<Cry/Chain>
飽きもせず、よくもまぁ。
攻撃をかわしつつ、溜息。
この街の<禍魂>の主はよっぽど優夜にご執心らしい。
この街に入った途端、朝といわず夜といわず襲撃が絶えない。
さて、何日寝てないのやら。
それでも疲れが生じないのはやはり、自分が人外に足を踏み出しているからか。
苦笑。
しかし、いつまでもこんな状態でいるわけにはいかない。
僕自身の負担も大きいし、優夜も辛そうだ。
――いい加減、ケリを付けなきゃ。
「疲れるから嫌なんだけどなぁ・・・」
左手首を口元に運び、牙で切り裂く。
――鮮血。
真紅をもって魔法円を描き、術式を編み上げる。
効果範囲はこの血界全域。
ほんの僅かな<人間の部分>と、それを代償とした巨大な魔力を起動式にたたき込み、発動。
――紅咲嵐。
紅い風が、血界を支配した。
紅い風の中、無数の<禍魂>はその身体を崩壊させていく。
しかし、主はいない。
血界の外、状況を見守っているといったところだろうか。
狙いは、僕たちを疲れさせること。
ならば。
血界術式を編み上げ、血に組み込んで圧縮。
幾つかの紅い結晶に変わった血界術式を手にしたまま、一瞬だけ血界を解き、隠れていた<禍魂>を探査。
――いた。
僕に気付かれたことを向こうも分かっているらしい。
逃げようとしている。
――逃がすか。
指先を噛み切り、血を飛ばす。
血は真紅の鎖と成り代わり、<禍魂>を束縛。
即座に血晶を弾き、血界を構成。
捉えた。
もう、逃がさない。
――人外の力が強くなっているのは僕もらしい。
優夜の力が強くなれば強くなるほど、僕の力も増している。
それとも、僕の<人間としての部分>が喪われているからなのか。
しかし、それもどうでも良いことだ。
僕は、優夜を泣かせない。
悲しませない。
護り抜く。
その為の、力なら――
あえて受け入れよう。
蒼い月の下、僕は咆吼した。
全ての敵を屠る力を求めて。
高まる魔力に突き動かされ、口元に右腕を運び、切り裂き、紅を呼ぶ。
真紅は鎌の形状を取り、僕はそれを携えた。
――紅月鎌。
魔力と血で形成された死神の鎌を。
振りかぶり、無造作に振り払う。
刃はさしたる抵抗もなく<禍魂>を切り裂いた。
周囲に朱色を撒き散らしている<禍魂>を見下ろし、舌打ち。
実体ではない。
これは高密度の<詛流>だ。
本体は、深奥。
表面的な斬撃じゃ届かない場所にある。
――それならそれで手はある。
一閃。
その一閃を引き金に斬撃を加速させ、視認も叶わないほどの断片に切り裂く。
斬撃の度に<詛流>は散り、本体を露出させていく。
やがて姿を現したその<禍魂>の本体は無数の蟲の脚を持つ脳髄。
弱々しい声で啼くそれを、
「Salvete」
短く言い放ち、切り裂く。
悲鳴も何も赦されないまま、<禍魂>はその残滓だけを残し、散った。
周囲を見渡せば、尋常じゃない程の<詛流>が漂っている。
もし血界で切り離していなければ、新しい<禍魂>を生んでしまっていただろう。
――溜息一つ。
不安が生じた。
これだけの詛流を取り込んだら――
多分、優夜は吸血衝動を抑えられない。
<禍魂>を増やさないためには詛流を取り込まなくてはいけない。
しかし取り込んだら人間の部分が減り、それを補うために血を吸わなければならない。
血を吸えば吸ったで、人間の部分自体は守られるものの人外の力は強くなる。
そうすれば吸血衝動が裕也を襲う間隔は短くなるだろう。
・・・なんて皮肉。
それでも、優夜は<詛流>を取り込むのだろう。
<禍魂>を増やさないため。
人間を護るため。
自分と同じような存在を増やさないために。
全ての<詛流>を取り込んだ後、優夜は倒れ込んだ。
「和那・・・助けて・・・」
僕は手を差しのべ、起き上がらせる。
優夜は腕の中、
「ごめんね――」
呟き、僕の首筋に牙を打ち込んだ。
微かな、痛み。
それと同時に、自分の中の<人間の部分>が外に出て行く感覚。
その、僕の<人間の部分>で優夜は自身の<人間>を保っている。
長くは、無いかもな。
優夜に血を与える度、<護法刃>として真紅の力を振るう度に僕は<人間の部分>を削っている。
これも、優夜を呪った<緋ノ皇>の思惑なのだろうか。
でも、決して思い通りにはならない。
僕も、優夜も。
近いながら、抱き締める。
僕の血を吸いながらも、震え、泣いている優夜を。
そうしていると、分かる。
僕たちは確実に<緋ノ皇>に近付いている。
少しずつ、すこしずつだけど。
もうすぐだ。
自分に言い聞かせる。
もうすぐ、解放出来る。
優夜の心を縛る嘆きの鎖から。
――吸血。
その、優夜自身が忌み嫌いながらも、人間としての心を保ち続けるために架せられた呪われた行為から。
「きっと、人間に戻してあげるから・・・」
優夜の耳に届くか届かないかの声で、僕は呟く。
すると優夜は――
困った様な。
哀しそうな。
嬉しそうな。
そんな複雑な表情で――
微笑った。
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