「お父さーん…。ちょっと来てー」
夜中…。
娘は眠れないと、決まって俺を起こしにきた。
「わかった。お父さん行くから、先に部屋に戻ってろ」
俺がそう言うと娘は「はーい」と返事をして自分の部屋に戻っていく。
俺は隣で眠る栞を起こさないように、そーっと布団から出ると娘の部屋へ向かった。
今年小学校に上がった娘は、まだ一人で眠るのに慣れてないみたいだ。
娘が眠れない時、たいてい俺は昔話をしてやる。
「お父さん。今日はなんのお話してくれるの?」
「そうだなー…。じゃあ今日は天使の話をしようかな」
「天使さん?」
「ああ………」
<天使の忘れもの>
昔…。
一人の女の子がとても重い病気にかかって苦しんでいた。
その少女の病気は医者にも見放された、深刻な病気だった。
ある日、その女の子は一人の男の子と出会った。
その女の子と男の子は、お互いがお互いを必要とする関係になっていった。
「お互いがお互いを必要とする関係ってなに?」
「うーん…。女の子も男の子のことが好きで、男の子も女の子のことを好きだったってことかな」
「ふーん」
しかし、運命は非常だった。
女の子は自分の誕生日の日…。
医者に死の宣告を受けた日に…。
倒れてしまったのだ…。
「女の子死んじゃったの?」
「こら。勝手に殺すんじゃない」
病院のベッドの上に横たわる女の子。
誰もが願った。
助かって欲しいと…。
奇跡が起これと…。
その時…。
一人の天使が地上に舞い降りたんだ。
「天使さん?」
「そうだ。天使さんだ」
その天使はまだ天使になりたての、未熟な天使だった。
でも天使は頑張った。
自分の持てる力を全て使ってその女の子を助けたんだ。
「女の子、天使さんに助けてもらったんだね」
「ああ。でもこれで終わりじゃないんだ」
それから半年ぐらいたった。
女の子も男の子も平穏な日々を送っていた。
でも、その幸せは突然崩された。
女の子の病気が再発したんだ。
今度ばかりは皆駄目だと思った。
皆、諦めてしまっていた。
「また、天使さんが救ってくれたんだね?」
「いや…そういうわけじゃないんだな」
男の子はすっかり気落ちしてしまったいた。
でもその時、男の子の親友が励ましてくれた。
そして叱ってくれた。
「お前が信じないでどうするんだ!」
男の子はまた信じることにしたんだ。
女の子が絶対に助かるって。
そうしたらまたあの時の天使が現れたんだ。
そして男の子に向かってこう言った。
「悔しいけどこの前のボクの力が足りなかったみたい。だからまた病気が再発しちゃったんだ。でももうボクには力が残ってないんだよ…」
「この天使さんって男の子なの?」
「いや、この天使さんは女の子だったよ」
「でもボクって…」
「口癖だったんだろうな…」
天使は続けて言った。
「だから皆で信じて欲しいんだ。そうすればその想いがきっと届くから」
男の子はその天使の言葉を信じた。
絶対に助かるんだと願った。
皆もそう願った。
そして…。
女の子は帰ってきた。
男の子の元へ…。
そして女の子は言った。
「天使にお礼が言いです」
女の子が苦しんでいる時、天使がきて励ましてくれたんだそうだ。
だから男の子もお礼を言った。
「ありがとう…」
「結局天使さんが救ってくれたんじゃない」
「まぁな…」
そして…。
天使は帰っていった…。
一つの忘れものを残して…。
「その忘れものって?」
「また今度な」
「え〜っ」
「もう遅いから寝たほうが良いぞ」
「気になって眠れないよ」
「じゃあ気にするな」
「無理」
「寝ないと教えてあげないぞ」
「えっ……」
「どうする?」
「寝る……」
「良し。良い子だ。じゃあおやすみ」
「おやすみなさい…」
俺は自分の部屋のドアを開ける。
「祐一さん?」
「ああ。栞か」
どうやら栞を起こしてしまったようだ。
「今日はなんのお話をしてあげたんですか?」
「ん?昔話だよ」
「昔話?」
「天使の話」
そう言うと俺は布団をかぶった。
横で栞が俺に話しかけてくる。
「天使って…あの時の天使ですか?」
「…ああ」
俺は短く答える。
「そうですか…」
栞は少し笑みを浮かべながらそう言った。
天使が忘れていったもの…。
それは信じる心の力…。
その心の力が集まった時…。
一つの奇跡が起こる…。
あゆが残していった俺達の仕事。
いつまでも信じる心を失わないでいること。
それを俺達に教えるために…。
あゆは地上に舞い降りた…。
たった一つの奇跡を見届けるために。
それがあゆに課された仕事。
あの時、忘れものをしていったあゆの……。
俺は娘に忘れものを教える気は無い。
娘は自分で気付くと思うから。
忘れものの意味に…。
なぜなら…。
『娘の名前は天使の名前だから』
後書き
天使はあゆです。
そんでもって祐一の娘の名前もあゆです。
そこんとこだけはっきりさせたくて(^^;