はな(雑種・メス)

『はな』は、どこからともなく流れて、にゃお家(実家)近くの山に住み付いた野良犬だった。
野良犬にしては眼が優しく穏やかで、気だてがよかった。 おっとりとして人間を
怖がらないところを見て、誰もが以前は人間に飼われていたのだろうとうわさした。
当時、にゃおんちは雑貨店を営んでおり、すぐ近くには中学校があったこともあって
『はな』はいつも、にゃおんちの周辺にいた。 動物好きの中学生が『はな』を触る。
大人しく優しい『はな』に、わざわざ店でパンを買って与える子もいた。 『はな』もそれを
目的に出没していたのだった。 その頃、『はな』は山の中で子犬を出産したらしく
お乳が張っていた。 山の中で待つ子犬たちにお乳をやるためにも、『はな』は
自分が食べる必要があったに違いない。
にゃおんちには、その頃、猫がいたので(この猫の話はまた別の時に)、にゃおは
あまり『はな』に接することはしなかった。 ただ、大の動物好きの母は
情が移ってしまうといけないと思いながらも、だんだんと『はな』との距離を
せばめていったようだった。

『はな』が流れてきた時、どこかで犬取りにでも遭いそうになったのか、
首には太いロープが巻きついていた。 それが成長するにともなって首に
食い込み、『はな』のノドを圧迫していた。 ある日、中学生の女の子が見かねて
母に『はな』のロープを取ることはできないだろうかと相談したと言う。
母はいくら優しいとは言え、野良犬だから、首に食い込んだロープを外すのは
危険ではないかとためらった。 が、よくよく見れば、食い込んだロープのせいで
回りの肉が硬く盛り上がって、とても可哀想な状態だったという。 母は意を決して
『はな』のロープを取り除こうとしたのだった。
そんな母の恐怖は杞憂に終わった。 ロープを取る間、『はな』はじっと大人しく
座っていた。 イヤイヤをするそぶりはあったものの、だからといって威嚇することも
気色ばむこともなかった。 そればかりかロープを無事に取り除いてやり
「これで大丈夫だからね」と母が頭をなでると、しっぽを振って、母の手を
なめたのだという。 
この一件で、母は『はな』をなでたり、賞味期限の切れたパンをやったりと
急速にお互いの距離を縮めていった。 『はな』も母の優しさがわかるのか
自分からお腹を見せて、なでてくれるようにと催促するまでになった。


やがて、冬が来た。
にゃおたちが住んでいる場所は、そこそこ標高もある山の中の田舎。
温暖化が進んでいたけれど、当時はまだまだ雪も積もるくらい寒かった。
店番をしている母。 外は吹雪。 そして店の前には『はな』。
母に背を向けて座っている『はな』が、時々、グラリと揺れて倒れそうになる。
飢えと寒さで眠気を誘われているのだ。 おっとっと・・・というように
体勢を立て直す『はな』。 それでもいくらもしないうちに、またグラリとする。
その後姿を見て、母は決心した。
母から『はな』をうちの子にしてもいいだろうか・・・と相談を受けた時、
にゃおは反対しなかった。 それまでの母を見ていて、この話がいつ出ても
おかしくないと思っていたし、『はな』の気性はよくわかっていたので
反対する理由もなかった。 『はな』の子供たちは大きくなり、それぞれが
独立するような形で野良犬化していた。 子供たちは決して人間になつこうと
しなかったので、『はな』だけしか受け入れることはできなかった。

こうして、薄汚い茶色の野良犬は、『はな』という名前をもらい、
にゃお家の一員となったのだった。


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