にゃおのインフルエンザ予防接種 3 

     一人のおばあさんと呼んでも差し支えないくらいの女性が、すでに待合室にいた。
     挨拶をすると、にゃおも靴を脱いで上がる。 かなり段差がある。 お年より用なのか
     少し高さのある「すのこ」があった。 上がり口にはスリッパが数組揃えられている。
     全体的な古びた印象とは裏腹に、床もスリッパも綺麗に手入れが行き届いていた。

     さて、一体、受付はどこなんだ? 見渡してみてもそれらしいところがない。
     前に座る女性に訪ねると、そこですよと、にゃおの座っているすぐ後ろを指差した。
     振り返ってみると、あるある。 うずたかく積まれた雑誌や、いろんな雑貨がひしめきあう中に、
     ポッカリと握りこぶしがひとつ入る程度の穴が開いている。 腰をかがめてその穴から
     中をうかがうと、確かに、その向こうに処方箋らしきものが並んでいる棚が見えた。
     受け付け用の穴が開いている壁はプラスチック製で出来ているらしかったが、そこにも
     隙間のないくらい、いろんな張り紙がしてある。 これじゃ、初めての患者にはわからんて・・・
     「まだ、誰も来とらんのよね。 どれ、あたしも袋を出しておくかね」
     は? まだ誰も来てないって? 病院は9時からだって聞いた。 もう既に9時を過ぎている。
     病院の玄関も開いてたし、暖房も効いているし、診察開始前の掃除も済んでいる様子なのに
     誰も来てないってどういうこと?  疑問を抱えたままで、その女性にならって、受け付けの
     窓口に保険証を出して置く。 

     しばらく、その女性と話をしていると、スリッパの足音がして、ドアが開いた。 
     両手にたくさんの紙袋を下げた女性が入ってくる。 その女性は、にゃおがいつも保育所から
     帰る時に病院に入っていくのを見かける人だった。 すれ違う時には挨拶をして通り過ぎる程度の
     知り合いだ。 年の頃は60歳前後という印象の人。 彼女は、よっこらしょという掛け声とともに
     上がると、長椅子の下に置いてあった上履きに足を突っ込んで履くと、「センセも、まだじゃね」と
     言いながら診察室へ入っていく。 
     お? 彼女は患者ではないんだ。 ということは、この前の電話に出た人なのかな? 
     この人が看護婦さん? でも、その女性は、白衣をまとってもおらず、ごく普通の農家の
     オバちゃんが着ているような「いでたち」なのだ。 着替える様子もなく受付に置いた保険証を
     片手に診察室から顔をのぞかせて、にゃおに「今日はどうされました?」と聞く。 インフルエンザの
     ことを告げると、「ああ、ああ、○○さんね、あの××さんっていうお兄さんがおっての家の
     一番下の・・・」とやけに詳しい。 まぁ、にゃおんちも昔からこの土地に住んでいるから、同じように
     昔から住んでいるなら知っていても不思議じゃない。 さらには、この女性は近所のスーパーに
     主人が子供を連れて散歩がてらの買い物に行っているところを何度か見かけているらしい。
     意外なところでつながってるもんだな。 ちゃんと会うたびに挨拶しててよかったよ(笑) 

     先に来ていた女性が、「先に電気をかけてもらおうかね」と言いながら、診察室の中に入っていく。
     「もうすぐセンセ、来る思うんじゃがね」と言いながら、看護婦さん?らしき女性が動き回る。
     どうやら、ここは、まさに「お馴染みさん」が来る病院らしい。 患者も勝手知ったるなんとやら・・・
     のように振舞う。 医者と患者の垣根がかなり低いような感じだ。 これぞ、町医者だね。 
     ああ、そういう空気も懐かしさを倍増させているんだ。

     にゃおは、「センセ」の登場を待ちながら、狭苦しいくせに妙に落ち着く、その空間で
     一人座っていた。

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