歯医者へ行こう!  第7回  暗雲

     大工事中のひとつ奥の歯に無事に銀歯が被さってから1週間。
     いよいよ問題の歯(実際問題、歯はもう存在しないのだが)に正式な土台が入ることになった。
     あの何もないぽっかりと空いた穴にセメントを入れこむわけだ。
     (じゃあ、この前入れたっていう土台はなんだったんだろう???)
     だけどな〜 まわりはブヨブヨとした歯茎だけ。 その中にセメントで土台を入れたって
     ちゃんと支えきるものなのかな?

     以前、詰めた仮のセメントが取られて、改めて土台となるセメントが入れられる。
     ちゃんと密着するようになんども洗われて、薬を塗り、空気を当てて乾燥させる。
     それから「ちょっと熱いですよ」という言葉と共に、ペッタリした感触のものが歯に入れられた。
     思ったほどは熱くない。 それから先生は、なにやらごそごそと口の中を触ってる。
     何やってんだろうなぁ?  見たいなぁ。  でも目を開けても見れないしなぁ(当たり前だ)。

     ほどなくして、先生から今日はこれで終わりとの合図があって、にゃおは身を起こした。
     受付のお嬢さんが、次回の予約を取ってくれる。
     「次回は今日の歯に冠(かん)が被せられますから」
     おお〜 ついにかい? ついにこの工事も終わるってぇわけね。 
     やったぁ・・・ あと1回で終われるかもしれないなぁ。 思わず、顔がほころぶにゃお。  終わってから
     子供と車に乗ると早速、今日の工事の進行具合を確かめるべく、手鏡で口の中をチェックしてみた。
     「はぁ?  なんじゃこりゃ?」
     あの地獄の穴の跡には、灰色の四角いセメントの塊がにょきっと生えていた
     そう、まさに生えていたと言っていいだろう。 ただ四角いセメントの塊。 四方八方からペタペタと
     なでつけたように、きれいに形が整えてある。 
     ? ちょっと待て・・・(考え中)・・・これって・・・?
     この上から冠(かん)を被せるって?  この歯って、奥から2番目だぞ?  ものを噛む重要な歯でしょ?
     こんな風につるんとした面でどうすんのさ?  きれいに形が整えてあるだけの四角い「それ」。
     壁にセメントを塗る時みたいにきれいに整えられた面。 どうみても実用的じゃないぞ? 
     不安という名の黒い雲がしだいに心の中に広がって行った。

     さらにおまけがつく。
     家に帰って子供とお昼を食べることにした。  子供のリクエストに応えて冷やし中華。
     (10月に冷やし中華ってのも変な感じだけど、まぁ、いいか)
     簡単に野菜を刻んだり、ゴマをかけたりしてできあがり(いいのか、それで)。
     歯医者へ行ったあとはいつも歯茎が痛むから、あんまり噛めないし、麺ならそんなに
     噛まなくてもいいかな・・・と思いつつ口に運ぶ。 ・・・と、

     どわあああああああ〜〜〜〜〜〜

     にゃおは修理中の歯がある側の頬を押さえて、のたうちまわった。

     イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
     いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい
     痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

     ゴマが・・・冷やし中華にふりかけたゴマが、あの小さなゴマがたまたま修理中の歯の上に乗って
     それを噛み潰す格好になったのだか、ぞれが、飛び上がるほどの激痛を伴ったのだ。
     下あご全体が痺れるような感じ。 鋭い痛みが脳天を突き抜けて、いつまでも収まらない。
     「どうしたの? ねぇ、どうしたの? お母さん!」
     子供が心配そうな声を出すのだが、それに応えてやれる余裕すらない。 しばらく呻き声を上げて、
     ようやく痛みが薄らいだ。  知らず涙が浮かんでいる。  ヤバイよ。 これじゃ、何にも噛めないじゃん。
     歯の役目をしないよ?  これからずっとこんな感じなの? うっかり噛んだら今みたいな激痛が
     襲ってくるわけ? そんなぁ・・・ まだ人生半分近く残ってんだよぉ〜  それをずっとこんな状態で
     生きて行けっていうのぉ〜? 神様それは残酷すぎますぅ〜(T_T) 

     延びて不味そうな色に変色した冷やし中華は、それ以上、皿から減ることはなかった。

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