お祓い

     にゃおは蓄膿症だった。 いや、正確には鼻のアレルギーで蓄膿症のような症状が
     出ていただけだったんだけど、その当時は、家族中の誰もが蓄膿症だと信じていた。
     (詳しくは「さるの おしりは まっかっか」でどうぞ。 リンクで飛べます)
     いろんな薬を試した。 父がどこからか蓄膿症によく効くからと高価な薬を買ってきて飲ませてくれた。
     それでも全然、良くならなかった。

     そんなある日のこと、父が一枚のチラシを持って帰った。
     なにやら難しい漢字がたくさん使ってあって、まだ小学校低学年のにゃおには読めない。
     父がそのチラシを指差しながら母とにゃおに説明をする。

     「有名な祈祷師が来るんと(来るんだって)。 こんなチャンスはもうないかもしれんぞ。
     行ってみんか?(行ってみないか) 治るかもしれんよ」

     キトウシ? キトウシって何? それ、美味しいの?(←ベタなボケじゃ)
     場所は岡山のとある場所だった。 岡山ってことは記憶にあるけど細かな住所は覚えていない。
     ただ、岡山=とても遠い という図式があったから、そんなところにまで行くのか?!と
     ビックリした覚えがある。 そして、ある日の日曜日、にゃおは父と新幹線で目的地へ向かった。

     恐らく季節は秋頃だったんじゃないかな。 なぜって、確かその時のにゃおはビロード地の
     一張羅のワンピースを着て、白いハイソックスを履き、これまたお出かけ用の黒い靴を
     履いていた記憶があるからだ。 

     新幹線に乗ったことは覚えているけど、そのあと、どうやって目的地まで行ったのかはわからない。
     ただ、某宗教が建てるような大きな社のようなものを、何かの乗り物の窓から眺め、
     あそこだよと父に指差された記憶がある。 たくさんの赤い幟が立ち、たくさんの人が群れていて、
     建物全体から煙のようなものが立ち昇っていた。 一種独特の空気が漂っていた。

     大勢の人のほとんどは、どちらかと言えば中年から年配に近くて、にゃおのような子供は
     いなかった。 いても、それは子供がメインではなく、家族の誰かについてきたという感じだった。 
     建物の周りには屋台が並んでいる。 まるでお祭りのような風景。
     一体、これから何が始まるのか、にゃおの胸はドキドキした。

     やがて、大きな建物の中に入る。 テレビで見るような大きなお寺の本堂の中のように天井が
     高くて広い空間。 その間に何本もの太い柱が立っている。 中央には神様を祭るような豪華な
     祭壇があって、そこから何本もの太い煙が立ち昇っている。
     建物の外に出ていた煙はこれなのだろう。 鼻をつく薫物の臭いがした。 鼻の悪いにゃおに
     臭ったくらいだから、相当キツイ臭いだったに違いない。

     やがて、マイクを通して何かのアナウンスがあり、人々が居住まいを正して静かになる。
     偉い祈祷師さんが登場して、祭壇の前で祝詞のようなものをあげたりしている。
     みな、正座をしてじっとその様子を見ているのだけど、にゃおは足が痺れてしまって
     ごそごそしていた。 その後、今度は一人ずつ祈祷師さんの前に進み出て、お祓いを受ける
     白い紙で出来た、神社に飾ってあるようなやつが棒の先についたものを、「祓いたまえ、
     清めたまえ」のごとく、頭の上で左右に振る。 にゃおも同じようにしてもらった。

     なんだ? 今のはなんだ?
     子供のにゃおにはよくわからない。 今ので終わり? そんなので、この鼻が治るの?
     父が「どうだ?」と聞くけど、よくわからない。 なんだか鼻の通りがいいようでもあり
     なんでもないようでもあり・・・

     その後、当たり前と言えば当たり前だが、にゃおの鼻はよくなったりはしなかった。
     それについて、母も父も「祈祷は効かなかった」みたいなことをにゃおの前で話したりしなかった。
     結局、ちょっとした日帰り旅行になっただけだった。

     それでも当時の父にしてみれば、鼻が詰まって苦しい思いをする子供がよくなればと藁をも
     すがる思いだったのだろう。 父は一家の大黒柱としては失格の人間だったけど父親としては、
     とても良い人だった。 今にして思えば、そこまでしてくれるのは、なんとありがたいことだったろう。

     あの祈祷師とは一体、何者だったのか。
     今、父に聞いたところで父も覚えてはいないだろう。
     ちまたには大小さまざまな宗教団体がある。 自分を神と名乗って信者にあがめられる人がいる。
     本当に神なら人々を救え。 救えない(治らない)のはオマエの心がけが悪いからだ・・・
     なんて言い訳はするな。 神なら自分の力の代償に金品を要求するな。 無償で行え。

     でも、面白い経験だったんだけどね。

                 目次へ     HOME