にゃおのインフルエンザ予防接種 5 

     ついにセンセとのご対面。 診察室の奥に細長く続く、アヤシゲな部屋からセンセは白衣の
     ポケットに手を突っ込んで現れた。 電話越しに聞いた声の印象通り、40歳前後かな?と
     いうくらいの男性だ。 それにしても肩あたりまで伸びてウェーブのかかった白髪混じりの
     髪の毛は、まるで音楽室に飾ってあるベートーベンのよう。 ややふっくらとした顔に細めの目、
     ぽっちゃりめの唇。 ミュージシャンの山下達郎と俳優の船越栄一郎を足して2で割ったようだ。
     (わかるかなぁ、そんな説明で)
     その姿は、まさに漫画チック!!   ああ、イマドキ、こんなキャラに生でお目にかかれるとは!!

     センセに促されて、指示された回転椅子に座りながら、にゃおはセンセの顔から目が離れない。
     素晴らしい・・・ 素晴らしいキャラ!!  下町の個人開業医、しかも病院の外には野良猫が
     たくさんたむろするという一風変わったところなど、ドラマに出てくるシチュエーションそのもの。  

     センセは机の上に置いた問診票を眺めながら、注射の用意をしている。 
     あら? ってことは診察はナシかな? せっかく、ちゃんと綺麗な下着を着て、脱ぎやすい
     服にしてきたのにさぁ(爆)  まぁ、診察がないにこしたことないけどね。
     「あのね、誤解のないように言っておくんだけど・・・」
     センセは注射器を持ったままで急に話を始めた。 なに? そんなことより早くして下さいよ。
     「インフルエンザの予防接種をしても、インフルエンザにかからないってことじゃないんだよね。
     ただ、かかっても、軽い風邪のような症状で終わるんですね・・・」 
     一言一言、言葉を選ぶように、ゆっくりとソフトなセンセの声が言う。 あら・・・ この声質って
     嫌いじゃない。 歌うような話し方も好感持てるわ。 にゃおは神妙にセンセの話を聞く。
     「肺に入った菌は殺せるけど鼻とかの粘膜に残ったヤツは生きてるから、本人は
     インフルエンザにかかったっていう意識がないまま、キャリア(運び屋)の役目をして
     しまいがちなんですよ。 だから本当はお子さんとか、家で寝たきりのおばあちゃんがいるとか、
     そういった人にこそ接種すべきなんですね」
     「はい、子供は毎年、受けてるんです。 今年から集団生活をしてるので、親のにゃおも
     打っておいた方がいいかと思ったんですけど・・・?」
     センセは、ほんの一瞬、細い目をもっと細めて、のけぞるような格好で笑みをこぼすと
     「それじゃ、問題ないですね」と言いながら、注射器を持ってにゃおに歩み寄ってきた
     にゃおは上着の片方の袖だけを脱いで、太い腕をセンセに差し出す。 センセは脱脂綿で
     ちょいちょいと腕を拭くと、ちょっと肉をつまんだ。 
     「痛いからねぇ、泣かないでね」
     まるで子供をあやすように言うセンセ。 あはは。 にゃお、そんなに泣きそうな顔してましたか?
     「歯をくいしばって我慢しますから、お手柔らかに」
     そんな、にゃおの言葉に、チラリと口端で笑うセンセ。 にゃおは、針が刺さるのを見るのが
     恐かったので顔をそむけていた。 チクっと針が刺さるわずかな痛み。 でもそのあとは
     ちっとも痛くない。 お? おお〜 掲示板に書いてあった通りだぁ。 ちっとも痛くないや♪

     にゃおは腕を抑えながら、あっけなく終わった予防接種にほっとした。
     「今は大人でも2回接種するんですね」
     にゃおの問いに、一瞬、うん?といった表情を見せたセンセは片手を机について体重を
     預けるような格好で、もう一方の手で、手入れがされているのかされていないのか
     わからないような髪の毛をくしゃくしゃとしながら、う〜ん・・・としばし唸った。
     「今まではですね、大人でも、一度の接種でよいとはされていたんですけどね、この前の
     学会では一応、65歳以下の人は2回接種をするということに、決まったんですよ」
     センセってば、話好きなんだなぁ。 聞いてもいないことまで喋ってるよ。 もっとも、それくらい
     説明してくれると、こっちも納得できてありがたいけどね。

     話終えたセンセは、ふいにクルリと向きを変えて、奥のアヤシゲな部屋へ引っ込んでしまった。

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