3年近く経った頃、『はな』は丸々と太ったデブ犬になっていた(笑)
太ることは良いことではない。 特に『はな』のように老犬になりつつある体には
太って足や心臓に負担をかけることは良くない。 それはわかっているけれど
野良犬時代の不遇な食生活を思うと、ついつい、おやつを与えてしまったりしていた。
『はな』を飼うようになったあと、折からの不況もあって、母は店をたたみ、パートの
仕事に出るようになっていた。 『はな』も年齢のことを考えて、夜は店だった
スペースに入れて眠らせるようになっていた。 店からは品物や棚がみんな
取り除かれていたから広々とした空間がある。 ここでは鎖を外して自由に
動き回る
ことができた。 いくら優しい犬とは言え、店の中で放し飼いの状態に
なっていれば、多少の防犯にもなったことだろう。


ある日のこと、ネズミが天井裏を這うようなので、『猫いらず』という殺鼠剤を
置くことにした。 ネズミが出没する場所はたいてい決まっているので、そこには
古い殺鼠剤が置いたままになっている。 それを時々、新しいものと交換するのだ。
店にしつらえられている縁側の下にも、どこかネズミの出入りする空間があるらしく
殺鼠剤は常に少し減っている状態だった。 今回も、新しいものと交換しようと
縁の下を覗き込んで、母が不思議そうに言った。
「猫いらずがないよ」
母の見せた小皿からはきれいさっぱり殺鼠剤が消えていた。
「ずいぶんと(ネズミが)食べたもんじゃねぇ」
母が新品の殺鼠剤をさらに満たす。
数日後、またしても小皿の殺鼠剤はきれいになくなっていた。
今までの経験から考えても、これは変だった。 ネズミがこんなにきれいさっぱりと
食べ尽くしたことなんてなかった。 変だ、変だ、変だ。
そして、その夜。
「大変、『はな』が!!」
母の叫び声にかけつけるにゃお。 店の中で青くなった母がいた。
「『はな』がおしりから血を出してるんよ!!」
見ると、『はな』のおしりのまわりの白い毛がピンクに染まっている。
母の持つ手にはティッシュがあったのだけど、それには鮮血がついていた。
鮮血は腸などからの出血によることが多いと聞いたことがある。
「『はな』だったんよ、アレを食べたのは!」
もちろん、『アレ』とは殺鼠剤のことだ。 食べた? 『はな』が?
「おかしいと思ったんよ。 あんなに一粒残らず殺鼠剤がなくなることなんて
なかったんだもの。 『はな』が食べよったんじゃね(食べてたんだね)」
でも、一体、どうして? 

殺鼠剤は今までもずっと店の中に放置されていたし、この数年間、店で自由に歩き回り、
寝起きしていても、一度として殺鼠剤に手をつけたことなんてなかった。
殺鼠剤は縁の下の奥の方に突っ込むようにして置いてあるから
丸々と太った『はな』が食べようとしても、それはかなりの努力が要ったはずだ。
そこまでして今頃なぜ食べた?!
とにかく獣医に電話して相談しなければ。
夜遅い時間ではあったけど、獣医に電話して指示を仰ぐ。
明日の朝一番に食べたと思われる殺鼠剤を一緒に持ってくるようにと言われた。
「ばか、『はな』のばか!! なんで食べるんよ!! ああ、『はな』!!」
止まらない下血を押えてやりながら、涙ながらで母が『はな』にすがる。
『はな』はいつものように、上目づかいに情けなさそうな表情をしている。
その目は「ごめんなさい」と言っているようだった。


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