それでもミシンを買いました 8  不安

     なぜだか、兄ちゃんはくだらない世間話を続ける。 クレジット会社からの確認の電話を
     待っているんだろうか? だったら、早くかかってこないかな?
     「今日は暖かいですよねぇ」
     「ええ、でも、うちは道路の関係で、庭に日が射すのが遅いから困るんですよ」
     「ああ、僕も一人暮らしなんですけど、家があんまり日の当たらないところにあるもんで・・・」
     生来が、どっちかと言えば、話好きなにゃお。 ついつい、余計なことを口走って、話題を
     広げてしまう(苦笑)  あら? 兄ちゃん、この商売を始めて最低でも10年くらいは経ってる
     ようなことを言ってたけど、独身ってことなのかしらねぇ・・・ 

     その時、神の救いの手が差し伸べられた。
     りりり〜ん。 黒電話が鳴る。 にゃおが受話器を取り上げると、向こうから早口でネエちゃんが
     まくし立ててきた。
     「もしもし、こちらは○○クレジット株式会社ですが、このたび、ミシンを購入された××さまですね?
     クレジット内容の確認をさせていただきます。 なんたらかんたら・・・」
     しっかり意識を集中して内容を聞く。 確かにさっき、兄ちゃんが電話で話していた内容と
     一致する。 はい、O,Kです。 もう、いいです。 これで、兄ちゃん、帰りますね?

     にゃおの話から、兄ちゃんには、その電話がクレジット会社からのものだとわかったはずだ。
     だったら、もう用は済んだでしょ? 
     けれど、兄ちゃんは、一向に腰を上げようとしない。 なんなんだ? なんなんだ??
     すると、兄ちゃんは、ものすごく、さりげなく、なんとも不可解な一言を発したのだった。

     「・・・まだ、時間、あるんですか? 子供さんのお迎えとか・・・」

     はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜????Σ(@@;)

     ちょ・・・ ちょ、ちょ、ちょっと待て、兄ちゃん! あんた、何を言ってるんだ? ミシンの説明は
     とっくに終わってる。 クレジットの確認も済んだ。 物も片付けてしまっているというのに、
     その台詞は何?  それは何を意味してるというのだ???  にゃおは、内心、ビビリまくった。
     ものすごいスピードで頭の中にいろんなことが駆け巡る。 なんだ、なんだ、なんだ?  
     自慢じゃないけど、にゃおは美人じゃないし、人間の気ぐるみを着た豚さんだし、誘惑するには
     ふさわしくない。 もしかしたら、22万のミシンをその場でポンって買っちゃうくらいだから、
     金持ちのマダ〜ムに見えたんだろうか? じょ、じょ、じょ、冗談じゃないぞ。 
     にゃおの思い違いだとしても、これ以上、兄ちゃんといるのは危険だ!!
     時計を見た。 1時50分を指している。
     「2時に子供を迎えに行くんですよ」
     とっさに嘘が出た。 幼稚園じゃあるまいし、保育所に2時に迎えに行くことなんて滅多にない。
     だけど、男で独身の兄ちゃんにはそんな細かなことはわかるはずもない。 
     兄ちゃんも時計を見ると、「ああ、そうなんですか」と、なんとも内心の読めない返事をした。
     そだそだ。 もう迎えに行くんだから、さっさと帰れ!!
     にゃおは全身から、「早く帰れオーラ」を発射して、じっと沈黙した。 重苦しい時間が流れた。
     兄ちゃんはタバコの火を消したが、まだ立ち上がる気配を見せない。 にゃおは、痺れを
     切らせて、「今日はどうもありがとうございました」と言いながら立ち上がった。
     それにつられるようにして、兄ちゃんが、「あ、じゃあ・・・」と立ち上がる。

     ようやく、持っていた手カバンを持ち、立ち上がって玄関へ向かう兄ちゃん。
     「それじゃ、また何かあったら、いつでも電話してください」
     そう言って、玄関の戸を閉めた兄ちゃんが車に乗り込み、走り去っていく音を確認してから
     にゃおは、胸一杯に空気を吸い込んで、思いっきり吐き出した。

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