<Aerial Blue>





 それは、昔々のこと。
 その娘の両親は、この村では尊敬されていた。
 水を引き、畑を耕すことを教え、この村が裕福になる助けとなった。
 しかしある日、橋を直そうとして崖に落ち、帰らぬ人となった。
 天涯孤独となった娘を村長は引き取り、娘同然に育てた。
 それから、5年。


 ある夜。
 一匹の魔物が村の裏にある岩山に住み着いた。
 そしてその時から村は破滅の道を辿った。
 生贄。
 魔物はそれを求めた。
 生贄を一人。
 若い女で。
 そうすれば自分はこの村を去ろう、と。
 村人達は生贄を魔物に捧げることとし、娘を選んだ。
「わたしが、ですか・・・?」
 困惑した娘に、村人達の目は語っていた。
『お前一人が犠牲になれば、自分たちは助かる。
 今まで育ててやった恩を返せ』
 と。
 娘は悩んだ。
 何故なら、一月後に祝言を迎えることとなっていたからである。
 相手は幼なじみの若者。
 村長の一人息子だった。
「何故だ?なぜあいつじゃないといけない?」
 若者は憤り、村人達を弾劾した。
 村長も村人達を集め、思い直すよう、修験者を呼んで魔物を祓うことを提案した。
 しかし。
 村人達は拒んだ。
 それどころか村長を半殺しにしてしまった。
 村長は最後の力を振り絞り、娘と若者を逃がした。いや、逃がそうとした。
 だが、村人達は執拗だった。
 山狩りを行い、若者と娘を捕まえてしまった。
 そして――娘の目の前で、若者の腕を断ちきった。
 ――微かな恐怖と、しかし薄笑いを浮かべて。
 そして言った。
『こいつを助けたければ生贄になれ。
 さもないと今度は首を断つ』
 若者は叫んだ。
「俺のことは良いから、お前だけでも逃げてくれ」
 しかし、心優しい娘は逃げなかった。
「わたしが生贄になれば、この人を助けてくれますね?」
 村人は頷いた。
「ならば・・・わたしは生贄となりましょう」
 娘は呟き、 
「来世できっと、きっと・・・
 添い遂げましょう」
 泣きながら、微笑いながら。
 若者に語った。
 幻の様に儚い、蒼い蒼い空の下、若者は薄れる意識の中、娘と約束を交わして――
 そのまま意識を失った。


 だが。
 村人はあろう事か、若者を河に投げ捨てた。
 自分たちの罪を、隠し忘れるために。
 娘はそれを知ることなく、やがて生贄となる日を迎えた。


 これで村は救われる。
 そう思った村人は酒を飲み、浮かれて――
 娘に、話した。
 若者を、どうしたか。
「哀れなことだなぁ。
 お前の大切なあいつは死んじまったよ」
「河に投げ込んでやったからなぁ。
 魚に食われてるだろうぜ」
「でもまぁ、わしらのためだ。
 村長の息子として、相応しい最後と言えるんじゃないか?」
 娘は目を見開いた。
「な・・・んて?
 あの、ひとを・・・殺したのですか!」
 返答の代わりに訪れたのは嘲笑。
 人間は、ここまで醜くなれるのか。
 娘は絶望した。
「あなたたちなんて・・・
 未来永劫・・・呪われたらいい!」
 それは、娘が初めて口にした呪いの言葉だった。
 瞳に怨嗟の炎を宿したまま、娘は魔物の生贄となった。
 しかし――
 魔物は娘を喰らうことなく、ただ呪いを与えた。
 そして――村人を一人残らず食い尽くし、何処へともなく消え失せた。
 娘は、といえば。
 呪いのためだろう、魔物と成り果てた。
 魔物となった娘は時に眠り、時に目覚め、今も彷徨い続けているのだという・・・
 それは、昔々のこと。



 しかし、今なお続いていること。





 それは、昔々のこと。
 とある村に、とある魔物が住み着いた。
 魔物は人を喰らい、人を呪うものだった。
 村人達は嘆いた。
 嘆き、しかし魔物と戦うことを選んだ。
 生贄を出せばどうにかなるかも知れない。
 しかし、それは負けだ。
 抗える力がある限り、抗おうと。
 村人達は女子供を親類縁者の元へ逃がした。
 そして魔物を討たんとしたその夜のこと。
 旅の修験者が村を通りがかった。
 隻腕の、まだ年若い修験者である。
 村人達は無理を承知で修験者に懇願した。
『魔物を討ちたいが、自分たちだけではどうにもならないかも知れない。
 何とか力になって貰えまいか』
 と。
 修験者は深い理由を聞くこともなく、快諾した。
「・・・私で宜しければ、お力となりましょう」
 と。
 それどころか、自分一人で戦う、とまで言った。
 あなた達は逃げてくれ、と。
 村人達は頑として受け入れなかった。
 自分たちに何か出来るなら、手助けとなりたい。
 これは村の問題なのだから、と。
 修験者は溜息を吐きつつ、村人に指示を与えた。
 それはどうといったこともない、簡単なことだった。
 村を修験者の念を込めた糸で多い、修験者と魔物が戦うための結界を作ること。
 結界の中心に魔物を封ずるための石を置くこと。
 そして、自分が魔物を倒せる様、ただ祈ること。
 これだけだった。
 村人はそれでも喜び、修験者の指示に従った。

 ――かくして修験者と魔物の戦いは始まった。

 そして、三日三晩が過ぎて・・・・朝。
 唐突に、壁が消えた。
 蒼い蒼い空に下、出てきたのはやつれ果てた修験者。
 力を使ったその証か、修験者の右眼はその色を変えていた。
 即ち、清浄な気に満ちた神秘的な蒼に。
 そして魔物の気を浴び続けた故か、左目も人外の色を宿していた。
 即ち、魔の気配漂わせる紅を。
 双眼を歪め、彼は悔しそうに言った。
「討ち滅ぼすことは出来ませんでした。
 今の私では封印で精一杯でした・・・」
 自分が封印を為した石がある方向を向き、修験者は村人達に嘆願した。
「だから、この村に住まい、見張ることをお許し願いたい」
 と。
 村人達は驚愕した。
 魔物が蘇るかもしれない、ということにではない。
 修験者が責任を感じていたことにである。
 構わないから旅を続ける様言った村人に、修験者は事情を話した。
「実は私はあの魔物を追っていました。
 私はあの魔物を討つために力を求めたのです」
 と。
 修験者の熱意に、村人達はついに修験者を村に受け入れた。
 修験者が何故その魔物を追っていたかを問うことなく。


 斯くして魔物が封印された石を監視するために神社が建立され、修験者はそこに住まう様になった。
 そして修験者の子孫は代々蒼と紅の瞳をもって魔物の封印を見張っているのだという。
 それは、昔々のこと。



 しかし、今なお続いていること。





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