4つの別れ、3つの邂逅(斉藤ストーリー)第5章


「もののみのおかには、長い年月を経て妖狐となった狐がいて、
その狐に頼むと、一番会いたい人に会える。
ただし、妖狐は姿を変えることと引き換えに、すべての記憶を無くしてしまう。
そして・・・。」
いつもここで、夢が終わる。
そして・・・なんだっただろう。
とても重要なことかもしれない。でも思い出せない。
もしかしたら、思い出したくないことかもしれない。

父さんとの生活が再開して、2週間が過ぎた。
最初は記憶を無くしていた父さんも、俺が話す思い出話によって、
記憶を少しずつ取り戻していった。
昔のように笑う父さんを見て、昔の生活が戻ってきたと思った。

父さんと一緒に、悲しみの残る施設に別れを告げて、
俺は、俺たちの実家に戻ってきた。
父さんが最後に家にいたときから、変わってしまったこともあった。
母さんのいない家。
あの人は今、隣町にある刑務所で罪を償っているようだった。
父さんも悲しがっていた。
母さんにそこまでさせてしまったこと。
そうならないように母さんを守り切れなかったこと。
つまりが父さんとの約束を守れなかったこと。
それに対して謝ること。

そして、父さんにお礼を言うこと。
ここまで生きてこれたのは、父さんのおかげだったと思う。

この二つを、俺はまだ言えないでいた。

今、その二つを言う必要はなかった。
父さんは今、ここにいる。
もう多分、どこにも行かないだろう。
そう、いつまでも信じていた。
妖狐伝説の後半を知らないまま。



父さんに異変が訪れたのは、3月ももう中旬のこと。
この時には俺はもう学校を卒業していたので、
父さんと一緒に過ごすことが多くなった。
ふと気づいたこと。
父さんは昔、字のうまさには自信があると言っていた。
しかし今の父さんは、漢字どころか、ひらがなさえ書きづらくしていた。
そう考えると、色々なところでおかしな事に気づく。
箸も持てなくなっていたし、字も読めなくなっていた。
そして、3月下旬には、言葉もほとんど話さなくなっていた。

そんなある日、俺は夢を見た。
父さんが話してくれた妖狐伝説。
一言一言が流れるように出てくる。
「・・・ただしその狐は、それまでの記憶を忘れてしまうんだ。
そして・・。」
そして、今まで思い出せなかった事が父さんの口から音に出る。
「そして、その変身は、自分の命を引き換えにしてしまう。
今まで色々な人が消えていく命を救おうとしたけれども、
誰も救うことはできなかったんだ。」

そこで、夢は途切れた。
起きたばかりの頭で、俺は悟った。
そうか。そのはずだ。
死んでしまった人が戻るわけはない。
今いる父さんは、あの時の狐なんだ。
それを俺は悔やんだ。
俺の、父さんに会いたいと言う願いが、1匹の狐の命を絶ってしまった。

・・・いや。
まだ「父さん」は生きている。
その間は、あの狐も生きているはずだ。
あの狐にも、お礼を言わないと。

そう思ったとき、隣で何かが倒れたような音がした。
そこには、もう命がつきかけている父さんがいた。
もう時間はない。今から病院に行っても助からない。
それは分かっていた。
こうなると、もうどうしようもないことが分かっていたから。
それなら、ずっと父さんに言えなかったことを、今言うしかない。

倒れている父さんを抱き起こし、俺は口を開く。
「父さんには、言わなければいけないことがあるんだ。
実は母さんは、今刑務所にいる。
俺が母さんを守っていれなかったばっかりに、
母さんは罪を犯してしまったんだ。
絶対に守ると言っていたのに、
父さんとの約束を守れなかった。
それを本当に悔やんでいる。本当にごめん。
それと、今まで本当に有り難う。
今の俺がいるのは、他ならぬ父さんがいたからだと思う。
ほら。父さんと別れたあの日から、また俺は背が高くなったんだ。
俺は父さんの大きな背中を見て育ったんだ。
俺も父さんと同じような背中を持つ人間になりたかった。
今の俺は、少しは大きな背中をしているかな・・・。」
そういうと、父さんは俺の頭をなでた。
(大丈夫だ。お前は立派に育ったよ。)
それだけが聞こえた。
その時俺は思った。
やっぱり、俺は父さんと別れたくない。
父さんと別れると、すべてを失ってしまいそうだ。
父さんがいなくなったら、もう誰にも心を開けなくなってしまうかもしれない。
置いていかないで。せめてもう少しだけ、俺と一緒にいて。
心の中の叫び。
しかし、それはもう叶わないことと思い出す。
どんどん衰弱していく父さん。
言わなければ。父さんにではなく、「父さん」になった、この狐に。
そして俺は、最後の言葉を言った。
「命を捨ててまで、父さんにあわせてくれて有り難う。
次に会うときは、お互い幸せだといいな。」
最後まで言い切った。
「父さん」は、少しの間驚いたような顔をした後、
今までに見たことが無いほどの笑顔を俺に見せて、
そのまま、静かに息を引き取った。
俺は父さんを抱きしめようとした。
しかし、俺の腕は空を切る。

そこで思い出した、もう一つの事実。
妖狐の「死」は、そのまま「消滅」につながること。
俺にとって、今一番大切だった人は、もうこの世には形すら残っていない。

俺は泣いた。涙がかれてもそれでも涙を絞り出した。
血の涙すら枯れてしまったその時、
俺は、自分を心の奥の檻の中に閉じ込めていた。

1年後、同じ傷を負った人と会うことも知らずに。
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いやー、長い長い。つーかまとまりが無い。
でもこれで「別れ」が終わりました。
あと3回で終わります。
これから、心の中が傷だらけの斉藤に、
どんな邂逅をさせ、どのように傷を癒していくか。

今日思ったこと。
「いろんな人が言う通り、キャラは一人歩きしていく者なんだなぁ。」

それでは、また今度会いましょう。

 

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