鋼騒妖異譚 第七話『発動』
「任せておけ」
クルツに答え、宗介は機体をガウルンの駆るウィザードに向けた。
「覚悟して貰うぞ。これ以上好きにはさせない」
宗介の声に、ガウルンは反応した。
「よぉ、カシム。俺に会いたくて戻ってきたのか?ヒャハハハハハハハ!」
宗介は小さな溜息を一つ。底冷えする声でガウルンに告げた。
「ガウルン・・・確かに殺したと思っていたんだがな」
だが、ガウルンの声は飄々としている。明らかに愉しんでいる。この、状況を。
「残念だったな。前にヘマしてな、ここにな――」
小馬鹿にするように、ウィザードの額をつつく。
「チタン埋め込んでるんだよ。おかげで生き延びたし、面白いオモチャも手に入ったぜ」
「オモチャ・・・?」
その宗介の呟きに答えるように、ガウルンはウィザードの持つハンドガンを宗介に向けた。
「そう、この機体だよ。コダールp・・・オトゥーム」
と、音。
高い、濁った音がウィザード――オトゥームから響いている。
濁った音と供に瘴気が生まれ、オトゥームにまとわりついた。
「なかなかいいオモチャでな。こんなことも出来るんだぜぇ!」
哄笑を伴い放たれたのは、瘴気を帯びた弾丸。
わざと狙いを逸らしていたのだろう、銃弾が木々を貫いた。
だが、安堵はない。
瘴気の弾丸が貫いた々は腐れ、爛れ、崩れ落ちたのだから。
「!」
「ほら、面白いだろう?ウィザードも腐らせるんだよ、こいつはな!」
更に放たれた弾丸。
回避は可能。
宗介はそう判断し、回避。
「甘い甘い」
楽しげな声と共に弾丸はその向きを変えた。
「『ティンダロスの猟犬』・・・こいつは何処までも追いかけていくんだよ、どこまでもな・・・ククククククク」
嗤いつつ、無数の弾丸を放つ。
その全てが猟犬の如くアーバレストを追い求める。
――避けられない。
辺りに漂う、死の気配。
その気配を感じ、『彼女』は目覚めた。
<Link And Materializer of Didate Armament by Divine Rerics Inteface and Variable Enhance Reacter・Initialize・Complete>
宗介は左腕を突き出していた。
左腕を盾にし、回避。
しかる後にウィザード――オトゥームを破壊する。
出来るかどうかはわからない。しかし、やらなければならない――!
あの機体に片腕で立ち向かうということがどういうことか。
それが理解できないわけではない。だが、時間稼ぎにはなる。
クルツと、かなめがこの公園を覆う結界から抜け出す程度の時間稼ぎには。
そう思考しながらやがて訪れる破壊の時を覚悟していたのだが――
しかし、破壊はなかった。
<L.A.M.D.A.=D.R.I.V.E.R.・invoke・success. ――辺津鏡・具象>
荒れ狂う魔界の猟犬を阻んでいたのは盾。
「・・・何だ?今のは?」
<相良宗介軍曹を正式搭乗者として承認。――ご無事で何よりです>
澄んだソプラノ。
いつも聞き慣れているような、はじめて聞いたような声が響いた。
「・・・・・・アルか?」
<イエスであり、ノーです。今の私はレリクス『草薙』を核とした仮想人格です。――薙、とお呼び下さい>
「・・・薙。さっきのは──ラムダ=ドライバとはなんだ?」
<・・・その質問に対する回答は不能>
即答。それに微かに舌打ちし、宗介は次の問いを投げかけた。
「では、レリクスとは?」
<回答不能・・・>
AIにしては感情を含んだ声でアル──いや、薙は答えた。
「そうか・・・」
<すみません。現時点で貴方にそれらを知る権限はないのです・・・>
「いや、いい。これであいつを・・・ガウルンを倒せる。それは間違いないのだろう?」
<イエス>
即答。
迷い無く、淀みなく。
その答えに宗介は笑みを見せた。
「それなら構わない。あいつを倒せるのなら。あの、光の当たる場所を守れるのなら。それでいい。薙・・・力を貸せ!」
<イエス、マイロード>
瘴気が晴れ、ガウルンは見た。
傷一つ無く佇む、白銀の身体に黒の衣を纏った機体を。
すぐに浮かんだのは笑み。
歓喜の笑みだ。
「そうか・・・そうか・・・そうなんだな、カシム!そいつも積んでいるんだな、ラムダ=ドライバを!?」
歓喜を滲ませ、ガウルンが言う。
「ヒャハハハハ、嬉しいよ・・・嬉しいねぇ!」
狂気。
狂気を振りまきながら、オトゥームが来る。
宗介は左腕のホルダーから呪符を引き抜いた。
「答える必要は――」
そして念を込め、発動。
「無い!」
通常のASなら動作不能になるほどの雷光が疾った。
しかし──影は動き続けていた。
盾を構えて。
『ダゴンの鱗』
通常攻撃も、法術も寄せ付けない邪神の神器。
それが、ガウルンの操るオトゥームの左腕に具現していた。
「カァシムゥゥ!もっと楽しもうぜぇぇぇぇ!
ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐぁ ふぉーまるはうと んが なぐる ふたぐん!
いあ!くとぅぐぁ!
空を越え、今ここに顕れよ!」
コダールが腕を振ると──火球が空間を焦がした。
『クトゥグァの火球』
炎の邪神たるクトゥグァの力を顕現させたものである、異界の焔。
「!」
火球がレーヴァティンの肩を掠めた。
掠めただけの筈なのに、異界の火は燃え広がっていく。
「くっ!」
<肩部装甲を強制排除>
排除された装甲は、地に落ちる前に燃え尽きた――灰すらも残さず。
つまり、まともに当たれば――恐らく、戦闘の続行は不可能になる。
為す術もなく、自分は殺されるだろう。
「・・・拙いな」
一時撤退を思い付くが、即座に却下。クルツもかなめも逃げ切れていないはずだ。
ここでせめて時間稼ぎをしないと、3人とも殺される──いや、実際に死ぬのは二人か。
かなめはただ捕まって生きたデータベースとなるだけだ。死にはしない。いや、死んではいないだけになる。
それは避けなければならない。
たとえ自分が犠牲になったとしても。
そう。
自分を囮にして、彼らが逃げ出す時間を作ろう。
それが――自分の、任務だ。
そう決心し、ウエポンラックからハンドキャノンを取り出した宗介の耳に。
「宗介ぇぇぇぇぇぇ!」
かなめの叫びが届いた。
「・・・・・・千鳥?」
何故逃げていないのか。
クルツは何をしていたのか。
焦燥が胸を焦がした。
「護ってくれるんでしょ、あたしを!」
しかし、かなめはレーヴァティンを見上げ、思いを言葉にしていく。
「約束したじゃない!一緒に帰るって!」
迷わず。
「だから・・・そんな奴、さっさと片付けちゃいなさいよっ!」
そして、不敵な笑顔。
その笑顔を見た瞬間。
「ふ・・・ふふふふふ・・・」
宗介は笑っていた。
恐怖のためではない。
ただ、可笑しかった。
「まったく、君は・・・!」
彼女が戻ってきたのは、自分を信じてくれたから。
信じてくれる人がいる。
護るべき存在がそこにある。
それが宗介の心の有り様を変え──
そして、起動する。
神界と繋がり、そして神器を召喚するシステムが。
<Divine Relics『草薙』接続開始――成功。L.A.M.D.A.=D.R.I.V.E.R.発動準備完了>
オトゥームは疾走しながら腕を振った。
その軌跡に先ほどとは比べものにならない程の火球が現れ──空間を焦がしながら増殖していった。
レーヴァティンはその巨大な火球めがけて拳を突き出し──
<L.A.M.D.A.=D.R.I.V.E.R.・発動>
<沖津鏡・具象>
盾が具現した。
不可視の──いや、微かにその姿を感じさせて。
如何なる魔術をも遮る、神の盾が。
盾は火球を難なく防ぎ、そして消えた。
「ちぃっ!発動させやがったか・・・楽しいじゃないか、なぁ!」
暗い、しかし歓喜に満ちた声が聞こえる。
「ヒャハハハハ!戦うなら・・・やっぱこっちだよなぁぁぁぁぁ!」
コダールが引き抜いたナイフ。
「いあ しゅぶ・にぐらす!千匹の仔を孕みし森の黒山羊よ!
いある むなる うが なぐる となろろ よらならく しらーり!
いむろく なる のいくろむ!
のいくろむ らじゃに!
いあ いあ しゅぶ・にぐらす!
となるろ よらなるか!
山羊よ!森の山羊よ!我が生け贄を受取り給え!そして我が元にその力を!」
ガウルンの詠唱と供にナイフを核に──黒い、拗くれた角が顕現した。
「どうだぁぁ?『シュブ・ニグラスの角』はぁぁぁ?」
漆黒の角は周囲の空間を歪めながら通り過ぎていく。
存在を喰らいながら、浸食する。
浸食していく。
全ての存在を。
斬られた樹木が、異形――この地球の生命ならざる姿に変容していく。
その変容がレーヴァティンに届くかと思われた瞬間。
<Deva=Linkage・Power Souce『Karttikeya』・成功。バイアクセル・発動>
その姿も霞むほどに機体が加速。
レーヴァティンにその切っ先が追いつくことは無い。
そして。
「ああああああああああっ!」
裂帛の気合いを従えて、銃弾を放つ。放つ。放つ!
<神器属性付与・成功>
銃弾は雷撃を纏う矢――『天迦古矢』となる。
『天迦古矢』は邪神の盾たる『ダゴンの鱗』を四散させ──オトゥームに届いた。
届いたが、まだ浅い。
しかし、隙を作るには充分すぎるほどだ。
すぐさま宗介は狙いを付けた。
宗介と、薙の言葉が重なる。
「ガウルン・・・」
<高天原との接続・成功>
ハンドキャノンを構え、そして、銃弾を放つ。
「これで・・・」
<神器・発動承認>
絶対なる破壊の意志を込めて。
「終わりだ・・・!」
<『天沼矛』・具現>
放たれた銃弾の周囲に光が渦を巻く。
形作られたのは槍。
神をも魔をも滅ぼす、無双の槍──『天沼矛』。
光の槍はオトゥームを貫き、その異形を消し去った。
「驚きましたね。ラムダドライバを発動させちゃいました」
驚いた、と言いながらもテッサは本当に驚いた風には見えない。
「予想、しておられたのでは?」
「・・・さて。うふふふふ」
カリーニンの問いに、テッサは微笑って答えた。
マデューカスは苦笑。
「しかしまだ『具象』の段階です。安定して『具現』――そして、『顕現』させるには・・・試練が必要ですな」
マデューカスに続き、カリーニンはぽつりと言った。
「ええ。ですが初めての起動で一度とは言え『具現』を成功させています。それだけでも良くやったと言っても良いのではないかと」
「少佐。確かにそうかも知れない。だが・・・」
テッサは何か問いたげなマデューカスとカリーニンに告げる。
「解っています。何故、あれをいきなり実戦に使ったのか──また彼に使わせたのか、ですよね?」
「はい・・・」
そして、先ほどまでの笑みを沈めた。
冴え冴えとした光を瞳に宿し、テッサは言葉を紡いだ。
「『遺産』は自分の主を選びます。『草薙』が選んだのが彼だったからです」
そして溜息を一つつき、更なる言葉を紡いだ。
「もはや猶予はないのです。時間をかけて成長を待っていては──間に合いません。だから・・・・・・」
「だからいきなり実戦に使った、と?まかり間違えば破壊、もしくは敵の手に渡っていたのですよ?」
やや、責める口調のカリーニンに、テッサは。
「私は──信じていましたから。彼なら・・・サガラさんなら、必ず起動させてくれる、って」
静かに、微笑った。
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