ヒロシマの今から過去を見て回る会
国際平和記念都市「ヒロシマ」の、原爆遺跡・碑のみならず、今に残る「軍都広島」の陰の姿(もう一つのヒロシマ)まで、実践的フィールドワークを通じて紹介します。
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最終更新2012年1月27日。
(2000年3月9日、下記概要の1、2を公開。)
(比治山陸軍墓地)
(スタディ・クルージング 宮島・似島・金輪島 ・ 長郷地下壕 ・ 冠崎回天地下壕 亀が首試射場 江南地下タンク 大浦崎特殊潜航艇基地 袋の内タンク)
7.追加作製補完ページ (上記に収まらない碑、遺跡等を載せています。多すぎて見るのは大変でしょうが、時間があれば覗いてみて下さい。)

2008年の8・6フィールドワーク一端は(1)平和公園碑めぐり (2)(3)広島城周辺徒歩・宇品比治山自動車コース (6)スタディ クルージング を覗いて下さい。
2007年の8・6フィールドワークの一端は(1)平和公園碑めぐり (2)(3)広島城周辺徒歩・宇品・比治山自動車コース (6)広島湾スタディクルージング (大和ミュージアム) (てつのくじら館) を覗いて下さい。
2006年の8・6フィールドワークの様子の一端は、(1)平和公園・碑めぐり (4)広島城周辺徒歩コース (5)宇品・比治山自動車コース (6)広島湾スタディクルージング で覗いて見て下さい。(2005年の様子の一端は(2) (3) (4) (6)を、2004年の模様の一端は(2) (3) (4) (6) を、2003年の模様は(2) (3) (4) (6) (灯籠) 2002年の模様は(2) (3)をクリックして下さい。)
「ヒロシマ」については、色々な取り組みがありますが、その一助に、「原爆ドーム」や「原爆の子の像」等、主なものには「サンプル写真」を挿入ししています。お役にたてば幸いです。
※写真の利用は自由ですが、使用された場合、一報くだされば幸いです。
作成者 戸村良人
岩国市周東町下久原1329−1
п彦ax 0827−84−2529
※被爆時の広島城内の大本営跡や中国軍管区司令部等図面を当時の関係者からの聞き取り等によりワードにて作成しました。ホームページでは形が崩れ発表しかねますので、 simoiti1329@do.enjoy.ne.jpまで入用の方は申し込んで下さい。添付ファイルつきメールにて送信します。地図2枚、兵舎内2枚、あわせて200KBぐらいの容量です。
2012年01月27日