一触即発な出来事

     その日、主人とにゃおは田んぼに出て、畦(あぜ)に土盛りをする作業をしていた。

     畦(あぜ)の中間地点に、にゃおは「怪しげな物体」を発見した。

     なんじゃろなー???

     こげ茶色っぽくて、なんだか表面が固そうだ。
     近づいてみると、ちょろちょろと、そこから硬い線のようなものや、コイル状の物などが見えた。
     すぐに主人を呼ぶ。

     主人が持っていたスコップでつついてみる。
     ガリッっと硬い音がした。 崩れた中からはゴロゴロと細い銅線のようなものが現れた。
     いわゆる「鉄くず」だ。
     炉のようなものの中で焼いた後に残るくず。
     よくよく見ると、他にも金具のようなものが混じっている。 

     「誰が捨てたんじゃ」

     主人の顔色が変わった。

     にゃお家の田んぼは細長い台形のような形をしている。
     ブツが捨てられていた地点は、台形の一番長い辺にあたる場所の真中あたり。
     そして、畦(あぜ)の際よりは少し田んぼの中に入った場所。
     ここに捨てるためには、にゃお家の前の道から田んぼの中を通過するか、下の休耕田(今は
     とある運送会社の大型トラック用臨時駐車場となっている)から来て、150センチ以上はある
     石垣を越えて、ブツを投げ上げるようにしなければならない。

     どちらにしても、捨てたヤツは明確な意思を持って、ここに捨てたのだ。
     ただ捨てるだけなら、こんな場所に捨てなくていい。
     田んぼの端っこに投げておけばいいのだ。
     それをわざわざここまで運ぶということは、どういう事なのだろう?
     誰かが(こんな事をするのは、100%子供を除外して考えていい)田んぼの真中の方まで
     入っているということは、すごく目立つ。
     なにせ、にゃお家の田んぼは、棚田のような場所の一番下だし、周りから丸見えなのだ。
     にゃお家以外の者がうろついていれば、それは容易に人の目を引く。
     となると、ヤツは夜に捨てに来たと考えるのがいいだろう。
     夜ならトラックが駐車されていて、県道から見えにくい。
     ただ、トラックにイタズラされる事を防止する意味があるのか、電灯が設置されているから
     まるっきり宵闇に紛れる事も難しい。
     さらに、土地鑑がないと、こんな事はできない。
     日頃から、どこかいい捨て場所がないかと考えなければ無理だ。
     県道は大川に沿って走っているから、道路から川に向かって投げ捨てた方が、よっぽど
     早いし見つかりにくい。

     近所の人間なのか?
     鉄くずが出る仕事なんて、この辺でそうそうあるとは思えない。
     それに、そういう仕事なら、きちんとそういったゴミを回収してくれる業者がいるはずだ。
     わざわざ捨てに来る意味はなんなのだろう。
     嫌がらせなのか?

     ひとしきり、主人と二人して推理ごっこをしたあと、主人が下の休耕田を借りている運送会社に
     電話してみた。 仕事の内容から言って、その会社の人間、つまりトラックの運ちゃんたちが
     犯人であることは考えにくい。 彼らはそのようなゴミを出すような仕事内容ではないはずだから。

     それでも、もしかしたら・・・という思いと、夜中も出入りがあるし、誰か何か知っている人は
     いないかという思いとで電話したのだった。


     すぐに会社の責任者の人がやってきた。
     当然、会社にいた社員の運ちゃんも数人ついてきた。
     始めから駐車場にいた運ちゃんたちも、何事かという面持ちで集まってきた。
     主人を含めて何人もの男たちが田んぼに上がり、ブツを確認する。
     当たり前だが、会社側は無関係を主張した。

     主人としてはやり場のない怒りで、口調が荒い。 彼らに当たっても仕方ないとはいえ、このまま
     泣き寝入りする事への腹立たしさがにじみ出ていた。
     もちろん、彼らは、突然、降りかかってきた容疑に、怒りを隠し切れない。
     ヘタをすれば、無意味な怒鳴りあいが始まりそうな気配が漂う。
     ただ、そばで聞いているにゃおはドキドキして、手にしたカマを握り締めた。

     万が一の時は、向こうは素手。 こっちは、カマにクワと武器がある。
 
     あとになって冷静に考えれば恐ろしい話なのだけど、その時は本気でそう思った。

     結局、会社側はただ、主人に呼びつけられて、濡れ衣を着せられそうになって損だらけだ・・・と
     いう顔をして帰っていこうとした。
     にゃおは、そこで思い切って声を出した。

     彼らが来てから、ゴミの投げ捨てが多い事。
     それは彼らだけのゴミではないにしろ、借りている以上はキレイに拾う事を心がけて欲しい事。
     なぜなら、ビニールゴミなどは風で田んぼに飛んだり、カラスが咥えて田んぼに運んだりして
     迷惑になるから。 今の時期は拾う事ができるけれど、水を入れたら拾う事は難しいから。

     去っていこうとした彼らが立ち止まって、あたりを見る。
     ゴミだらけ。
     コンビニの袋ごと投げ捨てられているもの。
     ペットボトルや空き缶が転がっている。
     その他もいろいろ。

     彼らは「わかりました。 気をつけます」と言うと、それぞれがゴミを拾い集め始めた。
     ゴミ袋を用意していたわけではないから、とりあえず、集めておいて後から女の事務員さんと
     おぼしき人が片付けに来ていた。
     駐車場はキレイになった。
     でも、にゃおにはわかっていた。
     これがいつまでも続く事はないだろうということを。

     その後、工事が終わって、彼らが元の場所へ引き上げて行くまで、駐車場がキレイに
     ゴミ拾いされていた事はなかった。
     いつものように、ゴミが散乱していたのだった。

     そして、鉄くずは、スコップで田んぼの土ごと多めにすくい取った。 わずかな銅線でも
     残っていると危険だからだ。 10キロ入りの肥料袋いっぱいになったブツは、普通の
     ゴミ収集では取り扱ってもらえない。 そういうものは特別な許可を市にもらって収集してもらうか、
     自分で、専門のゴミ業者に持ち込まなくてはならない。
     どうして、迷惑しているこちらが、そこまでしないといけないのかと、怒りの収まらない主人は
     考えた末に、自分ちの雑木種扱いになっている竹林の中に穴を掘って埋めた。
     その行為が良いのか悪いのかはわからない。
     ただ、誰の胸にも重いしこりを残す出来事だった。

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