家族の一員となった『はな』には首輪がつけられ、鎖でつながれるという状態を
避けて通ることはできない。 今まで野良犬として自由気ままに過ごしてきた『はな』が
この状態を我慢できるだろうか・・・ということが心配だった。
けれど、それは無用の心配だった。 『はな』は首輪も鎖でつながれるという事にも
まったく抵抗しなかった。 鎖でつながれ、家の裏のかつて飼っていた犬が使っていた
犬小屋をそのまま与えられても、『はな』は、まるで何年もそこで飼われていた
犬のように何の違和感もなく収まってしまった。 自由にどこかへ行きたいと
鎖を引っ張ることもなかった。 山へ帰ってこなくなった母親を探すかのように
子供たちが『はな』の元へやってきても、『はな』はしっぽを振って子供たちに
接すれど、一緒に行きたいとは言わなかった。
朝晩、決まって食事を与えられ、雨風をしのげる安全な場所を得、可愛がって
くれる人の手を、『はな』は心底、喜んでいるようだった。


にゃおは『はな』をなでたりするけれど、そこにはまだ恐怖心が残っていた。
いつ噛まれるかもしれない・・・という無意識の恐怖心があった。
何もかも、動きがおっとりとしている『はな』は、そんな、にゃおの手をペロリペロリと舐め
目を細めた。 どこをどう触っても決して怒ったりしなかった。 先に飼われていた
猫に対しても、吠えることも嫉妬することもなく
ただ穏やかに幸せな毎日を送る『はな』に、にゃおの恐怖心も消えた。

『はな』には元々、人を見上げる時、上目づかいに情けなさそうな、申し訳なさそうな
表情をするという癖があった。 悪さをして怒られたりすると
この顔をしてチラリと視線をよこす。 そんな顔で見られるとこちらも怒る気が
失せてしまってもういいよ・・・なんて許してしまう。 そうすると情けなさそうな表情が
少し和らぎ、しっぽをハタハタと振る。 その姿がなんともいとおしかった。


『飼い犬』となった『はな』には、どうしても通らなければならない道がある。
ひとつは予防接種。 そして、もうひとつは避妊だ。 これ以上、不幸な
野良犬を増やさないためにも、それは必要なことだった。
当時、猫が世話になっていた動物病院で診てもらおうということになったのだが、
そこは車で40分程度の場所にあり、『はな』が大人しく車に乗っていられるかどうかが
最大の問題点となった。 もし、『はな』が過去に飼い犬で、捨てられたのだとしたら
車に乗せられて遠くへ運ばれた可能性が高い。 その時の記憶が蘇って
嫌がるのではないだろうか? また、犬取りに遭ったとしたら、その記憶もあって
車に乗せることは容易ではないことのように思えた。
その頃、にゃおが乗っていた車は商用車タイプのバンだったので、
荷台に『はな』を乗せ、後ろの座席に母が座って鎖を持っておくという形で
連れて行くことにした。 もしも乗ることに抵抗するようだったら
何もかも諦めるしかなかった。 何しろ、にゃおたちが住んでいた町には
獣医は一軒もなく、例え、あったとしても、そこまではどうしても車で
連れて行くしか方法がなかったのだから。

荷台に上がることには多少の抵抗をしたけれど、乗り込んでしまうと
荷台のドアを閉めても、『はな』はパニックを起こすこともなく大人しくしていた。
ただ、獣医に着くまでの間に酔ってしまったらしく、ダラダラと大量の
よだれを流した。 それ以外は、車の中で暴れることもなく、キョロキョロと
外の風景を眺め、のちには座っている母の肩に両手をかけて
おんぶされるような格好でドライブを楽し
むまでになった。

病院にはいろんな犬や猫がやってくる。 『はな』が行った日も
たくさんの動物たちが出入りし、満員状態だった。 そんな中、『はな』は
驚くことも興奮することもなく、母の足元に寝そべり、じっとしていた。
他の犬が『はな』に向かって吠えても、チラリとあの情けなさそうな
表情で見るだけで、また伸ばした腕の上にアゴを乗せて寝てしまう。
「まぁ、大人しいおりこうなワンちゃんですねぇ」と誰もが誉めてくれた。
この賢さには、にゃおたちの方がビックリしたくらいだ。 そして
こんなにおりこうな『はな』は野良犬だったんですよ・・・と
心の中で自慢したものだった。

獣医で予防接種を受けたついでに健康検査をしてもらった結果、
『はな』の年齢はおよそ7歳くらい。 そして重度のフィラリアにかかっていることが
わかった。 犬を飼っている人なら誰でも知っているように、フィラリアは蚊などが
媒体となって動物の体の中に侵入する。 そして体の中で養分を得ながら
増殖していく。 やがては心臓にまで侵入して命をも奪いかねない怖い病気だ。 
相談の結果、まずはこのフィラリアの手術をしてもらうことにした。
避妊は次の発情期まで時間があるので、時期をずらすということになった。
約5日間の入院で、入院・手術の費用が約7万円(平成元年頃)。
野良犬にそこまでの費用をかけなくても・・・と誰もが言った。
もちろん、母とにゃおのふたり暮らし(妹は家を出て住んでいた)で
生活は楽ではなかったから、この金額は痛かったけど、飼うと決めた以上は
できるだけのことはしてやろうというのが一致した意見だった。
こうして、『はな』は無事に大手術を終え、元気になって家に戻ってきたのだった。


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