その日は、突然訪れた。

その日の5時間目、私と祐一は突然職員室に呼び出された。
そこで先生から出た言葉に、私は耳を疑った。

それから少し後、私と祐一は病院にいた。

お母さんが事故に遭った。
それだけが、私の頭の中を支配していた。
私を見て、何かつぶやく祐一。
その声は、私には届いていなかった。

・・・やがて、「手術中」の文字が消える。
祐一がお医者さんと何か話している。
そこで私に一つだけはっきりと聞こえた言葉
「面会謝絶」。
祐一が顔を伏せる。
私の心は、ゆっくりと体の奥へ、奥へと沈んでいく。
何も聞こえず、何も見えず、何の感触も無い。

家に帰ると、私はすぐに部屋に閉じこもる。
祐一が何か語り掛けようとしていた。
でも私は、耳をふさぎつづけた。

今の私に、現実なんて要らない。
私が欲しいのは、お母さんと一緒に過ごす世界。

その日、私は夢を見た。
いつもと同じ、朝の風景。
眠っている私を、祐一がたたき起こしに来て、
いつもの通り、制服に着替えて、
目をこすりながら、1階に降りてきた私の前に、朝ご飯があって・・・

そして、いつも優しく微笑んでくれるお母さんがいて・・・

祐一とからかい合いながら、ご飯を食べて、
いつもの通り、そこにいるはずの人に「行ってきます」と声をかける。

そこで、突然目が覚めた。
時計を見ると、まだ午前3時。
私以外、だれもいない部屋。
それは当たり前のはずなのに、今の私には悲しい事で・・・
その日は、もう一睡もできなかった。

次の日、祐一は私の部屋の前まで来た。
でもそれだけ。
祐一は扉をノックしようとしなかったし、私もして欲しくなかった。
私が今慰めて欲しいのは、祐一ではない。
元気になったお母さんに慰めて欲しい。
それができない事が、自分で分かっていても。

二度とお母さんに会えないかもしれないと、自分でそう思っていても。
いや、そう思ったから、私はその時、お母さん以外のすべてを拒絶した。

祐一が学校に行って、一人になって考える。
私にとってのお母さん。
お父さんの顔を見た事が無いため、
お父さんがどういう人かも分からない私にとって、唯一の肉親。
たとえ祐一でも、代わりができない人。
そのお母さんは、今、死の淵にいる。
私にはどうする事もできない。

その時決心した。
祐一は悲しむだろうけど、お母さんが死んだら、私も死のう。

そう思うと、少し気分が楽になった。

次の日、祐一が私のためにチャーハンを作ってくれた。
私は食べる気が起こらなかった。
祐一が何かつぶやいた後、家から出ていく。

私はそのまま、じっとベッドの上にいた。
何も考えてはいなかった。

ふと思い出す。祐一が私のために作ってくれたチャーハン。
ドアの方へ行き、チャーハンを食べてみる。
おいしくなかった。
でも私は、一生懸命食べた。

半分ぐらい食べて、私は食べるのを止めた。
祐一の気持ちが、伝わってくる。
きっと、私に元気になって欲しいと、ただそれだけを思って作ったに違いない。
でも私は、それが分かった瞬間、食べる気がしなくなった。
それは明らかな、祐一への拒絶。

夜、祐一が私の部屋に来た。
私はベッドの上で固まっていた。
久しぶりにちゃんと聞く祐一の声。
でもその言葉の中に「秋子さん」の言葉が出たとき、私は自分の心をふさいだ。
もう私は、笑えなくなっていた。
祐一がそこにいるのに、私は祐一を拒絶した。
何もかも忘れれば、楽になれる。
関わりを断てば、傷つく事も無い。
しかしこの時、私の決心は揺らいでいた。

次の日、祐一は私の部屋の前に来て、目覚ましを置く。
祐一はあの場所で待っているといった。
行く気はなかった。
私は迷っていた。祐一にすがる心と、祐一を拒絶する心。
それに決着がつかない限りは、祐一の待つところへ行く気はなかった。

午後11時、ふと思う。
お母さんに聞いた、あの事件。
祐一に雪兎を渡したあの日、祐一に拒絶されたあの日、
一人の少女が、事故で意識不明になっていた事。
あの時の拒絶に、その子が関係しているとしたら、
あの日の祐一の拒絶は、今の私の拒絶と同じ。
私は繰り返そうとしているんだ。
祐一に拒絶された事でできた傷を。
今度は私が祐一に。
拒絶してはいけない。
その時、あの目覚ましがなった。

その目覚ましの声を聞いた後、私は家を飛び出していた。
雪が降っていた。
私の全身に、大粒の雪が降りかかる。
私はかまわず走った。
全速力で。
祐一に早く会いたい。
ただ、それだけを思って。
お母さんの事故で、沈んでいた私の心を呼び覚まし、
私の心を沈ませたすべての現実を振り切るように。

お母さんには無事に退院できる願いを、
祐一には、7年間の想いすべてを。
その思いを沈む心にぶつけ、がむしゃらに走る。

12時を回る。
それでも私は信じる。
祐一が待っている。
行かなければ、私が後悔する。

そして駅前。

いた。

そこに祐一はいた。

私は嬉しさを噛み締め、抱き着きたい衝動を押さえ、照れ隠しにこういった。




「学校さぼってる人、発見。」

 

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