26.消えた被爆プール(県立一、二中)、被爆樹「クロガネモチ」(西区観音本町二丁目1番・観音小学校)
平和記念資料館東館地下には被爆者の書いた絵が常設展示してあります。NHK広島が1974年募集したもので、また再度募集について報じられています。その絵の中には川に飛び込んで浮かぶ被爆者の姿、防火用水に頭を突っ込んで息絶えている被爆者の姿が多く、筆者の脳裏を離れません。そのため、初期のフィールドワークでは、最初に国泰寺高校(県立一中)プールを案内していました。1998年ごろでしたか、国泰寺高校を案内したところ、肝心のプールが工事中だったことがありました。また「想像力を働かせる」には少し難しいということで、その後、コースから外して長らく覗いていませんでした。
2001年秋、ある機関紙に頼まれて「国泰寺町高校プールについて書こう」と、現場に行ってみましたら、すでに撤去されていて、きれいに芝生が敷き詰められていました。「工事中」と思ったのは「撤去中」だったようです。筆
者は新聞記事にはこと細かく目を通しているので、例えば次のページのように、「防火用水撤去」の記事をみると、さっそく写真を残しておこうと、現地に出かけたり、観音小学校のプール(西区観音本町二丁目1番)の撤去などかなり大きく報じられていましたので、知っているつもりでしたが、国泰寺町高校のプール撤去については報じられていなかったのか、見落としていたのでしょうか。
ちなみに1号プールは県立一中(25b)、県立二中(現観音小学校)のは50bの公認プールが自慢だったといいますが、いずれも被爆した生徒でいっぱいになり、血の海となったことを、是非想像力を働かせて2枚の写真を見て頂きたと思います。(上は国泰寺高校、1992年撮影。下は観音小学校のプール、1995年撮影。撮影当時は漏水が激しく作り替えが検討されているとのことでした。爆心から1,700メートルです。)
さらに、観音小学校グランド周囲のクスノキはほとんど被爆樹ですが、このクロガネモチには説明板が添えられて寄贈され、同校内グランド西にあるので紹介しておきましょう。
被爆の木「クロガネモチ」 東観音町で 被爆
原子爆弾に焼かれ、傷つきながら、再び、成長した木です。平和を願い、1989年(平成元年)6月22日ここに移植します。寄付者 西本光男 移植協力者 脇地二三
2007年3月29日、弱ってきたこのクロガネモチの公開治療が行われたと報道されました。