20世紀最後とか21世紀の始めとか、色々な枕詞が使われる今日このごろですが、いつもの日常の繰り返しであり、今年の仕事は来年も続くわけで、実際のところ何が今世紀の終わりとか、新世紀の始まりとか感じている人はいないのではないでしょうか。
まぁ、そういう言葉を使えばいつもの挨拶に色を添えられるだけって感じで使われているのでしょうねぇ〜
しかし、漠然と21世紀という言葉は未来を象徴するような言葉として使われて来たのは事実であり、その21世紀というのが始まるのも事実です。とはいえ、21世紀というのは百年もあるわけで、21世紀の初日と最後の日とでは全く違う風景が広がっていることでしょう。
私たちが小学生の頃は、21世紀といえば高層ビル群の中をチューブ状の道路のようなモノが縦横無尽に走り、その中は無公害の自動車のようなモノが走っているという絵を目にしたものです。実際に21世紀の始めは、その絵のような風景は望むべくもありませんが、ひょっとしたら21世紀の終わりには、そのような風景が広がっているのかもしれませんね。
将来の地球を危惧する声も聞こえます。地球温暖化も進んでいるのでしょうか、今年の冬もなかなか寒くなりませんでした。まぁ、我々が生きている間は大丈夫だろうっていう感覚を持っている限り地球は良くならないでしょうね。
自分さえよければ良いっていう考え方をすれば、気が休まるというのも否めませんが、自分の子供の事を考えると、自分さえよければ良いという気持ちにはなりません。子供を持つ親の多くは、同じように感じていることでしょう。まぁ、その中にも自分の子供さえよければ良いっていう人は少なくないでしょうが…
何だか、こんな事を考えている世紀末の自分は何なんだろうって思ってしまいます。結局、何の結論も導き出だせない事を一人で考えても仕方がないのかもしれません。子供の笑顔を見ながら年越しそばを食べて、いつものようにお正月を迎えるしかないのです。
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