悲しき口笛

     2003年2月、にゃおの子供が口笛を吹くようになった。
     吹くと言っても正確には音が出るようになったと言う感じだ。
     それまでは息が出るばかりだったのに、ピーという音が出た瞬間の子供の嬉しそうで
     誇らしそうな顔。 その後、度々口をとんがらせて、一生懸命に口笛の練習をしている
     子供を見ると、自分の子供の時のことを思い出す。


     にゃおが口笛を吹けるようになったのも、5歳の時だった。
     けれど、それはにゃおの子供のように誇らしいものではなかった。

     『トラウマ?』に書いたように、にゃおは5歳の時、近所の幼稚園に編入した。
     友達がなかなかできず、帰りの園バスには2人1組になって手をつないで順番を待つ
     のだけど、誰とも手をつなげないにゃおはいつもバスに乗り込むのが一番最後だった。
     しかも座る場所がなく、常に入り口付近にあったポールにつかまって立っていた。
     自分が降りる場所まではほんの5分程度の短い距離だったけど、とてつもなく長い
     惨めな時間だった。 バスの窓からじっと外を眺めて早くバスが着かないかだけを考えた。

     ある日、いつものように入り口付近に立って口を尖らせて遊んでいた時、ヒュッっと音が出た。
     お? 注意深く同じような口の形にしてみると、さっきのような音ではないけど、シューという
     息に混じってほんの少しピーと別の音が出た。 口笛だ!!
     にゃおはその時から、帰りの園バスの中を口笛の練習時間にした。
     自分でいろいろ口の形を工夫して音を出す練習をしていると、長いバスの時間があっという間に
     過ぎる。 こうしていれば、ひとりぼっちの寂しさや惨めさをひと時、忘れていられる。

     誰も手をつないでくれなくていい。 ひとりぼっちでいい。 
     だって、こうして口笛の練習をするんだから・・・
     孤独な自分への言い訳ができて、いくらか救われた気分だった。

     その後、ヘタクソながらに、とりあえず、曲もどきの音階が出せるようになった。
     今でも、そのヘタクソ加減は変わらないけど、子供に取っては「すごい」ことに映るらしい。
     「おかあさん、上手じゃねぇ。 どうやって練習したん?」
     こんな時、にゃおは笑って答える。

     「一生懸命、練習したら出来るようになったんよ」

     あの時のことは、まだ、「音」にするには辛すぎる想い出だ。

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