忘れてはいけない  7

     夜7時台のニュースは全国各地での大雨の様子から始まった。
     やがて、にゃおたちの地域でのニュースが始まり、災害現場の復旧工事の様子を経て
     体育館での被災者たちのインタビューが流れた。 あちこちから、
     「あんたが映っとるよ」 「あれ、わし(僕)じゃあ」などと一瞬和やかな空気になった。
     自分が、または自分の隣りにいる人がブラウン管の中でしゃべっているというのは
     なんとなく不思議な気持ちがするものだ。
     と、その時、知った顔がアップで映された。 
     「げっ!? にゃお???」
     なんと30型はあろうかという画面いっぱいに、にゃおのアップが映ったのだ。
     それは一瞬ではなく、徐々に画面を引いてゆく。 にゃおが映ったままで
     だんだん小さくなって全体の風景が映り出されて行く。 アレだ!!
     体育館の外からカメラのような物を向けていた人がいたっけ。 あの時、映されてたんだ!!
     その時のにゃおは、妙に真剣な表情で一点を見つめたような感じだった。
     恐らく何をするともなくぼんやりしていたのだろうけど、カメラマンにはそれが
     被災して自失呆然とでもなったように思えたのだろうか? 
     「よかったぁ・・・ あれがパンでもかぶりついてるところを撮られたんだったら一生のハジだよ」
     にゃおは、あれ? 今テレビに映ってるのってこの人じゃ・・・みたいな視線を感じて、
     天気予報も見ないままに逃げるようにして主人と子供のところへ戻っていった。

     はっきり言うと、夕飯を食べたあとはすることがない。 子供は相変わらずハイテンションで
     体育館の中をウロウロと歩き回る。 主人がそのあとをついて行く。 まだ2歳ちょっとだから
     善悪の区別もはっきりせず、放っておくと人様の食料や気に入ったおもちゃなどを
     勝手に持ってきてしまうのだ。 他にも避難している同じような年齢の子や、小学生たちと
     混じって、なかなか楽しんでいるようだった。 
     やがて10時には消灯するとの知らせがあり、歯を磨きに洗面所(といってもトイレのだが)へ
     立つ人があとを絶たない。 果たしてこんな中で子供がちゃんと眠れるだろうか?
     興奮しすぎで疲れて寝ちゃうか、起きてるかのどっちかには違いない。
     やがて、徐々に明かりが落ち、出入り口を仕切る暗幕の向こうから漏れてくる光だけになる。
     ざわざわとしていた空気が潮の引くように静まり返る。 かすかに小声で話をするのが聞こえる。
     子供もうとうとし始めた。 よかった・・・眠ってくれるのか・・・
     今日は子供にとっても一大事だったはず。 せめて怯えることなく眠って欲しい。
     あたりが静かになると屋根に落ちる雨の音がものすごく大きな音で響いてくる。
     実際にかなり激しい雨が降っているようだった。 時々、雷がピカリと光る。
     しばらくしてから、かすかな雷鳴が耳に届く。 大丈夫だ。 雷は遠い。
     にゃおもウトウトし始めた。 硬い板の上に引いた薄い毛布だけでは決して寝心地がよくは
     なかったが、それすらも感じさせないほどの眠気が襲ってくる。

     ぴかっ!! と外が光ったかと思った瞬間、どんっ!!という大きな音とともに体育館が震えた。
     それとほとんど同時にどぉ〜と土砂降りの雨が降り始めた。
     ひっ! という短い悲鳴をあげて何人かが起き上がる気配がする。
     隣で寝ていた子供がゼンマイ仕掛けのように飛び起きて、寝ていた主人に飛びつき、
     大声をあげはじめた。 「出るぅ〜 出るぅ〜!」 よっぽど怖かったのか、どうなだめても
     半泣き状態で金切り声をあげる。 このままじゃ、寝てる人の邪魔になる。
     仕方なく、にゃおと主人は子供を連れて暗幕の向こうへと出た。
     暗幕の外にはボランティアの人が寝ずの番をしていた。 そしてやはり寝付けないのか
     数人の男の人が降りしきる雨を眺めながらタバコを吸っている。
     子供は完全に目が覚めたのか、それとも暗闇の中で聞いた雷が怖いのか、まったく
     戻ろうとしなかった。  主人とあたりをウロウロする。 にゃおは眠くて倒れそうになるのを
     こらえるのが精一杯だった。 ボランティアの人が椅子を勧めてくれたので
     腰掛けたものの、余計に眠気が襲ってくる。 早く朝にならないかな。 明るくなれば子供も
     落ち着いてくれるのだろうに・・・ そんな時に限って時はゆっくりと流れるようで
     何度見ても少しも針が進んでいないように感じた。

     少しずつあたりが明るくなり始める。 スズメの声が聞こえる。
     朝刊を配達にトラックがやってくる。 夜が明けたのだ。 まだ暗幕の中では人々が
     疲れた体を横たえている。 中に入るのはもう少し待った方がいいだろう。
     山肌に太陽の光が反射していた。 雨に濡れた木々が綺麗だった。

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