イスラエルは非核国か?
                  被爆60周年・広島市「平和宣言」の問題について
                                                      横原 由紀夫


 広島市は1947年に始まった第1回記念式典以来、代々の広島市長が「平和宣言」を発してきた。これは、広島という一地方自治体首長の立場を超えて「ヒロシマ」の訴えとして日本国内はもとより世界の注目を集めてきた。この毎年の平和宣言で「ヒロシマの理念」が発信され、共有されてきたのである。

 文章に対する批判(好き嫌いの感情的意見や内容についてなど)は従来も出されてきたが、今年の平和宣言は世界の民衆から共有されないと言う点で問題の次元が異なる。

 平和宣言の第三段落の部分である。「・・・・アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、北朝鮮等の核保有国並びに核保有願望国が、世界の大多数の市民や国の声を無視し、人類を滅亡に導く危機に陥れているという事実です。」という段落が問題なのである。

 仄聞するところによれば、従来から、平和文化センターや平和推進課は、確証のない事項については平和宣言で触れない、ということのようである。だが、先に引用したように「核保有願望国」という概念と北朝鮮という国名が挙げられている。北朝鮮の場合、第三者が客観的に「核開発と保有」を証明したわけではなく、また、「核実験」も実施してはいない。対米関係の外交を通じて共和国政府関係者の発言から「保有国」として認定している、というのが現実である。その観点からすれば、なぜ、「核開発・保有疑惑国」として「イスラエル」を明記しないのであろうか?

 確かに、イスラエル政府は、"核兵器を保有しているともしていないとも"発言することなく、沈黙を守っている。しかし、「核兵器」問題を扱い研究している科学者、運動家、マスコミの次元では、イスラエルは核保有国(疑惑国)として扱っている。

 イスラエルは、1948年に独立宣言して以降、安全保障を求めて米国のトルーマン政権、アイゼンハワー政権に同盟関係を結び「核のカサ」の提供を求めてきた経過がある。米国はアラブ諸国と民衆を敵に回すことを恐れ、その要請を断った。

 イスラエルの核開発の経過は字数の関係で省略するが、86年10月5日の英紙「サンデー・タイムス」は、76年から85年までイスラエルの核兵器施設に働いていた原子力技術者:モルデハイ・ヴァヌヌの「イスラエルは高性能設計の200もの核弾頭用の物質を持っている」との証言を、彼の撮影した写真とともに掲載した(ヴァヌヌはイスラエル秘密警察に逮捕され、18年の刑に服し、04年4月に出所。しかし、現在も、事実上拘束状態に置かれており、出国することもできない状況である)[註1]。

 米科学者連盟をはじめ国際的な研究機関などは、この間イスラエルの核武装について再三にわたって言及している。最近では、今年9月7日、米シンクタンク科学国際安全保障研究所(ISIS)は、核兵器の製造に必要なプルトニウムや高濃縮ウランの国別保有量をまとめた報告書を発表した。その中で、イスラエルが突出した数の核兵器を保有している可能性があることを明らかにしている(インド、パキスタン、北朝鮮などに比較して突出。なお、日本のプルトニウム保有量も大量であると報告しているが、民生用と区分している)[註2]。

 イスラエルの核政策は、中東情勢を不安定にし、緊張させる大きな要因となっていることは事実であり、世界の核軍縮(廃絶)への大きな障害となっている(日本の核政策も核兵器保有国と同じ内容であり、イスラエルと同様にアジアに緊張をもたらす)。
 2000年のNPT再検討会議では、イスラエルを名指しして、NPTへ加盟を求める条項を書き加えている(核問題ハンドブック:原水禁国民会議編)。
 

 広島市長の発信する「平和宣言」は、ヒロシマの理念、人類の良心を世界にアピールするものとして、今や、大きな影響力を持っている。だが、今年の平和宣言については、少なくともアラブ諸国、イスラム教徒からは強い批判が出されるであろう。
 できるならば、正式文書として印刷する時点で、補足するなり、説明されることが不可欠だと考える[註3]。(広島県原水禁前事務局長:2005年9月19日記)



[註1] イスラエルの核開発について(参考文献:核問題ハンドブック「原水爆禁止日本国民会議編」より)
1)イスラエルは米国から「核のカサ」提供を断られてから、独自核開発の道を選択する。
2)1957年にフランスと原子力協定を締結。58年にフランスの企業の協力をえて、天然ウラン重水型の研究炉をネゲブ砂漠のディモナに建設。さらに再処理施設も建設した。
3)イスラエルの核施設は秘密のヴェールに覆われ警戒は厳重なので、核兵器製造疑惑が表面化することはなかった。先述の通り、モルデハイ・ヴァヌヌの内部告発によって国際的に表面化した。
4)2000年には、米科学者連盟が、公開された米偵察衛星などを分析し、イスラエルの兵器用プルトニウムの生産量は年間40キログラム程度と推測した。1発の核分裂爆弾のプルトニウム量を5kgとして100発程度は実戦配備可能と推測している。イスラエルの核武装の目的は、主としてイラク・イランの攻撃に備えることである。
5)イスラエルはまた、濃縮ウランの秘密買い付けの疑惑ももたれている。

[註2] 兵器用核物質保有、イスラエルが突出 米研究所が報告書(asahi .com 2005年9月8日付けより)
 報告書は米ロなどの核保有国のほか、民生用としてプルトニウムを保有する日本を含む計約60カ国を対象に、核兵器の材料となる物質の国別保有量をまとめた。同報告書によると、03年末段階でイスラエルは軍事用のプルトニウム560キロを保有、145個分と推定された。これに対しインドは80個分、パキスタンは70個分だった。北朝鮮は核兵器3〜9個分に当たるプルトニウム35〜45キロを保有していると推定されている。核兵器開発疑惑のあるイランは民生用の高濃縮ウラン7キロだけだった。
 イスラエルの核兵器はプルトニウム型とみられている。オルブライトISIS所長は朝日新聞に対して、「年間10〜20キロのプルトニウム生産を続けており、核兵器2〜5個分増えている。高濃縮ウラン型の核兵器を保有している可能性も否定できない」と語った。一方で、同所長は「プルトニウムや高濃縮ウランがテロリストに盗まれる可能性はいたるところである」と述べ、両物質を計約1300トン以上持つロシアが管理体制の不備などから「最大の懸念」と指摘(以下略)。

[註3] 補足
1. 広島市は8.6平和記念式典の直後に毎年、日英語で「平和宣言」を含めてリーフレットを作成して配布するが、今年は未だに作成されていない。理由を尋ねたが"分からない"との回答である。
2. 私は毎年「平和宣言」を海外の知人などに送付したり、広島を訪れた外国人に渡している。その立場からしても今年の「平和宣言」は問題なので、あえて、意見を発表することにした。
3. 広島が一地方都市としての存在でないことは先述したとおりである。その立場から考えても、問題点をあいまいなままにして「平和宣言」の内容が人々の記憶から消え去るままに放置することはできないと思う。
4. 広島・長崎両市、被爆者をはじめとしてこの60年、「核兵器の一日も早い廃絶」を世界に訴えてきた。しかし、核兵器は廃絶されるどころか、拡散が国際的に問題になっている。何故?核兵器がなくならないか、についてあらゆる角度から検討し分析して行政、被爆者、運動、市民それぞれが出来ること、連携して実行することなどを討議しなければならない。
戦争・紛争を如何にして抑止するか、軍・産・学の複合体制による兵器開発を如何にして止めることができるかなどの議論を本格的にしなければならない。
核利用(原子力の利用)を、「軍事利用」と「平和利用」に区分して、軍事利用は米・ロ・英・仏・中国には認めるが他の国には認めない、平和利用は奪うことのできない権利としてNPT加盟の非核兵器国には認める―とのNPT体制では核兵器廃絶はできないのではなかろうか。核の「平和利用(民生利用)」そのものが問題なのである、との討論が必要不可欠である。
5. 日本の中でも、最近、「武器輸出3原則」を見直すべきだ、との意見が経済界と政界か
ら強まっている。また、ミサイル防衛システムの開発が必要だといって日米で膨大な資金を投入しようとしている。これらの動きを止めることができなくて、核廃絶だけを叫んでも、核兵器の廃絶という目的を達成することはできないと考える。