4つの別れ、3つの邂逅 第一章「第一の別れ」


「おとうさんの大きなて。おとうさんの大きなせなか。
とてもやさしいおとうさんが、ぼくはだいすきです。」

昔書いた作文の結び。

本当に父さんは大きな手をしていた。
その大きな手で、頭をなでてもらうのが好きだった。
本当に父さんは大きな背中だった。
遊びつかれた俺をおぶり、家路につく父さんの背中から、
真っ赤な夕日を見るのが好きだった。

「父さんはな、こう見えても昔はプロを目指してたんだぞ。」
そういってボールを投げる父さん。
「たまには父さんの作る料理もうまいだろう。」
と、少し焦げている卵焼きを食べる父さん。
「けんかにいいも悪いも無い、人を殴って自分が正しいわけがないだろ!」
とすごい剣幕で、友達に怪我をさせた俺を叱る父さん。
「ははは、もうかけっこでも武士には敵わないな。」
と、息を切らしながら笑う父さん。

そんな父さんがいつもそばにいた、小学校の頃。

中学校に入る頃、父さんは体を壊して入院した。
でも、俺の入学式のときには、仕事で来れなかった母さんの代わりに
病気をおして出席してくれた。

うれしかった。

1年の夏頃、父さんは退院した。
俺と一緒にキャッチボールもできるぐらいに回復していた。

冬になると、父さんは多少苦しそうな顔をするようになった。
それでも俺がいるときは、無理して笑っていた。

力になりたい。
無理して笑う父さんを見て、本当にそう思った。

2年のとき、父さんは仕事に復帰した。
もう大丈夫なんだろう。父さんは元気になったんだ。
そう思った。

そんなある冬の日、父さんは急に、
「武士、海に行ってみようか。」
と言い出した。

久しぶりに父さんと外出する。
俺は本当にうれしかった。
その時、父さんが言った事に隠された事を知らなかった。

冬の海。
北国では、相当寒い。
この海で、俺と父さんは2人で釣りをした。

その時、父さんはぽつりと言った。
「お前も中2、14歳になった。昔の人なら元服だな。」
その日は俺の誕生日だった。
「こんなに立派に育ってくれるとは、本当に生きてて良かったと思う。
今のお前を見ていると、もう悔いはない。」
あまりに突然の事で、俺は父親の方を振り返った。
「父さん?」
父さんは答えなかった。
俺の目の前には、口から鮮血を吐きつづける父さんがいた。
自分の目の前に赤いフィルターが貼られたと思うくらいに血を吐いた後、
父さんはその場に崩れ落ちて、動かなくなった。

病院に送られた父さんは、すぐに手術室に送られた。
そしてそこで医者が宣告した事。
食道癌。
しかも末期だった。

実は夏頃から癌細胞が猛スピードで広がっていき、
肺や胃にまで移転しているようだった。

父さんは何も伝えられていないのか、それとも顔に出さないだけなのか、
「すぐに直るから心配するな」と、笑顔で話した。

俺は学校では、明るく振る舞った。
自分が暗くなっているのを父さんは嫌いそうだったから。
そして病院では、なおさら明るく振る舞った。

そして冬は過ぎ、春を経て夏になった。
北国とはいえ、夏になるとやはり暑い。
その間俺は、毎日のように父さんの見舞いに行った。
父さんはいつも明るく迎えてくれた。
しかし医者の話では、
もうどうしようもないところまで病状は悪化しているようだった。

そんなある日、俺はいつもの通り病院へ来た。
そこに、やはり父さんはいた。
しかし、いつもの明るい父さんは、そこにはいなかった。

じっと天井を見詰め、動かない父さん。
その父さんをじっと見続ける俺。
1時間くらい経っただろうか。父さんは口を開いた。
「お前は、俺の病気について何か知っているとは思うが。」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「じゃあお前は、俺の命がもうわずかだと言う事も知っているはずだ。」
父さんは、すべてを察していた。
「教えてくれ、俺はどれくらいの命なんだ?」
その時の父さんには、本当の事以外は話せそうに無かった。
「・・・後1週間くらいと言っていた。」
そう俺は、正直に答えた。
「・・・そうか。」
そしてまた静寂が流れる。
「武士。母さんの様子はどうだ?」
「いつもどおり、明るく振る舞ってるよ。」
「・・・ああ見えても相当参っているんだろう。
俺の死んだ後は、お前がしっかり支えてやれよ。」
「ああ。」
それしか今の俺には言えなかった。

1週間後、父さんは死んだ。
俺が見舞いに行くと、そこには病室の洗面器からあふれ出るほどの血を吐いて、
床の上に横たわる父さんがいた。

その時も、葬儀のときも俺は泣かなかった。
その時俺は、一つの決意のもとに立っていた。
「母さんを俺が支える。」
その一つがあったおかげで、俺は学校でも明るく振る舞う事ができた。

しかし心の中には、二度と消える事の無いような傷を負ってしまった。
そして秋、俺はもう一つの傷を作る事になる。

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無人です。
今回は「親子愛」をテーマにしたかったのですが、どうもこの手のものは苦手ですね。
さて次回も「親子」をテーマにしてみたいと思います。

またコメントを、楽しみにしています。

 

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