弱者の叫び

     にゃお地域では例年、10月の半ば頃に稲刈りをする。 だけど、今年の異常な暑さで
     稲の実りは早かった。 9月も終わりにさしかかろうというのに連日35度前後の気温が続いた。
     主人は田んぼを見渡しながら、こう、つぶやいた。

     「今年はもう刈れそうじゃのう(刈れそうだな) (稲を刈ってくれる委託の人に)電話しといてくれや」

     そこで、にゃおは、その晩、電話をかけた。
     これこれこうで、もう今月中には稲刈りができそうな気配だからお願いしますと言うと
     明日にでも様子を見に行きましょうと返事が返ってきた。

     翌日、委託の人がやってきて、稲をしげしげとみる。

     委託の人:「こりゃあ、(刈るのは)まだですよ。 見てご覧なさい。 まだ根元が青いでしょう?
            これがもう少し黄色くならないと」

     確かに一面、金色に見える田んぼだけど、株の根元は青さが残っている。

     委託の人:「10月に入ったら、また様子を見にきて刈れるようなら刈りましょう」

     そのことを仕事から帰って来た主人に告げると、「このままじゃ、実りすぎになるで」と
     心配顔になったが、どっちにしろ、刈ってくれる人の都合に合わせるしかない。
     委託の人が10月になって、もう一度様子を見に来てくれるのを待つしかなかった。

     普通、9月に入ると秋のさきがけなのか、雨がよく降るようになる。
     田んぼに水を入れなくても、降る雨で水がまかなえるから、にゃおたちも楽になる。
     ところが、雨の降る気配はなく、ただ異常に暑い日が続くだけ。 田んぼもカラカラに乾いて
     しまうから、どこの田んぼでも用水路から水を引くというありさま。 そうなると一番
     下流の田んぼのにゃお家には、ちびっとの水すら流れてこない。 流れてきたとしても
     中途半端な水量では、稲が蒸れて、かえって病害虫を発生させかねない。 それに
     稲刈りをしてもらうとなると、コンバインがスムーズに動くよう、田んぼを乾かしておく必要が
     あるから、おいそれと水を入れることができない。 早く刈りに来てくれないかな。
     稲刈りの日を早く決めてくれないかな。 
     晴れ上がって暑い日々は、それからも続いた。

     10月になっても、委託の人が田んぼの様子を見に現れることはなかった。
     あちらこちらの稲刈りを請け負っていて忙しいのだろうけど、見に来ると言いながら
     来ないのはどういうことだろう。 いつ刈ると言われるかわからないから水が入れられない。
     なんだか見た目にも稲がパサパサしているような気がする。

     10月の半ばを過ぎた頃になって、ようやく、「明日、刈りに行きます」と連絡が入った。
     刈り取ったモミを袋に詰めず、直接トラックの荷台に流し込むタイプのトラクターだから
     作業も早く、翌日には玄米となって、にゃお家に戻ってきた。
     戻ってきた玄米の袋を開けてみると、主人が渋い顔をする。 見ると、例年に比べて
     粒が小さい感じがした。 素人のにゃおには、その程度しかわからなかったけど
     主人は「今年の米は悪い・・・」と落胆した。
     ともあれ、稲刈りが終わったことで、今年の田んぼは終わった。 あとはお米屋さんに
     引き取ってもらうだけ。

     数日後、やって来たお米屋さんは、米袋を開けて手の平にモミを取って見るなり唸った。

     「今年は厳しいねぇ」

     この猛暑でどこの田んぼも、作柄はあまりよくなかったのだそうだ。 みんな水不足気味で
     米粒が小さいらしい。 お米屋さんのご主人は、モミを主人に見せながら説明をする。

     お米屋さん:「これ、わかる? 米に筋が入っとるでしょう? これ、米が割れとるんよ。
             今年は暑すぎたけぇね。 みんな立ち枯れみたいになっとるんよ。 
             これ、農協に持って行ったら等外で引き取ってもらえんよ」
     主人:「立ち枯れとるん? 今年は暑すぎて水が足らんかったからのう」
     お米屋さん:「もうちょっと早ように刈っちゃったらよかったんよ」
     主人:「早ように刈ったら大丈夫だったん?」
     お米屋さん:「うん、今よりはもうちょっとましよね。 粒が小さくて割れとったら厳しいわ」
     主人:「早ように刈ったらえかったんか・・・(よかったのか)」

     早く刈るってったって、委託の人の都合次第だもの。
     今年は早く刈ってくださいってお願いしたのに、結局、いつもと同じ時期になっちゃって・・・
     もし、9月の終わりに刈ってくれてたら、もし、せめて10月に入ってすぐに刈ってくれてたら・・・
     去年より、一袋(30キロ)500円以上安い値がついた米袋を見ながら、ため息が漏れる。

     自分たちで刈るなら、自分たちの都合のよい時に刈ればいいのだから問題ない。
     だけど、人様にお願いして刈ってもらうとなると、どうしても相手の都合が優先になる。
     高いお金を出して刈ってもらってるんだぞ。 高いお金を払った上にこの仕打ちはないよ。
     お金を払う以上、こっちの要望を聞いてくれないと困るよね。 でも、もしも、こっちが
     文句を言って、「そんなことを言うなら、もう刈ってあげない」なんて言われたら、もっと困っちゃう。
     こうして稲刈りを請け負ってくれる人も年々、高齢化してきて少なくなってるんだもの。 代わりの
     人を見つけることはとても難しい。

     結局、こちらの弱みを握られたような形になるんだよね。
     あう〜〜〜 チクショー バカヤロー みんなキライだぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜

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