仁義なき戦い3

     しばらくの間、例の大穴からは大きな水漏れは起こらなかった。 石垣から染み出すような
     水漏れはあったけど、足で踏み踏みすれば止まる程度だった。
     でも気を抜いちゃいけない。 この穴は修理できているのではなくて、一時的に水が漏らない
     だけなんだから。 だって、最初に突っ込んだ布は水止めにほとんど役に立たなかった。
     後から入れた稲の株でようやく止まったという感じ。 だけど、株はそのうち腐ってくる。
     腐ってきたら量(かさ)が減る。 ということは、また穴が開く可能性大ってなわけだ。

     ある日のこと。
     朝から田んぼには水を入れていた。 にゃおは買い物に行かなくてはいけなかった。
     買い物に行くと1時間は帰って来れない。 いつ穴が開いて水が漏れるかという不安があって
     なかなか長時間の外出ができずにいた。 だって、水を入れてしばらく様子を見てから出かけても
     その間に穴が開いて、たくさんの水が流れ出てしまうなんてこと、今までに何度もあったもんね。
     水を入れる日は30分置きくらいに見回りに行かないと不安でしかたなくなるくらい。
     今日は売り出しの日だから人も多い。 レジも混むだろうから時間がかかるに違いない。
     出かける直前まで何度も見回りし、例の穴の所も踏み踏みしたりして水漏れをチェックした。
     踏んだ感触も硬くて大丈夫そうだったし、1時間くらいなら問題ないみたい。
     にゃおは出来るだけ急いで買い物を済ませたのだった。

     行き帰りの道路から、にゃお家の田んぼの石垣が見える。 道路に面した土地は、とある
     自動車運送会社の駐車場になっていて、いつもは大きなトレーラーが何台も止まっている。
     この日はトレーラーが一台、端っこの方に止まってるだけだった。 滝のように水漏れする
     石垣の部分を横目に見て、無事な事を確認しながら店へと急いだ。
     そして帰り道、行きと同じように横目で石垣を見ると、チラリと何かが見えた。

     あ”・・・Σ( ̄□ ̄;)
     ぞわぞわっとするような悪寒が背中を駆け上がって、耳がカーっと熱くなった。
     やられたか?!
     車を止めると、納屋から鍬を持って畦(あぜ)を走る。
     やっぱり・・・!!
     石垣の途中から噴き出している水が見える。
     ちくしょー あれだけ行く時にチェックしてったのにぃ〜〜〜

     近くへ行くと、同じような場所にポッカリと穴が開いていて水が流れ込んでいた。
     だぁ〜 腹立つぅ〜〜〜
     鍬で穴の周りに土で関を築くようにして、水が流れ込むのを防ぐと、また小走りで家に帰った。
     今のにゃおは半そでにスカート姿で、とてもじゃないけど穴を修理できるような格好じゃない。
     それに夏の炎天下、車に積んである生ものも傷んじゃう。 今の関で数分間は穴に
     水が入り込まないだろうから、その間にちゃんと準備していかなくちゃ。

     生ものだけを冷蔵庫に突っ込み、ズボンに長袖のシャツを着る。 首にはタオルを巻いて
     帽子をかぶって外に出る。 ギラギラの陽射しに、すぐ汗が噴き出る。
     ボロ布を詰めたビニール袋とバールを持って、また穴の所へ戻る。
     田んぼの中に入って穴を覗き込んでみると、この前、三株も突っ込んだというのに、あとかたも
     ないじゃない!! またしても真っ黒い穴がポッカリと開いてるだけ。 この時期の株って
     結構、太さがあるのに、それすらも穴の奥に吸い込まれちゃったってわけ?
     この穴は底なしなのか?!

     関の一部を壊して水が穴の中に流れ込むようにする。 その流れに合わせて小さめのボロ布を
     流し込んだ。 この前と同じように、ヒュッってな様子で吸い込まれてしまう。 何枚も同じように
     小さめのボロ布を突っ込こんだら、今度は大きめのボロ布を突っ込みバールでグリグリとねじ込む。
     1メートル以上もあるバールの半分くらいまで穴に埋まってしまう。 なんちゅう穴じゃ。 どこまで
     深いっちゅうのじゃ。 まるでブラックホールじゃああああ〜〜〜 

     大きめの布を3枚くらい入れたところで、石垣から噴き出る水の量がだいぶ減ってきた。
     バールでドンドン突いても手ごたえがある。 直径10センチくらいの穴だから、これだけの
     布が入ればいい加減、埋まってくるのかな?
     そこで今度は泥を入れ込んでバールで突く。 布の隙間に泥が入り込むように突く。
     今度は本格的に泥を穴に入れて突く。 水と一緒に大量の泥も流れ出てしまっているから
     泥が足りない。 周りの泥を取ってしまうと、あとあと困るから、別の泥がたくさん集まっていて
     取っても支障のない場所から運んでくる必要がある。 また家に帰ってバケツとスコップを持ち出し、
     泥をすくって入れると穴の場所へ運んだ。 それを半分移して足で踏む。 石垣からの水は
     少しだけど、まだ止まっていない。 踏んで、その圧力で出来るだけ穴に泥を入れ込むか、
     せめて穴に残っている水が出切るのを待たないと。
     残りの半分を入れて踏む。 どろどろの田んぼの中、足が取られて転びそうになるのを
     バールで支えながら踏む。

     暑いよぉ〜 汗が目に染みるぜ。 なんで、にゃおがこんなことをせにゃいかんのだぁ。
     くそっ! 早よ、水、止まらんか!! ああ、腰が痛いぃ〜〜

     ぶつぶつ独り言を吐きながら踏む。
     何度目かに石垣を覗くと、水が止まっているのが見えた。
     ふぁ〜 止まったか・・・
     なんだかもう息が上がって、はぁはぁ犬みたい。 一体、どれくらい時間が経ったのかな?
     時計を見ると1時間近くが経っていた。 
     しまった、時計を見るんじゃなかったよ。 見たとたんに、どっと疲れが出ちゃったA^-^;)
     急に体がだるくなる。 畦(あぜ)には鍬にバールにバケツにボロ布が散乱してる。
     これを持って帰るのか・・・ ぐえっ (((o_ _)o
     引きずるようにして道具を持ち帰って用水路の水で泥を洗い落とす。
     あ、スコップも洗わなくちゃ。 今度は眠気が襲ってくる。 眠い・・・ お腹も空いたけど眠い。
     着替えようとしたら、ズボンも上着も泥だらけになっている。
     こういうのは、しっかり乾いてから払い落としたほうが、よく落ちるのよね。 乾ききってない
     うちに触ると被害が大きくなるから、そっと、そっと。 でも汗で張り付いて上手く脱げないぞ(~_~;)

     ああ、もうヤダ。 もう疲れた。 眠い。

     台所までノロノロ歩いて行くと、浴びるようにお茶を飲んだ。 水で顔を洗って、扇風機を回して
     寝っころがりながら涼む。 わざと大きな息を吸ったり吐いたりしていると少し体が落ち着いてくる。
     眠い、眠い、眠い。
     そのまま、にゃおは爆睡した。


     その後、稲刈りが終わるまで、例の場所は多少の水漏れがすることはあっても大きな穴が
     開く事はなかった。
     当たり前だよ。 あれだけ苦労したんだもんね・・・

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