田舎に住むなら

     水の少ない時期が続いてはいたけど、それでもなんとか、「もらい水」をすることもなく
     田んぼの毎日は過ぎていた。

     そろそろ、第一の農薬散布の時期。 この時期は春から梅雨前の頃で、田んぼではカエルの
     合唱がうるさいくらい。 よく見ると、ちっちゃなおたまじゃくしがそこかしこに泳いでたりして
     自然の営みを感じさせてくれる。
     だけどね・・・ 農薬をまくと、残念ながら、ほとんどのおたまじゃくしが死んでしまう。
     だって猛毒だもん。 そりゃあ、生き残るってのが難しいのは当たり前。 そうでなくても
     田んぼはいつも水があるわけでなく、「干す(田んぼの水を干上がらせて、土の中のガス抜き
     をしたり稲の根元にしっかりと太陽を当てて丈夫な稲にするために行う)」こともあるから、
     水中生物のおたまじゃくしにとったら大問題よ。 水が干上がったあと、田んぼの中を歩いた
     足跡がくぼみになって、そこにかすかに溜まった水に、おびただしい数のおたまじゃくしが
     固まってる。 みんなじっとして動かない。 そうして次に水が入れられるのをひたすら
     待つんだけど、たいていは水がとうとうなくなってしまって死んでしまうんだな。 そんなことが
     何度も繰り返されるのに、夏になると、これまた、恐ろしい数のカエルがあちこちでピョンピョン
     するのよね。 もちろん田んぼで生まれ育って大人になったあのおたまじゃくしたち。 
     すごい生命力だ。 あれだけの困難を乗り越えて無事にカエルになったアンタたちには
     「ベスト オブ カエル賞」をあげたいくらい(笑)

     そういうわけで、田んぼを干したり、農薬をまくと、たくさんのおたまじゃくしが死んでしまい
     水の中、あちこちに白い腹を見せた死骸があるわけだ。 (もちろん、この死骸は他の
     おたまじゃくしのエサになったり、田んぼの肥やしとなって、ちゃんと役に立つんだよ)

     さて、ちょっと本筋を外れたのだけど・・・
     この頃になると、田んぼの周りは子供たちの声でにぎやかになる。
     いつの時代も同じで、田んぼのおたまじゃくしを捕ったり、水遊びに忙しい。
     たいていは無邪気なんだけど、その無邪気さが、かえって農家を悩ませたりするんだな。

     例えば、「水門」。 にゃおんちの場合、田んぼに水を入れる部分に、水門のサイズに合わせた
     厚めの一枚板を扉の代わりに使っている。 水をせき止めたあと、この水門の開け具合を
     調節することで田んぼに入る水量を調節するんだね。 
     子供が学校から帰って遊びに出かける時間帯、にゃお家の田んぼはたいてい、水門が
     閉め気味になっていて、田んぼには水がチョロチョロ程度にしか入っていかない。 これは
     午前中で満水に近い水位にしておいて、午後からは稲の吸い上げや、蒸発分をのみを
     補うって意味がある。 あまりたくさん水をいれてしまっては水温が上がらず、稲の生育が
     悪くなる。 少なすぎると、水が減りすぎて、翌朝にはカラカラ状態になってしまう。 
     そうなるとモグラが穴を開ける確率も高くなって、とっても困っちゃうのだ。

     ところが、子供が用水路で遊んでいるうちに、いたずら心で水門を触ってしまうことがある。
     水門はブロックで簡単に「つっかえ」がしてあるだけだから、引き上げて水量を増やして
     しまうことはほとんどなくて、水門を落としてしまうことが多い(つまり閉めちゃうってことね)。
     これを知らないままでいると、夕方、水を止めようと思って行った時には水はほとんど入って
     いないばかりか、天候によっては、田んぼがすでに干上がっている状態になっちゃうのだ。
     一度なんか、近所のバカが、水門を引き上げて、あろうことか、用水路に流してしまった。
     偶然、その現場を見たにゃおは、待て〜〜とばかりに追いかけたけど、見失っちゃった。
     水門がなけりゃ、水の調節はできない。 別の水門を作るにも、板がない。 どうするべー(T_T)
     その時は、とりあえず、水門の代用にできるベニヤ板があったから、それを主人に
     ノコギリで切ってもらって、その場をしのいだけど、まったく腹が立つったらありゃしない。

★★★

     それから、やたらと田んぼの中にものを投げるやつもいる。 たいていは自分の手の届かない
     ところのおたまじゃくしだの、虫だのを自分の方へおびこうとするためらしいけど
     裸足で田んぼに入ることの多いにゃお家(入るのは主人だけど)。 石とかプラスチックとか
     腐らないものが入ってると怪我をする可能性が高くて危ない。 これも見かけたら
     注意するけど、毎年、なくならないイタズラのひとつだ。

★★★

     さらに、にゃおんちに迷惑がかかる・・・ということではないけど、とても厄介なことがある。
     それは、先に述べたように、農薬散布をした時のこと。
     農薬の毒でおたまじゃくしが死ぬ。 白い腹を見せて死んでいる。 もちろん、そのそばには
     運良く生き残ったおたまじゃくしが泳いでいる。 子供たちが、おたまじゃくしを捕ろうとする。
     水の中に手を入れる・・・

     この時期にまくのは粒剤。 水を満水状態にしておいて、粒の農薬をまく。 それがゆっくりと
     水に溶け込んで、その水を稲が吸って、農薬成分を含んだ稲の葉を害虫が食べ、やっと
     害虫を駆除するという、長い時間がかかる形。 即効性はないけど、粒をまくってことは
     省力だし、粉剤と違って近所への迷惑もほとんどかからない。 害虫が少ない時期には
     とても有効な農薬なわけだ。 当然、水に溶けた農薬でおたまじゃくしたちは死んでしまう。
     そんな、農薬の粒がまだ水中に残っている。 おたまじゃくしたちと一緒に、白い粒々が
     沈んでいる。 水の中は農薬の成分がいっぱいなのだ

     わかるでしょ?
     そんな中に手を入れて、もしもその手をしっかり洗わずに口に入れちゃったら?
     微量だとしても、すぐに影響が出ないとしても、農薬が身体に入っちゃうのよ?
     ヤバイでしょ、それって。

     ある日、どこかのお父さんが3歳くらいの子と、2歳になるかどうかくらいの子を連れて散歩してた。
     その頃、にゃおんちの田んぼには粒剤の農薬がまかれて、水中には白い粒々も残ってた。
     子供が田んぼの中のおたまじゃくしを見つけて父親に言う。

     子供:「おとうさーん、見て。 おたまじゃくしがいっぱい死んでるよー」
     父親:「あー 本当だねぇ」
     子供:「あ、こっちのは動いてるー(水の中に手を入れてすくっている)」
     父親:「ほらほら、すばしっこいから逃げちゃうぞ(笑)」
         (足元で小さい子が、水に手を入れて遊んでいる)

     それを家の中から見ていたにゃおは、見かねて外へ出て言った。
     この田んぼには農薬がまかれていること、水の中の白い粒々がその農薬であること。
     おたまじゃくしが死んでいるのは、農薬のせいだということ。 
     農薬成分の混じった水を手で触ったら、早く綺麗な水で十分に洗わないと怖いですよ・・・

     お父さんは慌てたように子供を抱き上げ、もう1人の子の手を引いて、
     「早く帰って、手を洗おう」と言いながら去っていった。


     田舎はどんどん都会化されて、新興住宅地には、たくさん、都会から人が移り住んでくる。
     中には田んぼなんて見たこともない人もいるだろう。
     でもね、田舎に住むなら、田舎のルールってものを知らないといけない
     田んぼでも畑でも、第三者には「?」って思うことでも、ちゃんと意味があったりするのよ。
     だから、むやみやたらと、触らないでちょうだい。 ほんのちょっとのつもりかもしれないけど
     こっちにとったら大事になることだってあるんだからね。
     それから親はきちんと子供に、田舎で住む時の心得を教えるべき。 
     今回のように、おたまじゃくしが死んでるってことにどれだけ大きな意味があるのか、
     親がちゃんと勉強して子供に教えなくちゃ。 とりかえしのつかないことになっても知らないよ。

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