈夫だ……」
俺には、その言葉にあまり力が入ってないように思えた…。
くそっ…!
くそっ…!
くそっ…!
なんでだよ…!
なんでだよ…!
なんでだよ…!
同じ言葉が俺の頭の中を埋め尽くす。
そして一番考えてはいけないこと…。
『起きないから奇跡って言う』
奇跡は…起きない…。
しばらくして救急車は病院に到着した。
俺は急いで香里の家に電話をかける。
プルルルル……。
プルルルル……。
「はい。もしもし美坂です」
「あっ、相沢と言う者ですが…」
「相沢君?どうしたのよ。栞とデートなんじゃなかったの?」
電話に出たのは香里だった。
「香里か…。今から俺が言うこと落ち着いて聞いてくれよ」
「えっ?いつだって私はクールよ」
冗談を言って自分で笑っている香里。
幸せそうな香里。
俺は言えるのか?
俺は言っても良いのか?
「あのな……栞が…………倒れた………」
「…………………………」
返事は返ってこなかった。
ただただ重い沈黙が二つの電話を繋いでいる。
「う…そ…?」
「冗談で俺がこういうこと言うと思うか?」
「…………思わないわ……でも……嘘であって欲しい…」
「…………すまない…。俺が側についてたのに…」
俺が言うと電話の向こうの香里が一つため息をついたのが聞こえた。
「相沢君のせいじゃないわ。取り合えず病院の場所を教えて。今から私も親連れてそっちに行くから」
「ああ…病院は前に栞が入院してた場所だ。頼んだぞ」
電話を置いた俺は栞が運ばれた病室に入った。
ベッドに横たわる栞。
管のような物が栞の体を支配している。
俺はベッドの横にある椅子に座ると、そっと栞の手を握った。
あったかいよ。
なぁ…あったかいよ栞。
あったかいのに……。
しばらくしてから香里と、香里の母親が病院に到着した。
3人でずっと病室で栞を見守っていたが8時を回ったところで、俺と香里は明日学校があるから、と言う理由で香里の母親に帰るように言われた。
帰り際に先生が言った。
「明日が峠になりそうです。そこを乗り切れれば………」
乗り切れればの後は言わない先生…。
それが今の俺にとっては価値のない言葉のように思えてしょうがなかった。
病院を出るところで香里が言った。
「相沢君…。奇跡って…一体なんなのかしらね?」
俺はなにも答えることが出来なかった。
奇跡を一瞬でも否定した俺には…。
「結局私達…奇跡って言葉に遊ばれてただけなのかもしれないわね…」
そう言うと香里は視線をふっと下に落とした。
「香里………」
「あっ、相沢君あっちの道よね。私こっちだから」
「途中まで送ってくよ」
「いいわ。ほんとに……私は大丈夫だから」
「…そうか…」
「じゃあね。ちゃんと明日学校来なさいよ」
「ああ。それじゃあな」
俺は香里と別れて一人歩き出した。
頭の中が真っ白になって…。
周りの全てが信じられなくなって…。
自分が情けなくて…。
そしてなにより……。
奇跡を信じられなくなった自分が悔しかった…。