忘れてはいけない  3

     再び小雨が降っていた。 時刻は8時半を回っている。
     けれど、にゃおたちに安堵している暇はなかった。 大きく欠落した田んぼの畦(あぜ)を
     修理しておかなければならないのだ。 このままにしておけば被害はさらに拡大するし、
     第一田んぼに水を入れることが出来なくなってしまう。
     大きな木の板を何枚も持って崩れた畦へと向かう。 応急処置としてこの板で崩れた周辺を
     囲って、それ以上崩れ落ちないようにするのだ。 二つの懐中電灯で主人の作業する手元を照らす。
     田んぼはほぼ毎日水が入っている状態だったから、その泥は柔らかく、なかなか
     囲った板が安定しない。 そうするうちにもダラダラとふちが崩れてその輪を広げようとする。
     二ヶ所の崩れた部分をなんとか板で処置た後は、庭の泥かきをしなくてはならなかった。
     土石流とともに流れた汚泥が水が引いた後、5センチほどの高さに体積していた。 まだ水分があって
     柔らかいうちにどけておかないと、固まってからはとれにくくなって厄介だ。
     シャベルですくってはねこ車(一輪車とも言う。 荷物を運ぶ車輪が一つついた道具)に入れる。
     それを今度はとりあえず道路わきに置きに行く。 この繰り返しが延々と続く。
     朝から神経を張り詰めていたせいで疲れが出たのか頭痛がする。 腕も足も力が入らない。
     いくら取っても一向に泥が減る様子もなく、余計に疲労を誘う。 汗がしたたりおちて
     胸元にしみを作る。 どうしてこんな時に限って風もなく蒸し暑いのだろう。 

     主人が泥を置いて戻ってきながら、「大変な騒ぎになっとるで」と言う。
     指差した方向を見ると、まぶしいほどのライトをつけた作業車や消防車や救急車がいる。
     川が決壊した時に乗用車が水に飲み込まれて流れてきているのだという。
     中に人がいるのかどうかもわからない。 なんとかクレーン車などで吊り上げようとしている
     ようだったが、激しい流れと水量とがその作業を阻んでいるらしかった。
     やがてはテレビ局の中継車までもが現れ、あたりは騒然となった。
     「今、野次馬したらテレビに映るかもね」などと軽口を叩きながらも、にゃおたちの作業は続いた。

     「もう、今日はこの辺でやめとこうや」との主人の言葉で作業を終わることにした。
     家の中に入ってみると時刻は11時近くになっている。 
     水が溢れていたせいで一切の水を流す仕事ができなかったので、
     なにも食べるものがない。 冷凍庫にあったピラフを皿に盛り、レンジでチンするという
     お粗末な食事を取りながら11時からのニュースを見る。
     どこも今日の豪雨災害のニュースで持ちきりだった。
     この日、わずか2時間で100ミリを超え、年間総雨量の一割にも当たる豪雨。 
     過去の観測史上類を見ない、「ゲリラ型の雨」で広島県各地で起こった土石流は数知れず。 
     土石流に巻き込まれたとされる死者・行方不明者31人以上。 にゃお地域だけでも
     9人の死者・行方不明者が伝えられ、映し出された写真や名前には知った人が何人か含まれていた。
     初めて体験する災害に、にゃおは正直なところ、自分の家や家族が大きな災害に
     巻き込まれずに済んだことを心底ほっとしていた。 すでに家を失った人や災害が及ぶ危険の
     ある人たちは各地へ避難している。 恐らくこれから長い避難生活を強いられるに違いない。
     その人たちの心中を思えば、喜んでいる場合ではなかったが、その余裕はなかったのだった。

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