好きも嫌いも、全部真っ白になってほしい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SNOWU

Written by WAY

 

 

 

 

 何も語ることのない雪

 夜の闇に舞うように、はらり…ほろり

 祐一がいなくなってから一年経った今でも

 それは変わることはない…

 

 

「寒いっ…」

 外は音もなく雪。わたしは大学の論文を書くために部屋の机に向かって文章を書いてる。夜の闇は、白い雪のせいで妙に明るく見えた。

 部屋中に暖房を効かせてちゃんちゃんこを羽織っているけど、今日の冷え具合は特に厳しい。手がかじかんで、わたしのシャーペンを持つ力が少しばかり弱まってる。

「寝よっかな…」

 寒さでやる気の出ないわたしは、論文を途中で切り上げてベッドに身を投げ出した。ぼうん、という反動とともに揺れる体と…ちょっぴり切ない思い出。

「祐一がここにいたら…色々と教えてくれたのかな」

 わたしはぼそりと、叶わない願いを口にしてみる。祐一のことはもう8年前にあきらめたはずだし、再会したときも何の進展もなかった。そのうち祐一は川澄さんと倉田さんという大事な人を見つけてこの家を出た。最後の最後まで、祐一は祐一だった…。

 確か、わたしの記憶が正しければ祐一と最後に別れたのはこんな雪の降る日だった。祐一の顔はとても晴れやかで、わたしもそれに応えるように笑顔で送り出した。「名雪、食べながら寝るなよっ」という祐一の最後の言葉は、いまだに頭の中に残ってる。その時は特に感慨深いものはなかったし、今の今までそうだった。

 …けど

「こんなに…静かだったかな」

 わたしはこの音のない部屋で耳を澄ましてみる。何も聞こえない部屋。音楽も、風の音すらない、静寂の部屋。一年前までは祐一が隣の部屋で音楽をかけていたりして、わずかながらも何かが聞こえていた。けど、今はそれすらない。静かな静かな、音のない部屋。

「祐一…何しているのかな」

 去年までいた音の発生源、祐一の顔をわたしはぼんやりと思い浮かべてみる。けど、今では祐一の顔の輪郭が、わたしの記憶の海ではぼやけてしまってる。浮かんでくるのは、祐一の口にした数々の言葉。声。今ではそれも曖昧になりかけている。けど…

 

 

『俺と名雪は、ずっと仲良しだからな』

 

 

 この言葉。今でもはっきり思い出せる言葉。「うんっ」ってあの時わたしはうなずいたけど、今から考えてみたら、祐一の頭の中にはわたしがいなかったんだ。「従妹」としてのわたしはいても、「異性」としてのわたしは全く存在していなかったんだ。

「今さら…だよね」

 自嘲気味に、一言。窓の外の雪はまだ降り続いている…。

 

 

 

   *********

 

 

 

 蛍雪。

 すでに明かりは消してるけど、雪のせいで部屋の中はぼんやりと明るい。

 全てが息を潜めた中で、わたしは反芻する。

 その、記憶を。その、幸せを。

 笑顔。笑顔。むくれ顔。また笑顔。笑顔。笑顔。

 

「好き…だったのかな」

 気持ちが曖昧なままで祐一と別れた私。けど、今になって…一年も経って何故か浮かんでくる祐一の顔。大学でも男友達はいっぱいいるけど、男の人と聞いて一番最初に浮かぶのは…祐一の顔。

「好き…なんだよね」

 少しずつ、わたしの中で気持ちの確認が取れていく。「わたしはやっぱり祐一が好き」それが次第に明らかになっていく。

「言ったほうが…よかったのかな」

 わたしの気持ち。祐一が好きだともし告げたら? 祐一はきっと苦しんだのかな? 祐一は困ってしまったのかな? だったら、言わないで正解だよね。何となしに自分で自分を納得させる。

「言わなくてよかったん…だよね」

 そう、これでよかった。この選択で正解。きっと祐一はうまくいくし、三人で幸せに暮らしつづける。万事OK。イッツオーライ。

「でも…どうしてこんなに胸が苦しいの…」

 その反面、わたしの胸はきゅう…っと締め付けられる感覚に襲われる。心臓の鼓動のリズムが不安定なのが自分でもわかる。

「もう八年なのに…もう二度と戻らないって…分かっているのに…」

 わかってる。頭でわかってるけど、心で納得してない。引きずっちゃいけないってわかってる。けど、どうしても沈んでいかない想い。

 わたしはけろぴーをぎゅっと両腕で抱きしめてみる。ふわふわとした生地の感触。今日に限って、何故かそれが空しく感じてしまう。

「欲しいよう…祐一が欲しいよう…」

 それこそ、川澄さんや倉田さんから奪ってでも…という考えが一瞬だけ頭によぎる。けど、それはすぐに霧のように消える。何もかも壊してでも奪えるほど、わたしは強くない。けど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手放した青い鳥は…二度とは帰ってこない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐一ぃ…」

わたしの意識が次第に遠のいていく。

白に、ただ真っ白に想い出がかすんでいく。

それこそ、窓の外の景色が白に染まっていくように。

 

これがわたしの罪。

そして…これがわたしの罰。

8年前に傷心の祐一に無神経に告白した…罰。

きっと、祐一への想いが続く限りこれは続くんだ。

寒さに震える心が、白に染まりきるまで続くんだ。

 

 

 

 

 

もっと降って…

もっともっと雪よ降って…

何もかも、わたしの想いも全てを……白く白く埋め尽くして…

 

 

 

 

FIN