一日一歌

甘枝の近況および日々の歌を臆面もなく公開。

UP DATE 5/31 19:45


5/16(火)

今日は18時よりビームス3Fの「ジャック・モアザン」にてヘアーショーの打ち合わせ。昨日の日記では「会った途端にお断りされるかもしれない」とびくびくしていた甘枝でしたが、いざ行ってみると挨拶もそこそこに早速ショーの説明に入ったので、どうやら大丈夫だったみたいです。やはり顔は関係ないのね。ホッ。(でも内心まだ、後から断りの電話が来るのではと思っている。) 甘枝はカットモデルではなくアップスタイル担当ということで、実際にステージ上で髪をいじられるわけではありません。ショーの前にセットをした状態でステージに上がり、ぐるっと一周すれば良いとのこと。よくファッションショーなんかでモデルさんが舞台を歩いて時々立ち止まりポーズを決める、あれですね。ただ歩けばいいので簡単なことなのですが、それでもいちおうウォーキングの講習を受けなければならないらしく、しかもポーズも決めなければならないらしく、うまくできるかどうか今からドキドキものです。

甘枝は幼少の頃日舞を習っていたことがあり、そのせいですっかり内股歩きが癖となってしまいました。でもモデルといえばカッカッと姿勢よくまっすぐに歩かなければなりません。明日からにでもガニ股養成ギプスをつけましょう。そして蟹を観察しましょう。ヘアーショーなので髪型はもちろん衣装もメイクも舞台向けのハデハデなものとなりそうです。店長さんには「おそらく誰だかわからなくなるでしょう」と言われました。やまんばギャルみたいになったらどうしよう。二十代なのに。

ショーは6/10(土)基町クレドであります。優待者のみの入場らしいので皆さんにお見せできないのが残念です。いや、その方がいいのか? 写真を撮ったら後日アップしましょう。(見るに耐えられれば、の話ですが)

話は変わって、今日は先日人から聞いたなぞなぞをここで出したいと思います。

答えは英単語。ティーで始まってティーで終わる。そして中にもティーがたくさん入っている。な〜んだ? 

とんち問題ですね。わかりますか?解答は明日のここで発表します。さあ君もこれで眠れぬ夜を!

あと、今日のおまけとして友人の014さんの実家の猫・タローくんの写真を。にらまんじゅうみたいな顔が強烈です。なお、014父のつたないメッセージも見物。笑えます。かわいいお父さんだなあ。

 またたびをよろしければもうすこし 匿名希望でお願いします 

   

ところで、更新日時のことですが、研究のかいあって今回よりうまく表示されるようになりました。この件に関してはかずさんにたいへんお世話になりました。アドバイスありがとうございました。

・・・と、思っていたらやはり時間がおかしいことに気づいたAM1:20。誰か時間を直す方法を教えて下さい。


5/17(水)

とりあえず最終更新日時は手書きで場をしのぐことにしました。タイムサーバーがなあー問題なんだよなー(ぶつぶつ)

さて、昨日のなぞなぞですが、みなさんわかりましたか?答えは、teapot。ね、ティーで始まってティーで終わり中にもたくさんティー(お茶)が入っているでしょう?聞けばなんてことない答え。でも甘枝も当初はteethとかいろいろ悩みました。

結局なんにしても答えはいつもあたりまえのことのような気がします。数学がそうですね。あと、ミステリも良質なものほどトリックは「な〜んだ」というあたりまえの結果が導き出されています。

先日購入した森博嗣の「夢・出会い・魔性」もまさしくそうでした。この人の作品はミステリの中でも特にその傾向が強いように思います。シンプルかつミラクル。最後まで読むと、この答えに辿り着くほかはないよなあと思わせるところがすごい。しかも彼の作品の秀逸なところは答えはシンプルなのに決して途中で読者に気づかせない点にあります。力量を感じますね。         

話は変わって、今日面白いことを聞きました。「汚れつちまつた悲しみに」で知られる中原中也は詩を始める前に短歌を詠んでいたというのです。これは甘枝としてはとても興味深い。百首以上ある作品のうちのいくつかを読みましたが、その中に先日甘枝が書いた創作論を地で行く作品があってまたもやびっくり。                                    「藝術を遊びごとだと思つてるその心こそあはれなりけれ」 ・・・うーんやはり中也にとっても創作することは必要なことだったのですね。

水曜日というのは甘枝にとって地獄デーの日であります。とにかく昼間がめちゃめちゃハードスケジュール。これを書いている今も体調の悪いこと悪いこと。疲れ果てて、日記もいまいち冴えませんね。ここらでしばし仮眠に入りたいと思います。また目が覚めたら、昨夜見た面白い夢の話でもしましょう。でもそれもちょっと無理かも。弱気ですが勘弁してください。

 指きりをするためだけにある小指 そして幾度も失われる指 


5/18(木)

昨日ぐっすり眠ったおかげで今日は快調。でもここに書くつもりだった夢の話はもう忘れてしまいました。たしか、友人の主宰する劇団のお芝居に急遽代役として出演しなければならず、本番が迫っているのに台詞をひとつも覚えてなくて非常に焦りまくるという話でした。現代版「おしん」というべき舞台なのに何故か甘枝は王女様役でドレスにガウンという出で立ちなのです。舞台の端でおろおろする甘枝の横で、舞台監督の竹中直人が「オレも始めはこうだったから」と訳のわからないことを呟くかと思えば、共演者の藤井隆が励ましのつもりか「ナンダカンダ」を熱唱し、吉本新喜劇のおばちゃん(名前は知らない)がアメリカ大統領夫人役の台詞を何度も甘枝に聞かせてくれたのを覚えています。・・・まったくなんて夢だ。

甘枝は中・高と演劇部に属していたので、本番当日が近づくとよくこのような夢を見ていましたね。しかし今頃になって見るというのはどういうことなのでしょうね。何かに追われている現状を表しているのか、竹中直人に注意せよということなのか・・・   夢といえば、甘枝はまだ予知夢というのを見たことがありません。人から聞いた話では「火事の夢を見たら実際に夢と同じ現場で火事が起こった」とか「夢で見た知らない場所を修学旅行先で見つけた」とかいろいろあるみたいですが、甘枝自身はないですね。 ただ、甘枝の場合、夢にしか出てこない(つまり現存しない)映画館とデパートがあります。特にデパートは見る度に建物の構造や売り場の状況が明らかになって非常に面白い。たまにしか見ませんが、もしかしたら未来にどこかで出会う風景なのかも。そうなったら楽しいですねえ。しかも何度も出てくるわけだから、きっと甘枝にとってそこは重要な場所なのでしょう。

そういえば、2、3日前に読んだ雑誌の占いで「夢で見た見ず知らずの人と実際に出会い、恋に落ちるでしょう」というのがありましたが、今のところそういった出会いはありません。(しくしく)これで竹中直人に出会ったらびっくりですね。「オレも始めはこうだったから」なんてね。(まあ、ないか)

さて、今日は帰りが早かったのでひとりで並木通りの「一点」という珈琲屋さんに行きました。ここは甘枝がヒソカに隠れ家としているところです。内装も落ち着いていてまさに隠れ家の装い。珈琲を飲みながらしばらく短歌制作に励みました。今日の成果は2首。そのうちここで発表しましょう。

そうそう、「一点」といえば甘枝は袋町公園で行った朗読の日のことを思い出します。あの日、本番まで時間のあった甘枝は「一点」を訪れ、片耳にBGMテープのイヤフォン、手には朗読の資料、そして大正浪漫風着物姿というかなりアヤシイ趣でややひきつりながら朗読の練習をしたものでした。お店の人にはさぞかし「あの人、着物姿でぶつぶつ独り言を言っている」と変な目で見られていたことだろうと思われます。今日はそれを思い出し、一瞬緊張感が蘇りました。

だんだん夏に近づいてきて、陽が長くなりましたね。午後のお茶はもう済ませたけど、この陽の長さに敬意を表してもう一軒行ってみるか。(しかしそれはつまりいつものポワブリエールなのですけど)

 誘拐の動機は夏の高気圧 海があるから君がいるから

夜になりました。早川義夫を聴きながら書いています。ポワブリエールでは4つほど歌ができました。今日は調子が良いな。   昨日短歌仲間のパンちゃんから愛猫ヒロピー(本名はヒロミ)の写真が届きましたので紹介しましょう。なかなか堂々とした構えです。「それがどうしたん」と言われそう。飼い主のパンちゃんに関しては今後機会があればまた書くことにします。まだ詳しくは知らないのですが、けっこう奥が深い人のような気が。(気のせいかもしれない)

それにしても早川義夫は良いなあ。歌うアラーキーという感じ。心にしみます。でも誰も知らないだろうなあ。 


5/19(金)

今日はゴスペルの親睦会がありました。場所は広島駅ビル6F「酢屋」。和ぎょうざのお店です。本店には行ったことがありますが、こちらは初めて。2000円のコースで煮物、焼き餃子2種、蒸し餃子2種、揚げ餃子、コロッケ、サラダ、雑炊と値段以上の大サービス。梅入り焼き餃子が美味しくておなかいっぱいになりました。ここはオススメですね。

親睦会とはいえ内実は今後のレッスンのあり方が話の中心で、甘枝はヒソカに「朝まで生テレビ」的な議論を予想していましたが、終始なごやかに時は過ぎ、ちょっと拍子抜けしたほどでした。でも先生をはじめとして皆それぞれに歌に思い入れがあるのだなあと感じてそれはそれで良い集まりだったと思います。

「酢屋」の前で相方のゆきちゃんを待っていると、大学の先輩にばったり会ってびっくり。何年ぶりだろうか。向こうはすぐに私のことがわからなかったらしく、第一声が「整形した?」。第ニ声は「そんなに目がぱっちりしてたっけ?」。        ・・・まったく、失礼しちゃうわッ! 確かに昔よりは痩せたけどさ、整形ってあなた・・・。整形したならもっと美人になっとるわい! ぷんぷんしながらも「昔はそんなにひどかったのだろうか」と一瞬くらっとした甘枝なのでした。

そういえば、男の人って年を取っても容貌にはさほど変わりがありませんね。輪郭や造作はたいてい同じ状態を保っているように思います。これが女性となると変わる変わる。内因性の変化が顔に表れやすいのでしょうか。甘枝なんて毎日鏡を見る度に違う顔をしています。「真夜中も朝も別の顔」という映画が撮れそうです。だから人と会うことになっている日の朝は鏡に向かうのがけっこう脅威。「今日は当たりであってくれい」と祈りつつおそるおそるのぞいています。(しかしハズレも多い)

不思議なもので、「念ずれば通ず」という言葉は確かにあるものですね。甘枝の場合整形こそしていないものの、高校まではまごうかたなき一重まぶただったのがぱっちり二重に憧れるあまりか大学に入ると本当に二重になりましたもんね。(肉が落ちただけという噂もある) 関係ないけど、中学生の時、コップを口に吸い付けたまま歩くことができる友人がいて、みんなですごいすごいと囃し立てたらある日マスク姿で登校してきたのです。無理矢理マスクをはぎとると、そこにはくっきりと青い円形のあざが。クラスの人気者だった友人は調子に乗ったがために一夜にして「変なおじさん」と呼ばれるはめになってしまったのでした。ああ無情。  しかし今思えば、コップを口に吸い付けて人気者になるのもどうかと思われます。もっとましな手段はなかったのか!

親睦会の後はゆきちゃんと「tea salon 球」に寄って帰りました。よくよくお茶するのが好きな甘枝です。これまでの日記を振り返ってお茶していない日を探す方が困難ですね。これで将来は間違いなく「茶くればばあ」。思いやられます、人生全てが。

 糸電話 君とつながるこの糸が何故白いのかそれが不思議で 


5/20(土)

今日は午後から調べ物のため県立図書館へ。家から歩いて5分ほどのところにあります。とても便利。昨夜うっかりコンタクトをしたまま寝てしまい今朝非常に心地が悪かったので、仕方なく眼鏡をかけて行きました。眼鏡好きで知られる甘枝ですが、自分で眼鏡を着用することにはやや抵抗があります。丸顔だから似合わない。しかも今使っている眼鏡が高校以来の年代物で、これが最高に不細工! というのも甘枝は高校時分、眼鏡をかけている&ピアノマンというただそれだけの理由で大江千里を愛聴していたことがあり、そのためどうしても大江千里と同じ眼鏡を必要としていたのです。現在に至ってはさすがに大江千里熱も冷めてただ眼鏡だけが苦い過去の象徴として残っています。常々買い替えねばと思っているのですけどねー。もうアラレちゃんと呼ばれるのは厭だあ!

さて、図書館ですが、辞書の類いを探していてすごい本をみつけました。その名も「罵詈雑言辞典」。思わず目を奪われて手にとってみるとありますあります、容赦ない言葉のあれこれ。「お高くとまっている」「おとといきやがれ」なんかはまだ可愛い方で、甘枝が息を飲んだのは「げじげじ魂」。限りなく性根の悪い様をあらわす言葉のようですが、それにしてもすごい表現ですね。   もしみのもんたから「奥さん、アンタそれはげじげじ魂だよ」なんて言われたら、一生立ち直れない気がします。げじげじって・・・・    これを短歌で使ったらさぞかしインパクト強でしょうね。そして敵をつくるでしょうね。

辞書コーナーにはこの本の他にも「世界なぞなぞ大辞典」などおおいに興味をそそられるものがいろいろありましたが、時間の都合もあって用事が済み次第そそくさと場を辞しました。甘枝が3人くらいいたら、と思うのはこんな時です。

さあ、そろそろ出かける準備をしなくては。今夜はHAPチームとの初の飲みがあるのです。噂ではみんなかなりの飲みっぷりとか。楽しみです。でも強豪相手にひとりでは心もとないので、急きょ甘枝チームとして住吉9太氏、枯草るる氏に応援を要請しました。にぎやかな会となりそうな気配。もし朝までに生還できたらまた報告しましょう。(最近こんなんばっかり)

 今までの誰もが呼んだことのない名前で僕に登録してよ


5/21(日)

いやあ、全然まだまだでした。昨日の飲みは朝までトコトンを覚悟していましたが、途中で届け物をしなければならないことに気づいて甘枝自らひとあし先に抜けることに。HAPの手島さんの酔って甘える様を見られなかったのが非常に残念でした。(>今度また飲みましょう)

総勢9名でパルコ近くの「マンダーラ」という広東料理(?)のお店に行って、レタス包みやスペアリブ、点心などをいただきました。なかなか美味しかったです。メンバーの中で集合前に献血に行った人がいてその話で盛り上がりました。なんでも血液採取の際に”ジョボジョボと血が抜かれていく感触がする”のだそうです。ジュースをストローで吸う場合のジュースの立場に立つわけですね。すごいなー。献血フリークにはこれがたまらんのでしょうね。                             思いますけど、人間の身体には口や鼻、耳などいくつか穴があるわけですから、ひとつくらい蛇口のように血を自由に出すことができる場所があってもいいんじゃないでしょうか?そしたら注射嫌いの人でも簡単に献血できるし。趣味に応じてオプションをつけたりして、結核に憧れる人のための口からの吐血タイプ、牛乳を目から出せる人のための涙式流血タイプ、ピーナツ食べ過ぎ鼻血タイプといろいろあったら献血はもはやブームとなるでしょう。特技の欄にも堂々と書けます。でもさすがに下血は避けたいね。    

まあこんなバカ話はおいといて、ゴハンを食べた後は富士見町にある「DIME」というお店でワインを飲みました。夫婦で参加の中村さんの旦那さんの方がニコラス・ケイジにそっくりの外国人顔で、カタコトのニホンゴを装えばヒッチハイクなど簡単にできるとか、居酒屋でしばらくアラブの石油王のふりをしていたとか、顔にまつわる面白話がいろいろあって大受けでした。

人の顔を覚える時に「俳優の○○に似た〜」という認識の方法があって、これはけっこう個人差があるものなのですが、その点中村さんは誰が見てもニコラス・ケイジでしたね。二度と忘れないでしょう。                          そう考えると甘枝の顔は覚えにくいタイプに入るのではないかと思われます。誰かに似てるって言われたこと、あまりないですもんね。高校の頃は小林聡美とかわかぎえふかなあと自分で思っていましたが、最近はそうだなあ、しいて挙げれば羽田美智子(もうすでにわかりにくい!)に似ていると言われますかね。どうなんでしょう。逆にいえば誰にも似ていない顔の方がオリジナリティという点でいい気もしますが。(結局女優顔じゃないだけか?)

さて、今日は先日の日記に登場した絵描きのだいすけさんと会うことになっています。初対面。どうだったかはまた夜に。

 嘘つきのたびにかさつく唇にメンソレータム代わりのキスを 

だいすけさんに会ってきました。電話とメールのみのやりとりだったので「どんな人だろう?」と思っていましたが、会ってみると気さくで物腰の柔らかい好青年でした。16時にパルコ前で待ち合わせて「tea salon 球」へ。最初はお互いの創作について話していましたが、だんだんそれが盛り上がって話はセッションの構想と展望に。9月完成を目指して共同作品をつくることになりました。今はまだ明かせませんが、けっこう大掛かりで中身の濃いものになりそうです。こう御期待!二人とも絵と短歌という異ジャンルで活動していて刺激しあったのか、「あれもやりたい」「これもやりたい」とアイデアが冴えまくり。今後が楽しみです。

ひとしきり作品について話した後は、突然の思いつきで甘枝の似顔絵を描いてもらうことに。だいすけさんは似顔絵描きでもあるのです。今日は画材を準備してあるとのことだったのでカフェという場所ではありましたが、無理矢理お願いしました。その完成品がこれです。どうでしょう?似てますか?ちょっと実物の二割増しかもねー。美人に描いてくれてありがとう!いいひとだ。

それにしても、目の前にあるものをある通りに描けるというのはすごい才能です。甘枝も昔は絵を描いたりしていましたが、最近はてんでダメですね。時々、我が家が誇るイラストレーター・カジカワユウコ氏と記憶スケッチ大会をやるのですが、ドナルドダックが得体の知れないニューキャラクターに進化してしまったり。甘枝はどうも活字で記憶するタイプのようです。だから写真を撮る時も絵を描く時も考え込んでしまって構図すらうまく決まりません。短歌をやっているのもそういうトラウマを抱えているからかもしれませんね。バカボンのパパに言わせれば「これでいいのだ」。ま、そういうこと。

そんなわけで今日はなかなか実のある時間を過ごすことができました。夏にはユーリ氏との短歌写真集つくりも控えているのでこれから忙しくなりそう。がんがんつくりまっせー!勉強しまっせ引っ越しのサカイ♪


5/22(月)

甘枝はこれまでラジオ番組に2回出演したことがあります。ひとつはラジオ福島の「日産フラッシュジャーナルブックスインフォメーション」という番組で今年の3月にインタビューを受けました。まさか福島県からオファーがくるとは思わずびっくりしましたね。どこだ?福島? なんでもアナウンサーの徳永さんが広島出身で、帰省の折に偶然甘枝の短歌ポストカードをみつけて気に入ってくれたらしいです。しかしいざ出演するといってもさすがに福島まで出向くことは難しいので、電話によるコメントと短歌朗読という形でお受けしました。

なにぶんこちらは広島なので、実際のオンエアを聴くことができなくてずっと気にしていたら、おとといの土曜にテープが郵送されてきました。5分間という短い番組にもかかわらず、甘枝の話があますところなく盛り込んであって非常に感激しました。ありがとう、徳永さん!福島県人によろしく。

そして、2回目の出演となったのがHFM(というの?広島FMは)の「ケニー・ベイクラブ」。こちらは堂々30分のゲスト出演。ジャズクラブでお酒を飲みながら話すという設定で、本当にブランデーが出ました。(ニッカがスポンサーらしい)     同じような趣向の「サタデーウェイティングバー・アバンティ」という番組を御存知の方ならだいたい想像がつくと思います。こちらは実際にオンエアを聴くことができたのですが、客観的に聴く自分の声ってどうもなじめませんね。変な声〜と思ってしまう。 でも後日たまたま放送を聴いていたゴスペルの先生から聞いた話では、甘枝の声はマイクを通すとかなり良い響きらしいです。歌の先生が言うんだからこれは説得力ありますね。ちょっと自信がついた。今後は人に会う時もMyマイクを持参しましょう。

わあああああ、これを書いていたら突然カミナリが鳴り出したあ!! 甘枝はカミナリ大きらいいいい!!           今日に限ってルームメイトのカジは旅に出て不在・・・・ どうしたらいいのだあ!

二人暮らしをしていると、ひとりの夜がものすごく空虚な感じがするのは何故でしょう? ひとり暮らし歴の方が長いんだけどなー。 哲学者の鷲田清一がこう書いていましたね。「他者が同じ空間の中にいるというだけで、(たとえそこに会話がなくても)人は大きな安心を得ることができる」 なるほど、今身をもって理解いたしました。     

ちなみに甘枝はカミナリの他に蟻とゴキブリが大の苦手です。カミナリの轟く夜、部屋に蟻の行列が侵入し、なおかつ目の前をゴキブリが一瞬セミ?みたいな感じで飛んで行ったら、死にますね。確実に死にますね。さいなら、さいなら、さいなら、ですね。

カジ、甘枝が待っています。早く帰ってきて下さい。

 もし僕がネコだったならひとりでも 誰が孤独と名づけようか


5/23(火)

ただいま興奮状態でお送りしております、甘枝ですコンバンハ。とてつもなくハッピイ。夜風が心にメランコリイ。       今日は待ちに待ったジョビジョバの舞台「ジョビジョバ大ピンチ」を観て参りました。                    アステールから戻り次第の実況中継。 良かったです。It's only。                             そもそもジョビジョバとは、マギー、坂田聡、六角慎司、木下明水、長谷川朝晴、石倉力の6名からなるお笑い演劇集団で、平成のドリフターズとの呼び声高い人気グループであります。広島ではこの春までTSS深夜の「ジョビれば!?」という番組を放送していたので御存知の方もいるかと思われます。それがわからないという方のためにわかりやすく言えば、「スペーストラベラーズ」という映画がありますね。あの原作が彼らの作品なのです。今日甘枝が観たのがまさしくそれ。甘枝は舞台を観るまでは映画はやめておこうと思ったので、映画がどんな感じなのかは掴めませんが、噂ではかなり原作とは異なる話のようです。(ただし、原作にはないビジュアルバンドの役でジョビジョバも出演しているとか)

甘枝はこれまでにもいくつかのお芝居やライブをここ広島で観ましたが、どうも広島はノリが悪いらしいと聞いていました。(甘枝が観たものに関してはそんなことないんじゃない?と思うのですが) なので、今回のジョビジョバも楽しみにはしていたものの「みんなの反応が悪かったらどうしよう」という一抹の不安を抱えていたわけです。

しかし、それは全くの杞憂、もしくは老婆心に終わりましたね。なんというかみんな心はひとつ、笑えよ歌えよという感じでドッカンドッカンきてました。お芝居の最後には満場一致でスタンディング・オベーションが起こり(地方公演初!らしい)、カーテンコールもトリプルでというしつこさ、いや、盛り上がり方。お芝居もさることながら、甘枝はそちらの方により感動を覚えました。 広島、エエとこやん。広島バンザイ。アイラブ広島。 きっとメンバーもそう思ってくれたことでしょう。

ちなみに広島公演は明日もあります。どうやら当日券もあるみたいなので気になる方は行ってみるのもよいでしょう。生モノの感動は観た人にしかわからないと思うのでここで舞台の内容に触れることはしませんが、何らかのカタルシスは得られる気がします。

今日久々にアステールに行って、2年前のことを思い出しました。そう、あれはちょうど甘枝の23才のバースデーの翌日のこと。その日甘枝はイッセー尾形の独り芝居を観たのです。長年憧れ続けてきた彼を初めて生で観て、しかも帰りには握手とサインまでしてもらって、そしてそれが23才最初のイベントで、甘枝にとってはもうこれ以上ないってくらいの喜びでしたね。

デジャヴュとは違うかもしれないけれど、今日味わった気持ちはその時のことを思い出させて非常に感慨深いものでした。もし甘枝が創作という点でジョビジョバやイッセーさんと同じ土俵に(はじっこでも)立っているとしたら、はたして甘枝の短歌はどこまで人を惹き付けられるか。そんなことも同時に考えましたね。

あ、ちょっと冷めてきたかな。いかんいかん、今宵はもうすこし夢の中に。もうすこしだけ今日を延ばし延ばしに。

 生きていた今日を偶然とするなら 必然的に会わなきゃ君と


5/24(水)

今日は中国思想史を専門とされる先生のお部屋にお邪魔して1時間ほどお話を伺いました。前々から一度お話したくて、今日ついにエイヤッと勇気を出して行ってみたら、非常にフランクな感じで迎え入れられ甘枝感激。甘枝の質問に快く応じてくださったのみならず、さらにいろいろな話題を提供してくださってとても楽しいひとときを過ごすことができました。その中で特に興味深かったのは、言葉に関するお話。言葉の作用を大別すると、2種類に分けられるというのです。ひとつは戦略としての言葉。これは相手を自分の思う通りに動かすための手段といえます。例として、「窓をあけて」と言って相手がその言葉通りにあけてくれたら戦略としては成功、聞き流されたり断られたりしたら戦略として失敗ということになります。考えてみると確かに人に何かを伝える時はそこに必ず願望や要請が含まれている気がしますね。どんな言葉であっても必ず最後には自分に帰結されるような。         

一方、言葉には誘惑という作用もあります。ここが面白いとこで、恋愛の場面なんかを考えるとまさしく言葉は誘惑の機能をフル回転させているように思えませんか?例えば「今日うちに寄ってく?」のような駆け引き。これは答えが全て相手に委ねられているのですね。強制するほどには強く出られないところが可笑しいというか弱味というか。(だから恋愛はやめられないのかも)

以上の話は実はみんな先生の受け売りで、もしかしたら甘枝の解釈が間違っているかもしれませんが、それでも甘枝は甘枝なりに納得するところがあってふむふむとうなずくことしきりでした。(先生、これであっているでしょうか?)

そんなわけで、今日は身になる話をたくさん聞いて知的好奇心がビシバシと刺激された日でありました。以前にも書いたと思いますが、甘枝の友人は年上の方がほとんどです。目上の人と話して楽しいのはやはり知恵の絶対量が自分に比べて圧倒的に多いからでしょうね。知識は自分で身につけられるけど、知恵は人から学んで得るのが最も効果的に思えます。アダルトチルドレンと呼ばれるような人は別として、経験が血となり肉となり最終的にオリジナルの言葉となって発せられる大人の人を甘枝は尊敬します。

今日の一件で甘枝はすっかり先生のファンになっちゃったなー。またお話を伺いに行こうっと。

おまけ・先生の部屋を出る際にお茶のお礼を述べたら「粗茶ですが」と言われたので甘枝は即座に「ええ」と答えました。もちろんわざと、です。先生は笑ってくださったので戦略としては成功でした。どうですか先生。ダメ?

・・・どうも今日は講釈のような日記になってしまった。昨日徹夜したせいかもね。ん、でも関係ないかもね。

 おしゃべりな二人以上に雄弁な暮れゆく空よ 雲のまにまに


5/25(木)

今日は暑かったですねー! 普段寒がりの甘枝も、さすがに今日は半袖Tシャツで過ごしました。街の空気は既に夏の匂い。これから梅雨がくるとはとても思えません。いっそこのまま夏へ突入してくれればよいのにな。

今日は久しく会っていなかったORAGE BICYCLEのれいちんと地蔵通りの「PUBLIC」にてお茶。ORNGE BICYCLE(略してオレバイ)とは、"We love pop!"が合い言葉のレコード大好き人間の集合体で、時々イベントをやっては広島の音楽好きを熱くさせている強力なグループです。れいちんはその中の中心的メンバー。(といっても皆それぞれ中心メンバーなのだけど) 松雪泰子似。

長いこと会っていなかったので、近況報告だけでかるーく1時間。れいちんは「恋愛が人生の全て」と言わんばかりのドトーの恋人生を歩んでいる人で、話も必然的にお互いの恋愛観へ。これが2人とも実に似ていてびっくりしてしまいました。

恋愛において重要なのは価値観が似ているとか違うとかではなく、価値観の発覚の仕方にあるような気がします。つまりはじめから相手のことを知り過ぎていると恋愛には発展しにくい。(この場合は親友には発展しやすいかも) 最初は「何だろこの人?」と気になりつつもわからなくて、ある時ふとしたことで「あ、似てるかも」或いは「え、全然違うわ」と気づく。この思いがけず気づいてしまったというのがポイントで、ここで恋に落ちるか否かが左右されるのです。価値観の相違をどう捉えるかは人それぞれでしょうね。まあ、たいていの場合は似ている方が良いのかな。甘枝に関して言えば、たとえ「性格全然違うやんけ!」と思ってもそれはそれでより気になりますけどね。

では、気になる基準って何でしょう?甘枝の場合、顔ではないことは確かです。(声質はあるかも) そうだなあ、しいて言えばその人の言葉でしょうか。何をどう表現するか、どう伝えるかがキーとなりそうです。ただ、言葉といってもそれは口から出るものに限られるわけではなく、しぐさや表情も言葉のひとつではないかと思います。短歌で言葉を扱うせいか、人の言葉に敏感になっているのかもしれませんね。

さて、PUBLIC でさんざん話した後は軽く何か食べようということになり、八丁堀の「ピンカートンズ・スーク」へ。今日はじゃがいもとベーコンのサンドイッチとカモマイルティーをいただきました。いつもながらに美味なり。ここで委託販売している歌集も一冊売れていました。また増刷せねば。 

今夜はこれから谷川俊太郎の本を読みます。自分の言葉を休ませないために。(でも身体は休ませたい)

 美しいものにあうたび一個ずつ死ぬる言葉のために泣こうか 


5/26(金)

今日はラッキーなことに午後からオフ。最近寝不足気味なので夕方までしばしお昼寝タイムにあてました。魚をさばく夢を見た。 寝てすっきりした後は鶴見町のArt Space HAPへ。今日はHAPチームと映画を観る約束だったのです。17時半に待ち合わせをしてまずは腹ごしらえを。はじめ並木通りの一休寿司へ行こうという話だったのですが、映画の時間まで長居できそうにないので急きょ近くのモスバーガーへ。モスは好きなんだけど今まで郊外にしかなくて行きにくかったのが、近頃広島テレビの側に出来たのでとても嬉しい。久々にフレッシュバーガーをいただきました。そこでしばらく時間をつぶして、いざサロンシネマへ。今日の映画は「親指タイタニック」と「親指スターウォーズ」。予告ではかなり面白そうだったので期待に胸を膨らませてのぞみました。

金曜日はレディースデーということもあってか上映30分前にもかかわらず既におおぜいの人々が。ちょっとびっくり。     でも早くから並んでいた甲斐があって良い席をgetすることができました。そしていよいよ上映開始。わくわく。

まずは「親指タイタニック」の方から。甘枝は「タイタニック」も「スターウォーズ」もオリジナルを観ていたのでどんなふうにパロディってるのか非常に楽しみにしていました。・・・・が、いざ観てみるとどうも・・・・・!?

内容としては原作を痛烈に皮肉ったものでその意図はよくわかりましたが、笑いに昇華させるにはいまいち物足りない。なによりまず親指の顔が気持ち悪かったですね。会場はそれなりに盛り上がっていたけど甘枝としてはもうひとひねり欲しかったなー。   ただ、途中でセリーヌ・ディオンが出てきて調子っぱずれの主題歌を歌ったのには笑えた。これはナイス!

そして続く「親指スターウォーズ」。こちらはまだましでしたね。チープなSFXも、ダース・ベイダーが実は母親だったという設定もなかなか良い感じ。2作品とも30分という短いもので無理矢理話をまとめた感はありましたが、一本500円と考えるとこんなものかな。

観終わった後は皆何故か無言。沈黙が全てをあらわしていた気がしました。これから観ようという方にはこんなふうに書いて非常に申し訳ないのですが、映画を愛する者として言うことは言っておかないとね。

明日は気を取り直して今同時上映中のロバート・アルトマン監督作品「クッキー・フォーチュン」を観に行こうと思います。アルトマン作品はいつもお気に入りのティム・ロビンスが出演しているので観ています。今回は残念ながら出ていないようですが、話として面白そうなのでチェック。

映画といえば、今年のカンヌ映画祭の記事が新聞に載っていましたね。グランプリはアイスランドの歌姫ビョーク主演の作品とか。ビョークは好きでよく聴いていますが、まさか映画に出るとは思わず驚きました。日本公開が楽しみです。

さて、この週末は調べものをしたり人に会ったりで忙しくなりそう。そう言いつつも何故だかいきいきしている自分がいますが。

 「完璧なオレのどこが不満なわけ?」「善玉菌が足りなそうなとこ」


5/27(土)

雨降り土曜。今日は予定より早めに起きて予定外に30分ほどぼんやり。寝起きのコーヒーをじわじわと味わいました。その後はネスカフェの歌をダバダバ口ずさみながら14時までさくさくと調べ物。途中でポワブリエールに場を移し谷川俊太郎の本を読む。ついつい熱中してしまいそうになりましたが、今日は映画を観ると決めていたのできりのいいところで止めてサロンシネマへ。「クッキー・フォーチュン」を観ました。どんでん返しの連続かと思っていたけどそうでもなく。佳作というところでしょうか。その場しのぎの嘘をついてしまったがために破滅してしまう女の話で、観ていて思ったのは「嘘とは演技の失敗である」ということですね。完璧に嘘をつければそれはもう真実になってしまうわけだから、途中でばれるのはやはり演技が足りないのです。「クッキー〜」はその点、母親が子供に「嘘をつくといけないよ。ついたらこうなってしまうよ。」と教える具体例として観ると良いかもしれません。甘枝も今までついた嘘の数々を振り返り、「お母さん、お陰でこんな娘になってしまいました。」とひとり反省。(そして「次からは完全犯罪を目指します。」と付け足すのも忘れず)

なんだか複雑な心境になりながら劇場を後にし、そのままバスで八丁堀へ向かいました。17時、パルコ前で友人の浅田さんと待ち合わせ。浅田さんとはピンカートンズ・スーク時代のバイト仲間で、一時期ギターデュオを組んだことがあります。バンド名は「サモサとフラワリーファニングス」。スークの食べ物とお茶の名前から取りました。2人ともフリッパーズ・ギターの熱烈なファンで一生懸命コピーに励んだのですが、結局コードが3つしか覚えられなくて活動開始ニヶ月にして活動休止という今となっては幻のバンドであります。

そんな昔話に花を咲かせつつサンマリオでパスタを食べました。それから地蔵通りの「g」へ行き、今度は就職の話を。彼女は今医療事務の学校へ通っていて就職口となる病院探しがたいへんとのこと。甘枝が「病院なんて歯医者さんだけでもたくさんあるし」と励ますと、「歯科と医科はまた別なのよ」・・・(重い沈黙) かえって彼女を落ち込ませることになってしまいました。そうだったのか・・・                                                     しかし誰より現実の厳しさを感じている当人に「がんばって」とはとても言えないので、代わりに盲腸の手術で麻酔が効かなくて非常に苦しんだ話を面白可笑しく(自分では)話してあげました。笑ってたよ、浅田さん。良かったよ、盲腸になって。

久々の再会だったので積もる話はたくさんあったのですが、甘枝にはバック・トゥ・ザ調べ物への困難な道のりが待ち受けていたので名残惜しくも20時過ぎに解散。傘をまわしながらてくてく帰路へつきました。これから今日5杯目のコーヒーを飲みつつまた勉学に励みます。ダバダバダ。

 白線を選んで渡る交差点 向こう見ず 否 臆病なだけ


5/28(日)

今日はお勉強デー。家→ポワブリエールといつものコースを辿って読書と思考の繰り返し。4時間ほど経過したところでさすがに叫び出しそうになって(ムンク状態)ちょっとお散歩に出かけることに。外界は爽やかな風吹く良いお天気。歩くには最高の季節です。

はて、今日はどこへ行こうかしばらく考えた結果、宝町のフジグランに魚を見に行くことを思いつきました。ここの最上階にはペットショップがあるのです。店内でまず目についたのはキッシング・グラミーという檸檬色の魚。これは大ヒットした韓国映画「シュリ」で話のキーとなった魚です。そのことに触れてあるかなと思って説明書きを読んだら、有無を言わせないマジック太字で「こけ取り名人」とだけ記されていました。よっ商売下手! 心の中でお店の人にかるーくジャブをかましつつ金魚、水草周辺をうろうろ。世間の暑さをどこ吹く風でたゆたう魚の優雅なことよ。甘枝もそろそろプールに通い出そうかなあ。            余談ですが甘枝は海辺の町で育ったせいか、時々水がとても恋しくなります。海や川を見るのはもちろんのこと、直に身体を浸すのもたまらなく好きです。こういうのって胎内回帰の願望があるからでしょうか。人間は死ぬと風・水・土・火のいずれかに還るといわれますが、甘枝は間違いなく水に還るでしょう。理想としてはその後蒸発して月に昇りたいですね。求む、甘枝かぐや姫。

その後はフジから裏道を通って東千田公園へ。緑の中で短歌をつくろうという試みです。ところが、これが大きな誤りでした。冴え渡る青空と、それに対峙するかのようにくっきり緑をほとばしらせる木々を見た瞬間、甘枝、言葉をなくしてしまったのです。ただもうひたすら眺めるばかり。いくら言葉を紡ぎ出そうとしても目前にひろがる景色には「美しい」という言葉さえ正しくない。

普段いかに自分が頭の中だけで言葉をつくりあげているか、ようくわかりましたね。                     しかし、考えてみればこれはあたりまえのことなのです。甘枝は目の前の世界を描写したいのではなく、甘枝自身の世界を言葉に変換したいのですから。甘枝の中にある空が、木が、甘枝の世界なのです。甘枝の中の真実をどう言葉に翻訳するか。そちらの方が問題なのだと気づきました。

夕暮れ時の公園は犬の散歩をさせる人と家族連れで賑わっていましたが、そんな中で甘枝ひとりが自然への恐怖におののいていましたね。これも良い経験。たまにはこうやって自分の言葉を失うのも良いかもしれない。自然の中に身を置くと開放感を得られるといいますが、それは言葉を無にする快感なのかもしれませんね。みんないきいきしてるのは無意識の内にそれを感じ取っているからでしょう。甘枝の場合は、いちいち立ち止まって恐ろしくなってみたり呆然としてみたり手続きがたくさんあってややこしい。永遠のスロー・スターター それが甘枝。あたりまえのことを難しくしてしまう驚異の才能の持ち主。口癖は「不器用ですから」。

 引き出しの語彙の群れからやさしさを あなたはなにもなくしていない 


5/29(月)

何故ネコと目が合うのか。甘枝は最近このことが非常に気になっています。くだらない?ええ、或いはそうかもしれない。誰もが気に留めないようなことを考えるのが甘枝の趣味です。しかしですね、これがよくよく考えてみると実に面白いんです。

我が家にはノーチというネコがいるのですが、こいつがまた甘えん坊将軍でストーカーのように甘枝につきまとってはじとーっとこちらの様子を窺うのです。ちらっとでも甘枝が見ようものならがっしり正面から目をとらえて離さない。耐えきれなくなって目を逸らすまではいついつまでも見つめ合ったまま。昔「君の瞳をタイホする」というトレンディドラマがありましたね。ノーチの場合はそれよりもっとヒドイ。情状酌量の余地なし。                                      それである日、甘枝は聞いてみました。「惚れてしまったのか?」と。それならそれでこちらとしても考えねばなりません。ネコの嫁になる気はないということ、就職のアテはあるのかということ、指輪はする派かしない派かということ・・・・ 彼にとっておそらく辛いであろう宣告をせねばなりません。彼が本気なら本気であるほど甘枝の辛さも増すばかりです。            先々のことを深く考慮し沈痛な面持ちでノーチを見ると、彼はひとこと「ニャア」と鳴きました。そして餌場へと駆けて行きました。たぶん彼は彼なりに事態の重さを察して一種の逃避状態に陥ったのだと思われます。(がつがつ食べていました)

話を本題に戻しますが、ネコは何故人と同じように相手の目を見るのでしょうか。人間を物体として知覚するなら別に目じゃなくても顔の、または身体のどこだっていいはずです。何故、目を見るの? 最初甘枝は顔の中で唯一目がきょろきょろ動くから、動いているものをとらえる感覚で目を見るのではないか、と考えました。そこで視線を固定した状態で再びノーチを見てみると、また、目を見ます。じーっと見つめます。これは不思議なことです。どうもはじめから選んで目を見ているようなのです。

そうなると、考えられるのは2つ。ひとつはネコにも「見られている」という意識がある。逆に言えば、人間の感情の揺らぎが目から表出されることに気づいている、視線の中の表情を読み取っているということです。こうなると人間の眼力というものもあるかもしれないという気になりますね。オーラが出ているというか。                               そしてもうひとつ考えられるのが、ネコも意思表示の手段として目を使っているということです。ノーチを見ていると確かに「目で訴える」というパワーを感じることがあります。ここがまさに甘枝の気になるポイントで、それならネコにも”思考”というものが存在するのか?という話になってくるわけですね。ネコも考えるのか?考えるなら何を? 非常に興味深いところです。     関連としていうと、ノーチは寝ている時たまにうなされて寝言をいうことがあります。もしかして夢を見ているのでしょうか?  

こんな感じで、甘枝のノーチに対する観察は日々続けられています。3年くらい続けたら立花隆なみの本が書けそうです。でも嫌です。だってあいつはストーカーだから。お風呂に入れば脱衣所で出待ち、トイレに行けば廊下で出待ち、お前は宝塚ファンか!

・・・結局困っているのです。ノーチとアタシのただならぬ関係。フォーカスされたらどうするんだ。ヒト科がいいよ、甘枝は。

 階段の途中で「ねぇ」と呼びかけて振り向いてくれるうちはまだいい 


5/30(火)

今朝はいつも乗るバスにタッチの差で間に合わず、仕方なく広島駅まで行きました。電車の時間まですこしあったので駅ビルの二階に上がって窓辺に立っていると、見知らぬ男の人が近づいてきました。甘枝に会釈するその人に「え、誰?」と思っていると「お出かけですか」とまずはひとこと。訳がわからないまま「はい。」と答えるとその人は続けてこう言いました。「遠いところへ行きませんか?」 ええっ!?これはもしや俗に言うナンパ? 即座に身構える甘枝。きっぱり「いえ、急ぎますので。」と断ると、その人はふっと哀しそうな目をして去って行きました。見た感じは30代のエリートっぽいサラリーマン。これがチャラチャラしたロン毛の兄ちゃんなら鼻にもかけない甘枝ですが、とうていナンパなどしそうにない風貌と思いつめたような物腰に、なんだかこちらまで哀しくなってしまいましたね。あの人は人生を捨てかけているのだろうか? そんなことを思って何故かドラマの「高校教師」を思い出した甘枝です。電車に乗ってからもしばらくその人の今後についてひとり心配していました。うーん、でも頑張れとも言えず・・・

甘枝はかつて「歩き続けてもいいしやめてもいい 道はただ道 今日は満月」という短歌をつくったことがあります。これはいろんな人に評判が良く、「仕事に疲れた時に読むと癒されます」といったお便りを頂戴することもままあります。「いつでもやめられる」とは確かにそう考えられたら楽になる言葉ではありますね。作者である甘枝自身、思いつめずにもっと楽な気持ちになって現状を見つめられたら・・・という願いを込めてつくりました。ただ、それは前向きとか後ろ向きとかいう考え方の問題ではなく、物事を客観的に、俯瞰して捉えることの重要性をあらわした歌でもあるんですね。          

普段なら自ら歌の解釈をすることは絶対的に避けている甘枝ですが(生み出された歌は読者の手に渡った時点で読者のものだから)、今日に限っては以上のことも含めた上でその男性に歌を送りたい気持ちでした。たぶん相手は甘枝のことすら知らないだろうけどね。

そんなこんなで朝っぱらから考える人状態に陥ってしまったわけですが、But! Life goes on。 夕方にはきれいさっぱり忘れてゴスペルレッスンに出かけました。今歌っているのは「Peaple get ready」。ちょっと前に車のCMでロッド・スチュワートが歌っていたあの有名な曲です。聴いたらすぐわかるんじゃないかな。ポップスだけどいちおうゴスペルアレンジということなのでアカペラで歌います。今日は歌に合わせてステップ&クラップ(手拍子)をつける練習をしたのですが、これがむ、難しい。立てノリのかっちょいいステップになるはずが、甘枝がやるとどうしても「♪ドッドッドリフの大爆笑〜」になってしまうのです。昔ジャズのボーカルレッスンを受けていた時から薄々気づいていたけど、甘枝ってもしかしてリズム音痴?裏拍なんてとても取れない?

歌人の枡野浩一が書いていました。「気づくとは傷つくことだ」って。いやーん、気づきたくなかったよー! 今夜は風呂場で特訓だッ。そんな自分にこの歌を捧げます。「踏めてもいいし踏めなくてもいい 足はただ足 今日は幻滅」 素晴らしいね。

 信号が赤から青に変わったら もいちど始める OH HAPPY DAY


5/31(水)

5月最終日は朝から雨。甘枝は室内から見る雨の風景が好きです。世界はたった一枚のガラスで遮断され、自分は何の害を得ることもなく部屋の中から外を眺める。なんだか守られているような気になるのです。暑い夏にクーラーの効いたビルの上から下界を見下ろすのも好き。できればずっとそこに留まっていたいのですが、お休みでない限りはなかなかそうもいきません。今日も「煩わしいなあ」と思いつつ予定は押せ押せ。そう、特に今日は雨降りだけでなくいろんな場面でついてない一日でしたね。

まず朝から寝坊したのがいけなかった。いつも5時半起床のところが寝不足のせいで今朝は6時半起き。普段なら見ることのない「目覚ましテレビ」の今日の占いカウントダウンが見られましたもんね。またそれがいけなかった。たまに見た日に限って獅子座が最下位だったりするのです。いや〜な予感。占いなんて結局はすぐ忘れるんだからいいことだけ書いてあればいいのに。ついてない獅子座を救うラッキーパーソンは山羊座の人って言われても知らんがな、誰が山羊座か。                   思うに占いって解釈学ですよね。未来とか過去とかいうより現時点の自分がどうなのかを判断するためにある気がします。雑誌の占いなんかで「ふんふん、当たってるわあ」と思って読んでたのが実は隣の星座だった、ということってありません?甘枝はよくあります。それで間違いに気づいて改めて自分の星座のところを読んでみると、これはこれでまた「当たってる!」と思ってしまう。この場合、当たってるのは良く書かれている箇所だけで、注意を促すような文章は暗黙のうちに抹殺してしまうんですね、不思議と。つまり、今こうありたいと思う自分を占いに求めるわけです。勝手な生き物ですよ、人間は。そう考えると、占いに左右されるというよりは人が占いの結果を決めているのですね。良いことも悪いことも全て「占いでこう書いてあったからなー」と思える人はおめでたい性格だと思います。(非難ではなく憧れとして)    

さて、甘枝の一日は占いとは関係なくついてないものでした。(え、これって当たってたというの?) 雨降りの中を無理してあちこち出かけた割にはハプニングが多く、行く先々でキャンセルの嵐。夕方には病院へ行く予定でしたが、良いことは一度にひとつしか起こらないけど悪いことは重なりやすいという甘枝の法則に従って今日は無理せずおとなしく帰ることにしました。流れに逆らわないのが甘枝の信条です。信じるのは占いではなく自分自身。あ、いい言葉を思いついた。”占いは自分の中にある” どうでしょう?甘枝としてはこれで全てが解決しそう。な〜るほど・ザ・ワールド。キンキンにも教えてあげなくっちゃ。

ところで最近甘枝の周辺で風邪がはやってます。今日お会いしたかった方も風邪ひきさんでした。お大事に。          占いの話が出たところで今日の歌はこれ。さっきの話と矛盾しているようですが、創作においては嘘つきですからね、甘枝は。

 失敗を帰納法で導けば 気圧のせいか占いのせい       


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 2000.5/1〜5/15

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