鋼騒妖異譚 第一話『蠢動』
「さて・・・・・・今日から護衛か」
宗介は一人ごちながら通学の準備を始めた。
拳銃。
各種退魔弾。
各属性の呪印弾。
通常弾。
各種護符。
破魔の印を彫り込んだ聖銀製のナイフ。
スローイングダガー。
錬金加工したワイヤー。
常に身につけられるのはこの程度だろう。
宗介はそう判断し、新たなる任務地──陣代高校へと向かった。
担任に紹介された宗介は、
「相良宗介です。これからよろしく」
と素っ気なく自己紹介した。
質問は拒否する。
そんな気配が現れていたのだろうか。
誰も質問する者はなかった。
宗介は安心して自分にあてがわれた席に向かい──
監視と護衛を開始した。
開始できるはずだった。
「相良くん相良くん、向こうに彼女とかいた?」
「いや。そういえる者は無かった」
「じゃぁねぇ、好きな人とかは?」
「いや。尊敬する女性ならいたが」
休憩に入った途端、質問攻勢である。
黙って怪しまれるのも得策ではないので、宗介は答えうる質問には答えていった。
目を動かしたら怪しまれる。
護衛対象に警戒されたらこの任務事態失敗するおそれがある。
宗介は目は動かさず、感覚だけでかなめの周囲を探った。
「・・・・・・」
ごく近くに、瘴気のわだかまりがある。
そして瘴気の泉から──虫が、出て来ようとしている。
人の顔を備えた虫。
使い魔の一種だ。
(・・・祓っておくか)
しかし、この状態で仕える武装は限られてくる。
何より周囲に人がいる。
(と、なると・・・)
宗介は立ち上がり、廊下へと向かった。
「すまない、ちょっと外の空気を吸ってくる」
そう言いながら、左腕を一閃。
念を込めたスローイングダガーを飛ばし、すぐさまワイヤーで回収する。
「あ、案内するよ」
同じクラスの男子生徒がそう言いながら立ち上がったときには既に瘴気は消えていた。
誰にも気付かれることなく。
そう、誰にも。
「・・・・・・・・・疲れた」
「お疲れさま〜」
心なしかやつれた宗介を、にやにや笑いながらクルツが出迎えた。
「モテまくりだったじゃねぇか。憎いねぇ!」
「疲れただけだったぞ・・・それより、周囲の状況は?」
クルツは少し真面目な顔になり、告げた。
「ヤバそうなもの持ってたのが・・・一人」
「何!」
と立ち上がった宗介を指差して、
「お前」
クルツはにやりと笑った。
「・・・・・・」
宗介は無言で護符を取り出した。
護符が宗介の念を受け、淡く輝く──
護符はその姿を火球へと変えた。
「ソースケ、室内での術式起動は控えた方がいい」
軽く腕を一振りし、発動をキャンセル。
何も残さず、火球は消えた。
「お前がいらん事を言うからだ。で、実際には?」
宗介はミネラルウォーターを飲みながら、クルツの報告を待った。
「ああ。今のところは・・・瘴気くらいか。少し多すぎるがな。大きいのは祓っといた」
冷蔵庫から缶ビールを取り出しながらクルツが続ける。
「苦労したぜ〜。通行人の合間を縫って退魔弾撃つのは・・・危うくビルの窓ガラスに手ぇ突いて割っちまうところだった」
困ったような顔で言っているが、クルツは今危ぶんだようなヘマはしないだろう。
肯きながら、宗介も報告する。
「校内も酷いものだった。所々に瘴気が湧き出ていた。何かきな臭いものを感じるな」
「今度の護衛対象・・・一筋縄ではいかないかも、な」
「・・・・・・ああ」
窓を見上げる。
月は冴え冴えとした光を下界に投げかけている。
「何事も起こらなければ・・・・・・いいのだがな」
「・・・・・・無理だろうな」
そう。
何事も起こらないまま終わるはずがない。
宗介は確信しながら、決心を言葉とした。
「何かあったら・・・何とかするだけだ」
そして、数日が過ぎた頃。
かなめともある程度話が出来るように──仲良くなっただろうと思えるほどには──なったその頃。
感じた。
ぞくり、と背中に嫌な感覚が走る。
かすかな、魔の気配。
振り返ると、下級の妖魔がいた。
これまでの小物とは違う。
ブラウン・ジェンキン。
歪みが生み出す、邪神の眷属。
そして、『奴ら』の使い魔──
「!」
即座に術式を起動。
(アクセラレート!)
感覚・動作を加速する。
宗介はブラウン、ジェンキンに向け、腕を一閃。
呪符は結界を形成し、ブラウン・ジェンキンの行動を封じた。
そして、拳銃──グロックによく似ているが、明らかに異なる、退魔行用の拳銃を取り出し、斉射。銃弾は着弾と同時に魔法円を展開、鼠にも似た姿の使い魔を四散・消滅させた。
しかし、使い魔が退魔士ではない皆に見えるはずもない。
手の込んだおもちゃで遊んでいる様に見えたことだろう。
ただし、彼の一連の動作が見えていたならば。
一瞬、腕が霞んだように見えたくらいだろう。
宗介は一息ついて──視線を感じた。
視線の方向には──かなめがいた。
護るべき相手。
今回の任務の護衛対象が。
驚きの眼差しで、宗介を見ていた。
「相良くん、今何やったの?相良くんが腕を振ったと思ったら、気味悪い生き物が」
「・・・見えたのか?」
微かな驚きとともに、尋ねる。
今のが見えた?ならば・・・退魔士としての素質がある?
しかし・・・
「うん。ねぇ、さっきの・・・何?」
「君には知る権利はない」
出来るだけ素っ気なく答える。
そう。知らない方がいい。
知ったら、戻れなくなる。
そう思ったが故の配慮だったが。
「やかましいわよ!」
すぱぁぁぁん!と。
叩かれた。
「何故叩く」
「あのねぇ、幾らなんでもおかしいと思うわよ!」
ハリセンを構えたまま、かなめは宗介を睨み付けた。
そこには躊躇も、恐怖もなかった。
ただ、事実を知りたいという意志。
そして幾ばくかの好奇心。
それが、あった。
「ちょっと前からあんな変なのが見えてたんだけど、相良くんが来てからあまり見なくなった!」
かなめは宗介の首をきりきりと締め上げた――妙に優しげな笑みを浮かべながら。
「その原因がやぁっと解ったわ!さぁあなたの正体を話しなさいくぬくぬっ!」
宗介は愕然とした。
「君は俺が・・・怖くないのか?」
微かに傷を含んだ宗介のその問いに。
かなめはあっけらかんと答えた。
「怖い?何で?」
かなめは宗介の目を見つめながら、言葉を続けた。
「だってあたしを護ってくれてるんじゃないの?なら──怖くないよ」
そして、にこ、と微笑った。
宗介は、そのとき。
この笑顔を護りたい、と。
心からそう、思った。
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