大学受験が近づき、受験生は皆勉強へと駆り立てられている。
相沢君も、勉強が嫌いだと言っていた北川君も、
すぐに眠ってしまう名雪も、それぞれの志望校に受かるため、寝る間も惜しんで勉強している。
そんな中にいて、私だけは勉強に手がつかず、
ただ、机の前に座っているだけの時間を過ごしていた。
ふと、窓の外に目をやると、白い結晶がはらはらと舞い下りてきていた。

「もう・・・こんな季節なのね・・・。」

声に出してみる。
あれから、もう一年が過ぎ、またこの季節になったことを実感する。
去年の一月。
相沢君がこの学校に転校してきた。
あの時は、まだ親友の従兄と言う感情しかなかったと言うのに、
それが、少しずつ状況が変わっていくことを感じた。

相沢君は、何かもっと別の存在となっていった。
恋愛感情ではない。
ただ、大切であったことだけは分かっている。
回りくどい言い方をすれば、「私の大切な人にとって、大切な人。」
私の大切な人は、相沢祐一と言う一人の少年が現れたことによって、
その、今にも消えそうな命を、惜しげも無く使うことを心に決めた。

そして。

雪の降る夜。

あの子は、自ら独りになることを選んだ。
いや、選ばざるを得なかった。
何故なら、そんな時になっても、私はあの子に心を開くことが出来なかったから。
あの子は、大切な人に悲しい思い出を残さない様にと一つの答えを選び、
その結果、全ての支えを失った。

そして、その日はやってきた。
もうすぐ春と言う日。
もう、雪も解け始め、気の早い植物が芽を出し始めたあの日。

私の大切な人は、私や、その他の人の目の前から、永遠に姿を消した。
それは、あまりにも綺麗で、あまりにも眩しく、そして、あまりにも儚く、あまりにも短い、
一つの、小さな炎の消滅だった。

支えを失った人間の「死」と言う物は、こんなにもあっけない物なのだろうかと思った。
あまりにあっけなさ過ぎて、私には、何が起こったのか、さっぱり分からなかった。
何が起こったのか分からなかったためか、悲しくはなかった。
悲しくはなかったけれども、
目からあふれ出る物を、止めることは出来なかった。

あれから少しの間、私は空虚な時間を過ごした。
ただ、あの子の大切な人に気づかれまいとする事しか出来なかった。

どれくらい、そうしていただろう。
気がつくと、外の雪は止んでいた。
その時に、何となく、本当に何となく思った。
「そうだ・・・次の日曜日に、あの子に会いに行こう・・・。」

日曜日。
私は、一つの小さなお墓の前にいた。
お墓の上から水をかけ、
もう枯れてしまっていた花を取りかえる。
そして、私はお墓の前で手を合わせる。

「やっぱり、ここにいたか。」
後ろから声がした。
振り向くと、そこには、あの子にとって、一番大切な人がいた。
「相沢君・・・。」
相沢君は、私の側に座って、お墓に向かっててをあわせた後、私の方に振り向いて言った。
「もう、こんな季節だしな・・・。それに・・・。」
「それに?」
「たまには、栞と会わないと、こっちが淋しくなるからな。」
「・・・そうね。」
「ああ。」
「ねぇ・・・相沢君・・・。」
「何だ?」
「あの子を好きになった事、後悔してない?」
「何で、そんな事を聞くんだ?」
「あの子は、もう戻ってこない・・・。それでも、相沢君は好きなままでいて、辛くはない?」
「そうだな・・・。辛い、のかもしれないな・・・。」
「・・・。」
「でも・・・好きになった物は、仕方が無いんじゃないかな・・・。
元々、俺は後悔するまで分からないような奴だし。
大体、俺は後悔するような事になったとは、思ってはいないぜ。」
「・・・。」

長い沈黙。
すると、相沢君が急に口を開いた。

「あ・・・雪だ・・・。」
「・・・本当ね・・・。」
見上げると、あの日よりはか弱かったけれども、たくさんの雪が舞い下りてきていた。
「・・・。」
「・・・。」
「そう言えば・・・。一つだけ心残りがあったな・・・。」
「何?」
「あいつと約束したのに・・・遂に雪だるまは作れなかった・・・。
見せたかったな・・・50mの雪だるま。」
そう、微笑みながら呟く。
「やっぱり・・・相沢君は強いわね・・・。」
「そうか?」
「ええ。悲しみを乗り越えて、そんな笑顔を見せられるもの。」
「お前も、強いと思うけどな。」
「そう?」
「ああ。あの時、なんだかんだいって、一番辛かったのは、お前だろ?
俺と違って、後悔しか残らないような別れ方をして、
それでも、心の奥を見透かされない様に、いつも精一杯の笑顔でいたからな。」
「・・・そうか・・・そう思えば少しは楽になれるのかもね・・・。」

雪は、まだ降り続いている。
この雪が、地面に白く覆うように、
私の心の傷痕が、綺麗に消え去るときが来るのは、いつになるのだろう。
それは、明日なのかもしれないし、来年になるかもしれない。
もしかしたら、永遠に来ないかもしれない。
いや・・・実はもう、綺麗さっぱり消え去っているのかもしれない。

でも、そんな事はもうどうでもいい。
消えてしまうのなら、辛い思い出に心を狂わせる事も無くなるし、
消えなければ、それはそれで、逆に喜ばしい事なのかもしれない。
どういう物だろうと、あの事の・・・栞との、大切な思い出には違いはないのだから・・・。