鋼騒妖異譚 第六話『起動』
普通の高校生。
千鳥かなめという少女を一言で表すなら、こうなる。
だから彼女は宗介の態度に激怒した。
「だからあたしだけ逃げなさいって!?あんた、あたしを馬鹿にしてるでしょ!?」
そして宗介の頭を思い切り拳でぶん殴った。
「何をするんだ、千鳥?」
非難の声を上げた宗介を睨みながら、かなめは言葉を続けた。
「あのね。あたしはあんたたちとは違うの!
戦いなんかとは無関係な場所で育ったの!
だから・・・他人を犠牲にして、あたしだけ生き延びるなんて嫌なの!」
涙を零しながら。
「だから・・・何とか、頑張ろうよ。
一緒に帰ろうよ。じゃないと、嫌だよ!」
「・・・・・・」
無言で、かなめを見つめる宗介。
そんな宗介にクルツは可笑しそうに言った。
「お前さんの負けだよ。ソースケ。
あいつらはそんなに甘くない。
こいつで出て行っても捕まるまでの時間が長引くだけだ。それも分からないお前じゃないだろ?」
「だが・・・」
まだ言いつのる宗介に、クルツは空を指差した。
「それにな。ほら・・・空を見ろよ」
3人が見上げた異界の空には魔法円が浮かんでいた。
宗介とクルツには見覚えのあるその魔法円は、ミスリルが開発した結界破壊魔法円、Seal-Breaker。
魔法円はアルソフォカスの異界を一瞬だけ破り、そしてそれは来た。
「天の助けって奴かな?・・・ソースケ、行け。<シャーマン>には俺が乗る」
「な」
にを言うんだ、と言いかけた宗介を視線だけで遮り、クルツ。
「今の俺に出来るのはせいぜい移動くらいなものだ。戦闘なんか出来ねぇ
だから・・・お前が行け」
その言葉にかなめも頷き、宗介は目を伏せ、呟いた。
「・・・すまない。すぐ戻る!」
「戻る前にあれを壊してくれたらいいな。そうしたらかなり嬉しいぞ」
冗談交じりのクルツの言葉に、宗介は苦笑した。
「・・・努力する」
そして、疾走開始。
それが舞い降りた場所には、10分ほど走ればたどり着いた。
その場所に片膝をついていたのは、蒼と黒の衣を纏った白銀の巨神。
神々しさと同時に、禍々しさをその内に秘めたウィザード。
誰が乗っているのか。
そもそも、どこの機体なのか?
警戒しつつ、右肩を見る。
そこにはミスリルの紋章。
「ミスリルの実験機か・・・?」
疑問に答えるように搭乗用のハッチが開いた。
中には――誰もいない。
「乗れ、と言うことか?」
宗介は一瞬躊躇った後、自分のなすべき事を思い出し――搭乗した。
そしてハッチを閉ざすと同時に、無機質の中世的な声が響いた。
<現在アーバレストは待機状態です。搭乗者の所属・氏名・コールナンバーを入力して下さい>
「SRS軍曹、ソウスケ・サガラ。コールはウルズ7」
『Serch・・・・・Astral Patern/Aura patern/Psy=patern/over,System "Arbarest" drive』
宗介の言葉と同時に、システムは起動、無機質の、中性的な声が響いた。
『Nerve Connecter Set up・・・・・・Complete』
首筋に電極の冷たさ。そして感じるのは機体との一体感。
『Aura Synthesizer/Prana Amplifier/Tao Accelerater All green』
あたかも自分の指の如く機体の指が動くのを感じる。
「この機体・・・やはりナイトメアが原型か?」
M−9/M<ナイトメア>。
次世代のASである<ガーンズバック>を基にしたウィザード。
その最大の特徴は、神経電位感知システムと各種の法術機関による詠唱及び機体制御の補助機構にある。
この機体も同様にその機能が備えられているらしく、タイムラグは無視して良いほどだ。
『その通りです。この機体は形式名・ARX−7/D、機体名・アーバレストD。固有名・草薙。はじめまして、マスター』
「・・・この機体のAIか」
『イエス。私はArtificial Intelligence for System Arbarest,Ar.I.Sy.A.――アリシア、とお呼び下さい』
「ああ、アリシア。行くぞ・・・!」
そして機体は駆け出して――宗介に困惑を生んだ。
この機体のポテンシャルは異常すぎる、と。
確かにこのウィザードの原型となったM−9/M<ナイトメア>には神経電位感知システム等、操者と機体とのタイムラグを極力少なくするための機巧が備えられており、そのレスポンスは現存する機体を凌駕する。だが、この機体――アーバレストD・<草薙>は更に反応が鋭い――いや、鋭すぎる。
一つ間違えたら、ASに乗ったのがはじめての者の様に無様な姿を晒しかねない。
(一体・・・こいつはどんな目的を持って造り出されたのだ?)
生まれたのは不信。
だが。
(それでも・・・今はこいつに頼るしかないのか・・・)
焦燥が不信が育つのを抑えていた。
今はこの機体で進むしかないのだから。
一方。
クルツは戦慄していた。
『ハハッ!逃げても無駄。隠れても無駄なんだよ、ヒャハハハハハ!』
かなめを<シャーマン>の掌に乗せ、逃げ出した道をあの機体は追いかけてきていた。
「ち!トレーサーでも付いてるのか!?」
宗介と別れた直後、クルツは式神を呼び出し、<シャーマン>に憑依させた。
普段ならこの様なことは非常に困難なのだが、宗介がこの機体を奪う際、雷撃で破壊してしまったのだろう、対式神憑依防御機構が機能を失っているのが幸いした。
式神は<シャーマン>を乗っ取り、クルツの意志に従って駆け出していった。
「これでちったぁ時間が稼げるだろ」
<シャーマン>を見送り、クルツはかなめを伴って、逃げ出したのだが――
銀の機体は、<シャーマン>を無視して、クルツとかなめを追ってきていた。
「何故だ!?何故分かる!トレーサーじゃないのか!?」
その疑問には意味はない。
今、重要なのは銀色の機体は自分たちを追っていると言う事実。
付かず、離れず、いたぶるかの如く。
外部スピーカーから嬉しそうなガウルンの声が響いていた。
『さぁ、逃げろ逃げろ逃げて見せろ!無駄だけど、なぁ!?ヒャーハハハハハハ!』
そして銃声。
あくまでもいたぶるのが目的らしい。
属性は付与されておらず、弾丸は異形の樹を砕くだけで終わった。
だが、その破片はクルツたちを傷付け、確実に疲弊させていく。
だが、敢えてクルツは――
「やかましいんだよこのヴォケが!」
ガウルンを挑発した。
ガウルンは一瞬黙った後、愉快そうに笑って――
クルツの周囲に弾丸を叩き込んだ。
だが、クルツは動かない。
・・・かなめが、すぐ近くに隠れているから。
自分にガウルンの注意を引きつけるために。
(これで俺が死んでも、あの子がソースケと合流出来たなら・・・俺たちの勝ちだ!)
と、強い意志を持って。
『おっと、女を逃がそうとしても無駄だぜ?』
その言葉に、クルツは我知らず反応していた。
『あの女の位置な、すぐ分かるんだよなぁ、こいつ・・・コダールにはなぁ』
生まれたのは、絶望。
『無駄足だったな、ナイトさんよぉ!』
クルツは唇を噛み、立ち尽くした。
『ん?もう諦めたのか?つまんねぇな、もっと抵抗してくれよ』
心底残念そうにガウルンは言って、
『じゃ、もういいよ。とりあえずお前は用済みだ』
クルツに銃を向けて、
『じゃぁな』
『させるか!』
機体ごと弾かれた。
クルツが目にしたのは、白銀の機体。
そして耳にしたのは宗介の声。
『待たせたな、クルツ!』
クルツは一瞬、嬉しそうな顔を見せて――
すぐに表情を隠し、不機嫌そうにこう言った。
「ソースケ・・・てめぇ待たせすぎなんだよ、バカ野郎!とっとと鬼退治しちまえ!」
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