農業事件簿  決死の脱出大作戦

    2000年5月28日日曜日。
    前日の大雨とはうって変わっていい天気。 今日は「しろかき」なのだ。
    本当は土曜日に下準備を済ませておいて、この日は午前中から「しろかき」の予定だった。
    それが出来なかったので、まずは下準備を始めなきゃね。
    田んぼに水を入れる。 水がなくちゃ、しろはかけないよ。 水がいっぱいになったら
    暑さで蒸発する分を補う程度に入れる水量を調節して、少しねかせておくの。
    それから今回は先に肥料を撒いておく事にした。 粒状の肥料は一袋20キロある。
    これをにゃおんちの田んぼなら平均3.5袋くらい撒くといいらしい。
    撒くのは主人。 バケツに肥料をいれてそれを下げ歩きながら豆まきのように撒く。
    もちろん一回で撒けるはずもなく、何回も次ぎ足する必要があるよ。 にゃおは広い田んぼの
    どこまで撒いたかを教えるために、主人の目印になって田んぼの周りをウロウロ。 
    時には途中で肥料を次ぎ足す主人のために肥料袋を持って運ばなくちゃいけない。
    半分くらいしかないとはいえ重さは約10キロ。 これを下げて歩くのも楽じゃない。
    さてこの時点で約11時。 朝5時過ぎから活動を始めてた主人はお腹が空いちゃったので
    少し早いお昼ご飯にすることにした。 近くのスーパーのチラシを眺めてた主人、
    売り出しの冷やし中華に目をつける。 まぁ、これなら茹でるだけだし、あとは上にのっける
    キュウリを刻んで薄焼きたまご作ればいいだけだから簡単かなぁ〜と買い物へ。
    こうして順調に作業は進んでいたかのように見えた。

    さぁ、いよいよ本番だよ。 トラクターにかけてあるシートを取って、燃料の軽油も十分入れた。
    ドンガラ、ドンガラと音を立てて田んぼへ進水だ! にゃおはその間に「えぶり」という
    道具を使って田んぼをならすことになった。 「えぶり」っていうのはねぇ・・・ う〜んと・・・
    野球を知ってる人は見当つくかな? 「トンボ」って呼ばれるT字型の木でできた棒みたいなので
    グランドをならしてるところを見たことあるでしょう? プロ野球なんかだと車に乗ってやってるけどね。
    高校野球では未だにこれでグランドをならしてるんじゃなかったかな。 まぁ、それと同じような
    もので同じような働きをする道具なんだよね。 広い田んぼでしろをかいてると周囲を一周するのにも
    結構時間がかかる。 最初は土地はでこぼこだから、水の上に土がぽっこりでてる所もあるの。
    それはいい天気だとすぐに硬くなっちゃうのね。 トラクターが入りにくい角の方は硬くなると
    あとが面倒。 だからその角のあたりをにゃおが「えぶり」で水から土が出ないようにならすわけね。
    かなり力も必要ですぐに腕がだるくなっちゃうよ。 でもゆっくりやればいいや・・・

    と、その時、目端に田んぼの一番奥の方にいる主人が見えた。 そこは地形的には
    台形っぽい形の一番狭い部分。 ここで主人がUターンをしようとしているらしかった。
    そこ、今年、農業用水路の修理で崩したところだから、あんまり土も固まってなくて
    ヤバいんじゃないのぉ〜 と思いながら近づいていく。 案の定、ぬかるみがひどくて
    苦戦してるみたい。 前へ、そしてバック。 これを何回か繰り返してるうちにグラっと
    トラクターが右に傾いた。 ヤバイよ、それ、すっごくヤバイって・・・
    主人が渋面でこっちを見た。 チロっと舌を出す。 やっちまったよ・・・ アウトだ。
    トラクターはあろうことか、農業用水路と平行した形で一番距離の短い位置で立ち往生しちゃった。
    トラクターの前、1メートルちょっと、後ろが2メートルちょっと。 おまけに泥をかき回す
    役目の回転する刃(ツメって呼ぶんだって)がコンクリートのあぜに乗っかってる。
    どうする? と相談してる間にも水でゆるゆるの泥の中に、重いトラクター(1トンくらい)が
    じわじわと沈んでく。 緊急事態だ! とりあえず、トラクターを買った販売店にSOSを
    頼むことにした。 そこは農機具を売るだけじゃなくて、いろんな相談やヘルプもしてくれる
    ところだし、日曜日は休みじゃない。 何とかしてぇ〜!!

    15分くらいでにゃお家担当のお方が別のトラクターを積んで駆けつけて来てくれた。
    これで引っ張り出そうというわけなんだね。 でも、先にも書いたけど、いかんせん、
    こっちのトラクターの向きが悪い。 助けに来たトラクターに対して横っ腹を見せてる
    わけだから引っ張るのも難しい。 これが頭なりおしりなりを向けてるんならトラクターの
    推進力をあわせて引っ張るのも容易いんだ。 とりあえず、ロープをかけて引っ張るけど
    ビクともしない。 時間が経つほどにトラクターは沈んで行く。 せめて沈むのだけでも
    止めないと! にゃおは主人の指示で「あゆみ」を取りに行った。 「あゆみ」っていうのは
    アルミでできた金属のはしごみたいなもの。 これを使ってトラクターなんかをトラックに
    積み下ろししたり、段差のあるところを通ったりするんだ。 「あゆみ」の重さは約10キロ。
    家から一番遠いトラクターの場所までは移動距離およそ200メートル。 えっちらおっちら
    休み休み運ぶんだけど、もう、重いのなんの。 明日は絶対、筋肉痛だなぁ〜なんて
    思うにゃおにはまだどこか楽観してるところがあったんだろうな。
    今度は水と埋まったタイヤ部分を少しでも出すべく泥を取り除くことになった。
    再び家までスコップ(シャベル)を取りに帰る。 ついでに洗面器みたいなのも持って
    主人と担当の人が泥をかき出す間ににゃおは水を少しでもすくい取って捨てる作業。
    スコップが入らないところは手でかき出す。 それでも少しも事態は好転しない。
    5時のサイレンが鳴った(にゃお地域では朝の6時と夕方の5時にサイレンが鳴るの)。
    担当の人が、もうレッカー車で引っ張り出すか、つりあげてもらった方がいいと言うので
    諦めることに。 今度はイエローページでレッカー車探し。 なんと東京へのフリーダイヤルで
    近くのレッカー屋さんを紹介してもらって来てもらえる事になった。 担当の人に
    何度もお礼を言って、レッカー車の到着を待つ。 日はまだ高い。 うまく行けば
    すっかり暗くならないうちにしろかきができるかもしれなかった。
    レッカー車に来てもらえれば安心だよね。 主人との間に安堵の空気が流れて
    ちょっと笑顔も出る。 

    7時になること待ちに待ったレッカー車の到着!
    主人はレッカー車をトラクターのところへ誘導すべく歩いて行った。
    にゃお家の田んぼは県道に面した田んぼの上の田。 県道に面した田んぼは
    ここ何年も休耕田になっていた。 だからそこからレッカー車に入ってもらえば、
    トラクターの下まで来てもらえるわけだ。 それならトラクターの正面から引っ張って
    もらえるからきっと動くはず。 よかったなぁ〜 なんとかしろかきできそうかなぁ・・・
    あ! そうだ! 苗に水をやらなくちゃ! 大騒ぎですっかり忘れてたよ(苦笑)
    にゃおはホースを取り出すと、暑い日ざしでぐったりしている苗に水をかけた。
    カラカラに乾いた苗箱は貪欲に水を吸う。 いつもより時間がかかっちゃった。
    さて・・・と、水を止めて、にゃおは後ろを振り向いた。 
    は? 
    トラクターはまだハマったまま。 レッカー車はどこ?
    なんと、レッカー車は休耕田にバックで入ろうとしたとたんに、ハマったらしい
    前日に大雨が降って地面が相当ぬかるんでたんだね。 人間が歩いたりするには
    少しも感じないことだったけど、レッカー車みたいに車自体が重いと(4トンくらい)、
    その重みで足を取られたらしい。 ひょえ〜 ハマった車を助けに来たレッカー車がハマッて
    どうするんだよぉ〜!! 運転手の人も主人もいっしょになってあれこれするけど
    レッカー車の後輪は虚しく空回りするばかり。 大汗たらしてがんばってるのを見ると
    気の毒だけど、にゃおは自分ちのトラクターが心配だよ。 近所の人も何事かと見に来る始末。
    まぁ、レッカー車が立ち往生じゃ、そりゃあ、みんなの興味をひくよね(笑)
    すっかり暗くなった8時過ぎ、とうとうレッカー車がぬかるみから脱出した。
    でもこれじゃ、とうていトラクターのところまで行けない。 レッカー車の人は
    一度会社に戻って、もう少し軽い4輪駆動車で再び来ると言い残し、走り去った。
    再び戻ってくるのは約1時間半後。 ぎえ〜 10時近いのか・・・
    にゃおたちはつかの間、休憩することにした。

    さて、ここで大事なことを言わなくちゃいけないよ。 読んでくれてるあなたたちも
    気がついたかな? そう、にゃお家には3歳になったばかりのまだオムツがとれてない
    子供がいるんだよね。 朝からの間、この子はどうしてたんだろう?
    にゃおの子供は親バカって言われてもいいくらい、本当にエライんだよ。
    だって、後追いとかほとんどしないんだ。 田んぼに行ってくるから待っててね〜
    は〜い、いってらっしゃい〜 ってな感じなんだよ。 その間一人で大人しく
    ビデオを見たり、積み木で遊んだり絵を描いたりして待ってるの。
    泣いていっちゃだめ〜なんてほとんど言わない。 オムツがまだとれてないから
    2〜3時間ごとにはオムツ換えをしに様子を見に戻るわけだけど、その時だって、
    泣いてまとわりつくなんてことはないんだ。 あ、おかえりなさ〜いってにこにこ
    出迎えてくれるんだよ。 夕方になって家の中に電気がついててテレビもにぎやかに
    ついてるとはいえ、やっぱりひとりっきりって心細かったり淋しかったりして当然のはず。
    それなのに、相変わらずにこにこ満面の笑顔で玄関先に出迎えてくれる子供を見ると
    涙がこぼれそうになったね。 ごめんねぇ〜 本当にあんたはおりこうさんだよぉ〜って
    ぎゅ〜と抱きしめるとちっちゃい手がきゅ〜と抱きしめ返してくれる。 愚痴一つこぼさずに
    涙一つ浮かべないで・・・ ご飯は炊いてあったけど、他に何も用意してない。
    おむすびを作ってみんなで簡単に食べる。 この埋め合わせは必ずするからねって、
    心で泣きながらも、美味しいねっておむすびをほおばる子供に笑顔で応える。 9時半になって
    歯を磨いて、お風呂に入れてあげる時間がないからさっと洗っただけでパジャマに着替え
    させてベットに入れる。 おやすみなさい〜とやっぱりにこにこ顔で手を振る子供。
    主人と二人、本当にけなげでエライよねぇ〜と、再び涙がこみあげる。 でもこれで一安心だよ。 
    こっちはまだまだ仕事が残ってるからね。 もうすぐレッカー車がやってくる。

    でも4輪駆動のレッカー車もトラクターまで半分の距離のところでやっぱりハマっちゃったんだ。
    今回はレッカー車の人もそれを予測してたみたいで、同じハマっても脱出する可能性の
    高いハマり方をしたらしい。 つまり田んぼ脇に立ってる電柱に向けて突っ込んだんだよね。
    電柱にワイヤーをかけてウィンチで巻いてぬかるみから脱出しようって思ってたらしい。
    田んぼ脇はわりと硬いからハマる可能性が低いしね。 何度も何度も少しずつウィンチの位置を
    変えたりスコップで草をタイヤにかませたりしながら脱出。 ついにトラクターのところまで来た!
    ここからはにゃおの出る幕はなし。 レッカー車の人と主人が一生懸命やることを
    じっと懐中電灯で照らして見てるだけ。 いつしか電気がついて明るかった家々も
    一軒、また一軒と明かりが消え、だんだんと闇の静寂さを迎えていた。
    なのににゃおたちときたら泥まみれの汗だらけで未だにトラクターと格闘している。
    何度も何度もやり方を変え、少しずつ持ち上げたり引いたり・・・ そしてついに少しずつトラクターが
    向きを変えはじめた!! エンジンをかけると、トラクターはヨレヨレしながらも自力で前進し始めた。
    おおお〜 ついにだよぉ〜! やったぁ〜 仰ぎ見た澄んだ夜空にきらめく星々が綺麗だったこと。
    それからお決まりの料金清算。
    最初のレッカー車は仕事はしなかったけどちゃっかり12000円もの出張費を取られちゃった。
    でも次の4輪駆動の出張費は8000円。 作業費が16000円。 消費税を入れて
    計37800円なり。 おお〜 思ったよりは安かったよぉ〜 なんとか主人とにゃおの財布から
    お金をかき集めて現金で支払うことが出来た。 にゃ〜 給料日にちょっと多めに出しておいて
    よかったよ。 もう、すっからかんだけどね(笑)

    さぁ〜 あと一息だ。 ふたたび200メートルの距離を「あゆみ」を2つ運んでそれを使って
    田んぼから戻ってきたトラクターを上げる。 トラクターを元あった場所に収めて
    「あゆみ」を洗って泥を落として。 スコップも元に戻して・・・ 今何時?
    うわぁ〜 11時半だ! よかってよねぇ、「今日」のうちになんとか事が済んで。
    結局「しろかき」は出来なかったけど、しょうがないよね。 でもこれで田植えが予定通り
    できるのかなぁ??? 心配だなぁ・・・
    すっかりぬるくなった風呂の水で泥だらけの体を洗って・・・ ああ、明日は洗濯物が
    いっぱいだなぁ・・・ 体中がだるくて痛いよ。 12時半になってるね。
    もう、「今日」だよ。 ちゃんといつも通り4時半に起きれるかなぁ・・・
    体の痛みでなかなか寝付かれなかったけど、ようやく眠りの国からお迎えが来たみたい。
    ああ、長い一日だった。 本当に・・・ 本当に・・・

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