あれれ…^^;の橋梁製作・・・鋼橋編
橋造りに携わる皆様、今日もお疲れさまです!!
このホームページは、主に橋梁原寸(生産設計)の話題を取り上げています。
設計や製作に関わる方々も、是非一度立ち寄って下さい。
力を合わせて、橋造りの技術を磨きましょう。
みんなの力で後世に ”日本の橋造り ” を継承しましょう。
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お疲れの人は立寄ってみて下さい。
感謝!!ありがとうございました。
最近、心ある方々からアドバイスを頂くことが出来ました。
これは「橋を作る上での理屈」なので、知っておいて損は無いことです。
皆さまにも関心を持って頂けたら幸いです。
★3次元原寸システム
”proBridge”
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★切断・孔明・溶接データ編集システム
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コンテンツにある”proBridge"は、”CRCソリューションズ社”、
”ミプソン、マスターソン”は、”JIPテクノサイエンス社”に帰属するシステムです。
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各々のシステムの詳細は、帰属主へお問い合わせをお願いします。
(このホームページでは、良いものを良い!!と紹介しています。
^^;)
<<あれれ…^^; 2026年3月のひとり言>>
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_/_/ それは2月5日の夕刻に届いた知人からのスマホ・メッセージで知ったのですが、
_/_/ 弊社にとっては無二とも言える客先工場の操業終了。
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_/_/ 一瞬『えっ!』の驚きは有ったのですが、直後に思ったのは『やっぱり、そう成るかぁ……。』
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_/_/ 『想定通りに進むのであれば、新年の滑り出しとしては、寧ろ幸運……。』
_/_/ そう言って間無しの出来事だったので、虫の知らせを感じていたと言っても良いのでしょうが、
_/_/ 実際に想定外のことが起こってみると、打つ手は無し!
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_/_/ 茫然と事の成り行きを傍観しているだけの、あれれ^^;ですが、
_/_/ 果てさて、どうしたものでしょうねぇ……。
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_/_/ 季節は早春、日差しも少し明るさを増したようですが、あれれ^^;の心の中のモヤモヤは晴れません。
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_/_/ 強がっているだけの言いよう?と思って頂いても結構ですが、今現在、
_/_/ 業界全体を覆うこの苦境を乗り越えようと、全力を尽くして努力をされている皆さまには、
_/_/ 幸あらんことを願います。
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_/_/ この歳に成って……と言うのか、私は今年の8月が来ると67歳。
_/_/ 何度も言っているように、既に『高齢者』の肩書を持つ身に成って思うのは『怖さ』ですね。
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_/_/ 『人生や運命など、今は良くても一寸先は闇。』
_/_/ とは良く言ったもので、私も昨日までの平穏がひっくり返るような出来事は、何度か経験をしています。
_/_/ その度に思っていたのは『何で自分だけが……。』という理不尽さへの妬みだったのですが、
_/_/ さすがに今回の様相は異なっているように思います。
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_/_/ 多分、この事態が起こることは予想出来ていたはずです。
_/_/ だとしたら、皆もそれを乗り越える努力をしたはずです。
_/_/ ……にも拘わらず、この事態に至ってしまったのは何故なのか?ですね。^^;
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_/_/ 客先の主力製品が元々は『船』だったことを、このコラムでは何度か紹介をしていますし、
_/_/ 工場が造船から橋梁製作へと業種転換を行った頃の状況を知る人は、今でも少なくは無いと思います。
_/_/ 当時1970年代のことを知る人は、
_/_/ 『いや、もうそれは、本当に哀れなものだった!』と、口を揃えておっしゃります。
_/_/ (元々この向島には、工場が2つ……東工場と西工場が有ったのに、西工場は子会社化されてしまいました。)
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_/_/ 私は西工場内に設立された子会社の子会社『孫会社』へ入社したことで老舗造船会社とのご縁を得たのですが、
_/_/ 私が橋梁製作の『いろは』を教わったのは、当時の悲哀を舐め尽くされた東工場出身の方々だったので、
_/_/ 理想はさておき、何をおいても物作りは『工場の効率的な運用』に即することが第一。
_/_/ 3次元CADなど有ろうが無かろうが『橋(鋼上部工)を作る!』という強い信念と飽くなき『効率の追及』は常識でした。
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_/_/ 流れが変わったのは2000年に成ってからだと思うので、今から四半世紀も前のこと。
_/_/ 時の政治に翻弄されるかのように、工場の橋梁生産体制が以前の1/2とか1/3の減産に成った際に、
_/_/ 『ベテラン』と言われた方々は一斉に退職をされ、『主力』と言われた方々も半数近くが配置転換を余儀なくされたようです。
_/_/ (東工場までが子会社化されたのは、この頃だったと思います。)
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_/_/ 今にして思えば、客先はあの苦境の中で『よく生き残った!』と思う訳ですが、それは私とて同じ。
_/_/ 当時はまだ中学生だった子供たちを抱えて『独立』した直後だったので、並みの神経では持ち堪えられなかったはずですが……。
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_/_/ 私はあの時に人生に於ける『仕事運』の半分を使い果たしたのかも知れませんね。^^;
_/_/ 勿論その当時は弊社の操業度とて下がったのですが、当時の弊社にはもう2社、客先が有ったのです。
_/_/ (両社ともに、弊社の設立後に取引の申し入れを頂いた客先です。)
_/_/ そんなこんな当時の私は苦境を苦境だと認識することも無く過ごせたのですが、今にして思えば『奇跡的』な状況ですね。^^;
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_/_/ 時が過ぎ、私が残り半分の仕事運を使い果たしたのは、それから10年近くが経った2010年頃だったと思います。
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_/_/ 当時の弊社がメインとして位置付けていた客先が、突然『橋梁事業からの撤退』を表明。
_/_/ その時期と言えば、息子も娘も大学生だったので、それこそ『待った無し!』での対策を迫られた訳ですが、
_/_/ この際に幸運だったのは、現在の客先(向島工場)が操業を継続してくれていたことです。
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_/_/ 勿論、その当時とて客先の苦境は続いていたので、弊社とて自身への報酬を下げてこれを凌いだ訳ですが、
_/_/ (この時に下げた報酬を戻すことが出来なかったのは、私の不徳ですが……。)
_/_/ 当時の私に残っていた仕事運は『原寸』とは異なる部門……、『積算』という分野での仕事を与えてくれました。
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_/_/ そうですね、その後は5年近くも原寸という仕事を離れて、橋梁図面とエクセルとだけに対峙する日が続いたと思います。
_/_/ 実際あの頃に対峙した鋼上部工の図面は、年間で200件以上有ったと思うので、
_/_/ (橋梁を発注している機関は、国土交通省だけじゃ無いですから……。)
_/_/ 現実として、腰を据えて『原寸作業』に関わっている時間などは無かったはずです。
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_/_/ ある意味、当時の状況がそのまま続いていれば、CADとか原寸展開とか、そんなややこしい話は過去の話に成っていたはずですが、
_/_/ いつの頃からだったか?10年くらい前からだったでしょうか?元の鞘では無いですが、私のメイン業務は『原寸』に戻っていました。
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_/_/ 結果的に、どうして弊社のメイン業務が『橋梁の鋼上部工原寸』に成っていたのか?
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_/_/ それこそが、私自身には一番分からないことなのですが、近年は『3次元原寸?』に於ける技術的な問題ばかりに目が向いて、
_/_/ 橋梁の年間発注量すら把握は出来て無かったのが実情です。
_/_/ (今更ですが2025年度の入札実績を調べると、国土交通省案件に限ると100件を下回っている様子?)
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_/_/ 10年足らずで発注量は半減していたのに製作メーカーの数が同じなら、それはもう誰が考えても『いびつ』ですよね。
_/_/ 私とて、それを数字として把握していた訳では無いですが、例えようの無い『閉塞感』だけは感じ続けていました。
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_/_/ その状況下で、客先には昨年、業界を騒がせる程の事案が報道されたので、
_/_/ 『それが操業終了の直接原因では無い!』とは言いつつ、この日が来る可能性は高まっていたはずで……、
_/_/ と言うのか、騒ぎが報道されてからの一年間、私は客先が事後処理と真摯に向き合う姿を見て来たので、
_/_/ この愚直とも思えた姿勢は、いずれどこかで報われるのではないか?と思っています。
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_/_/ この苦しい事後処理の一年間を『よくぞ、持ち堪えてくれた!』と言うのが、私の偽らざる思いです。
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_/_/ 折しも時は、現在の政権が推す『造船業』への期待が高まる時代と成っているようです。
_/_/ そんな中、ここ尾道では『東から帰る列車』の車窓から見える、定番の風景……、
_/_/ 尾道大橋の小脇、対岸の向島に掲げられていた大型看板まで来年には無くなりそうな様相です。
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_/_/ 80年近く掲げられていたこの看板が『日立造船』から現在の『Kanadevia』に改名された1年前には、
_/_/ 『橋梁にも明るい未来は有る!』そう信じたかったのですが、ある意味、残酷ですよねぇ……。
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_/_/ 先の衆議院選挙では地元から選出されていた議員さんも落選したようですが、私に言わせれば、
_/_/ 『地元の雇用すら守れないような議員さんに、代表としての資格は有るのか?』です。
_/_/ (野党の議員であることに甘えて、何の結果も残せていないのでは無いか?です。)
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_/_/ 私にだって言いたいことは沢山有るけれど、田舎には田舎の価値感とか経緯とかも有る訳です。
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_/_/ 商店街や観光の問題とて大切な課題だと思いますが、現に尾道の風景に成っていた工場の一つが無くなろうとしている現状に、
_/_/ コメントの一つも出せない首長さんも『何なんだろ?』って思ってしまいます。
_/_/ (現在の尾道の首長さんって私が卒業した高校の先輩らしいけど、デパートは閉店、老舗企業の工場は閉鎖、老舗スーパーも閉店予定?
_/_/ 自身の卒業した高校の存続だけは結果として残せたようですが、首長が多選される地域に有りがちな『閉塞感』は歪めません。)
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_/_/ 私は自身の携わる仕事が楽に成るよう『政治』に期待をしたことは無いですが、私の携わっている仕事は『政治』にも左右される業種です。
_/_/ これが私に課せられた『現世の役割り』なら受け入れざるを得ないのですが、ここまで頑張って生き残ったのに……と思えば残念です。
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_/_/ せめて後3年、客先で『定年』とされる70歳までは、私もご恩返しが出来るよう頑張るつもりだったのですが、
_/_/ 結果として、志さえ適わない状況に至ったのは悔しいです。
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_/_/ ちなみに現在までに私が知り得た情報を整理すると、客先の工場が閉鎖されるのは来年(2027年)の3月らしいのですが、
_/_/ その後に、現在の工場自体を取り壊すのか(平地にするのか)、他の会社に委ねるのか(風景を残すのか)は未定らしいです。
_/_/ しかし会社としては『橋梁等のインフラ事業からの撤退』を明確に打ち出されていますし、
_/_/ 経営統合を噂されている会社も橋梁事業からは撤退された会社なので、この尾道から全国へ『橋』が供給されることは無くなると思います。
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_/_/ 当然のことながら橋のことしか知らない『橋屋』は、困ってしまう訳ですが……、
_/_/ 本当に『橋』のことを知っていた私の恩師の大半は、既に工場には居られません。
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_/_/ 唯一、残って居られた担当様(私が兄貴と慕う方)も3月末で退職されるそうですが、わたしに取ってはひと安心。
_/_/ 兄貴はかつて職場で倒れて生死を彷徨った人なので、私の本心は『もっと早くに隠居させてあげたかった。』なのです。
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_/_/ 『今年の桜は外から観ることに成りそうだ。』そんなことを言う兄貴に、
_/_/ 『ご苦労さまでした!』としか言えない我身も悲しいのですが、
_/_/ どうか奥様と2人で『楽隠居』を適えて頂けたら幸いです。
_/_/ (実はもう一人、客先の生産設計部門には古老の方が居られたのですが、その方は私には告げずに1月末で退職。
_/_/ ……と言うのが、私の住む自宅からは3軒隣の方なので、後日『お世話に成りました!』とお礼を言いました。
_/_/ しかしその翌日に工場閉鎖の報が流れたので、その経緯を尋ねて良いものか良くないものか?困っています。)
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_/_/ そんなこんな、この尾道で従業員数が200名に近い会社の工場が『無くなる!』ということ自体、その影響は小さく無いと思うのですが、
_/_/ 公式な発表では『従業員の雇用は守られる。隣島の同じ尾道市の因島工場に配置転換。』と成っているようです。
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_/_/ 『同じ尾道市内の工場に異動なら良いじゃないですか!』
_/_/ そんな声も聞こえて来そうですが、かつては因島工場も向島工場が造船から橋梁へと業種移行された際に子会社化された工場だと聞いています。
_/_/ (表向き造船は熊本の有明工場に集約したと聞いていましたが、実際には因島と向島の子会社でも継続されていたようです。)
_/_/ その後2010年頃だったか?向島の工場が日立造船という社名に復名した際は、
_/_/ 一緒に日立造船という社名に復名して現在に至っているようです。
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_/_/ 敷地だけで言うなら、向島工場の数倍は有る広さの何割が因島工場の敷地なのかは分かりませんが『広大!』であることは確かです。
_/_/ (因島でも南側の土地なので日当たりも悪くは無いはずです。)
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_/_/ 単純に向島と因島の地の利だけを比較するのなら、現在は50年前とは違って『本州四国連絡橋』だって有るし、
_/_/ 敷地等の設備面に於いても因島工場が有利なのは分かるのですが、
_/_/ 客先には大阪の堺工場なり京都の舞鶴工場なり拠点は数多有るはずなので、
_/_/ 噂に言う『プラント事業』に特化すると考えるのも軽々な気がします。
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_/_/ ……と、このままだと、いずれ『向島工場』で培って来た技術は潰えてしまう訳です。
_/_/ (敷地や工場が狭いは狭いなりに、溶接技術や製品検査等の研鑽で補っていた技術です。)
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_/_/ 工場と言うのは、大きいようでも一種の『メカ』なので、全体を見据えた『機能性』が重要です。
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_/_/ 何故そこに、このような設備が有るのか?(例えば、スクラップ置き場やトイレとて。)
_/_/ その一つ一つを一人一人が理解していないと、全体としてのメカニズムは機能しないのです。
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_/_/ それだけのことを教示してくれた『向島工場』に、私は本当に感謝をしているのですが、
_/_/ 2020年頃だったか、向島工場に新社屋が建てられて以降、事務職の職員が出勤時に工場の建屋内(生産ライン)を歩くことは減った。
_/_/ (事務職には『原寸業務担当者』も居られたはずですが『減る』ではなく『皆無』に成った?)
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_/_/ 兄貴曰く、
_/_/ 『ワシは毎朝の出勤時に工場内の通路を歩いて事務所へと入っていた。
_/_/ そうすることで自分の思惑と実際の進捗状況の違いを把握していた。』
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_/_/ 新社屋が工場建屋の西側に出来たか東側に出来たかの違いだけで、エンジニアを育む環境は左右される。
_/_/ ……と言えば過言なのでしょうが、これは30年前に私が向島工場へ『外注業者』として常駐していた際のこと、
_/_/ 昼休みの小一時間に、工場内の通路や製品の『仮組場』を散歩するのは、極ありふれた日常でした。
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_/_/ 毎朝の体操の際は尾道大橋を橋の下側から見上げることが出来たので『鋼床版鈑桁』への違和感とて自然と払拭出来た訳ですが、
_/_/ (現在は同じ場所から見上げると鋼床版鈑桁と鋼床版箱桁が並んでいるので、これ以上に無い『教材』だったはずですが……。)
_/_/ そんな日常まで失われていたのなら、今の状況は起こるべくして起こってしまった『想定内の事態』かも知れません。
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_/_/ そんなこんな、私には客先の現状すら把握を出来ていないので、自分自身がどうすれば良いのか?の判断とて出来ない状況です。
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_/_/ ちなみに今現在、私が客先から伺っていることは、
_/_/ 『量はさておき、3月は業務依頼を行います。出来れば4月も業務を依頼したいのですが工場の判断に依って左右されます。』
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_/_/ 公式発表の直後には、半年程度の残作業は有るやに聞いていたので、弊社への発注量に関する限りは下振れ気味?
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_/_/ 弊社の今期の業績が壊滅的な状況に成るのは明確なので、僅かな報酬さえ3月からは半減で凌ぐつもりだったのですが、
_/_/ さすがに4月からの年間売上が『ゼロ』に成ってしまうと、今期(12月まで)を全うするのは難しいでしょうねぇ……。
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_/_/ ……と他人事のように言っている時点で私の『やる気!』は疑われそうですが、結局のところ『仕事』とは、私自身の評価に付いて来ます。
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_/_/ 向島工場の方々には30年来の実績をPR出来たので評価とて頂けたわけですが、今の私には何が出来るのか?
_/_/ そんなことも、今の私にはよく分からなく成っているのです。
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_/_/ 多分、要望をされれば、出来得る限りの事は『何でもやる!』のでしょうが、そんな受け身の姿勢を良しとしたくは無いのです。
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_/_/ 理想論?って言われてしまえば、そうなのですが、今の私は『何故、自分が橋梁(鋼上部工)の原寸を続けていたのか?』
_/_/ というシンプルな問い対しても、答えることが出来ないのです。
_/_/ (メインとして頼っていた客先が、2社も『業務撤退』に至る経験を味わうと、自己嫌悪にも陥ってしまう……、のでしょうね。)
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_/_/ それでも幸いなことに現在のところ、私には業務用のパソコンが有るしCADも有ります。
_/_/ (合資会社の特性上『他者からの借入金はゼロ』なので、固定費という面では恵まれているはずです。)
_/_/ そして何よりも、私には『SoftDraw(ソフトドロー)』という強力な武器も有ります。
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_/_/ 私は常々思っているのですが、SoftDrawを橋梁に特化した『道具』だと考えるのは間違いです。
_/_/ CAD(パソコン)の画面に表示されている内容が、エクセルデータやNCデータや印刷データに自動変換出来るのです。
_/_/ 逆を言えば、各種のデータをCAD化することが可能だし、エクセル←→NCも当然可能なのです。
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_/_/ 今はまだこの仕組みを『業務』という枠の中で捉えているから、私も『応用』という発想には及べていないと思いますが、
_/_/ この度の苦境に依って『業務』という枠を壊すことが出来たなら?
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_/_/ 理想論!を吹けば飛んでしまいそうですが、かつて『造船』という業務を失った向島工場の方々は考えたと思います。
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_/_/ 『理想はさておき、この工場という道具を、如何にして有効活用するか?』
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_/_/ 今日も一日を無事に過ごせた事だけに、感謝!です。
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_/_/ 精進を致しますので、皆様も日々の精進を心掛けましょう!!
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