犬は野良だったとは言え、どうやら元々は飼い犬が捨てられたという状況だったらしく
鎖につながれても抵抗することはなかった。 その日から、犬は車の下でなく、
勝手口の入り口に置いてあった、小道具入れ代わりの古い木の机の足の空間部分を
寝床とするようになった。 古木で父が足の回りに風除けの囲いをしてくれた。
名前は・・・ 『チビ』と命名された。 単にチビ犬だったからだ(笑)



当時は田舎で回りは田んぼばかり。 元々、山に棲みつく野良犬が多かったせいなのか
犬に対して、人々がどちらかと言えば好意的だった。 
母は朝晩、ほとんど欠かさず犬の散歩に連れて行った。 母が用事で無理な時は
にゃおが連れて行った。 大抵はすぐそばにある中学校へ行く。 野球場が2面取れる
くらいの広い広いグランドでチビの鎖を放してやる。 解き放たれたチビは
あっちへチョロチョロ、こっちへチョロチョロと気ままにうろついた。 けれど
決して、にゃおたち飼い主の元から見えなくなるような遠くへ勝手に行ってしまうと
いうことはなかった。 彼はどこか、鎖でつながれるという行為が、自分の身の
安全を保障してくれるものであることを知っているかのようだった。
だから彼は、どうしても散歩に連れて行けない状況になって、夜遅くになってから
放して勝手に遊んで来させても、必ず帰ってきて、勝手口のドアをドンと叩いた。
のぞいてみると満足そうな顔をしたチビが息を切らして座っているのだった。
(ちなみに、犬を放してはいけません。 あしからず)

チビは賢い犬だった。 どの犬にもありがちな習性、それは靴を噛むことだろう。
チビも例に漏れず、勝手口に置いてあるサンダルを咥えて持ち出し、オモチャに
していたことがあった。 母はひどく怒って、そのサンダルでチビの頭を
思い切り叩いた。 カツンという澄んだ音と、キャン!!と一声鳴くチビの声が
ほぼ同時に聞こえた。 耳を寝かせ、しっぽを後ろ足の間に挟んで身をすくめる
チビの前で、鬼の形相をした母が、「噛んじゃ、ダメ!! わかった?」と
声を張り上げた。 それ以後、一度も、どんなに目の前に置いてあろうとも
靴に手を出したことはない(ロックはそうやって怒られても懲りずにやったんだよね)。

穏やかな陽射しの中、気持ちよさそうに寝こけるチビ。 それは、家の中から
見てわかっていること。 それでも、にゃおや母が外に出ると、とたんに起き上がって
どこかに向かって吠えた。 そして、チラリとにゃおたちの方を見て、いかにも
ちゃんと番をしていたかのようなそぶりを見せるのだった。 吠えた声だって
テキトーにワンワン言ってるだけだというのは明白だったし、大体が寝そべって
いる姿を目撃されているのだから、まったくの茶番なのだけど、一生懸命
『演技』するチビに敬意を表して、一応、誉めてやり、家の中で、「あの子ったら
演技なんかしちゃって、結構、賢いところがあるよねぇ。 バレバレだけど」なんて
笑い合ったものだった。

相も変わらず、人からは、ぶさいくで変な格好の犬と笑われたけど、彼にとっては
穏やかで平和な時間が過ぎていたはずだった。


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