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<<あれれ…^^; 2026年3月のひとり言>>
_/_/
_/_/ それは2月5日の夕刻に届いた知人からのスマホ・メッセージで知ったのですが、
_/_/ 弊社にとっては無二とも言える客先工場の操業終了。
_/_/
_/_/ 一瞬『えっ!』の驚きは有ったのですが、直後に思ったのは『やっぱり、そう成るかぁ……。』
_/_/
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_/_/ 『想定通りに進むのであれば、新年の滑り出しとしては、寧ろ幸運……。』
_/_/ そう言って間無しの出来事だったので、虫の知らせを感じていたと言っても良いのでしょうが、
_/_/ 実際に想定外のことが起こってみると、打つ手は無し!
_/_/
_/_/ 茫然と事の成り行きを傍観しているだけの、あれれ^^;ですが、
_/_/ 果てさて、どうしたものでしょうねぇ……。
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_/_/ 季節は早春、日差しも少し明るさを増したようですが、あれれ^^;の心の中のモヤモヤは晴れません。
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_/_/ 強がっているだけの言いよう?と思って頂いても結構ですが、今現在、
_/_/ 業界全体を覆うこの苦境を乗り越えようと、全力を尽くして努力をされている皆さまには、
_/_/ 幸あらんことを願います。
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_/_/ この歳に成って……と言うのか、私は今年の8月が来ると67歳。
_/_/ 何度も言っているように、既に『高齢者』の肩書を持つ身に成って思うのは『怖さ』ですね。
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_/_/ 『人生や運命など、今は良くても一寸先は闇。』
_/_/ とは良く言ったもので、私も昨日までの平穏がひっくり返るような出来事は、何度か経験をしています。
_/_/ その度に思っていたのは『何で自分だけが……。』という理不尽さへの妬みだったのですが、
_/_/ さすがに今回の様相は異なっているように思います。
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_/_/ 多分、この事態が起こることは予想出来ていたはずです。
_/_/ だとしたら、皆もそれを乗り越える努力をしたはずです。
_/_/ ……にも拘わらず、この事態に至ってしまったのは何故なのか?ですね。^^;
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_/_/ 客先の主力製品が元々は『船』だったことを、このコラムでは何度か紹介をしていますし、
_/_/ 工場が造船から橋梁製作へと業種転換を行った頃の状況を知る人は、今でも少なくは無いと思います。
_/_/ 当時1970年代のことを知る人は、
_/_/ 『いや、もうそれは、本当に哀れなものだった!』と、口を揃えておっしゃります。
_/_/ (元々この向島には、工場が2つ……東工場と西工場が有ったのに、西工場は子会社化されてしまいました。)
_/_/
_/_/ 私は西工場内に設立された子会社の子会社『孫会社』へ入社したことで老舗造船会社とのご縁を得たのですが、
_/_/ 私が橋梁製作の『いろは』を教わったのは、当時の悲哀を舐め尽くされた東工場出身の方々だったので、
_/_/ 理想はさておき、何をおいても物作りは『工場の効率的な運用』に即することが第一。
_/_/ 3次元CADなど有ろうが無かろうが『橋(鋼上部工)を作る!』という強い信念と飽くなき『効率の追及』は常識でした。
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_/_/ 流れが変わったのは2000年に成ってからだと思うので、今から四半世紀も前のこと。
_/_/ 時の政治に翻弄されるかのように、工場の橋梁生産体制が以前の1/2とか1/3の減産に成った際に、
_/_/ 『ベテラン』と言われた方々は一斉に退職をされ、『主力』と言われた方々も半数近くが配置転換を余儀なくされたようです。
_/_/ (東工場までが子会社化されたのは、この頃だったと思います。)
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_/_/ 今にして思えば、客先はあの苦境の中で『よく生き残った!』と思う訳ですが、それは私とて同じ。
_/_/ 当時はまだ中学生だった子供たちを抱えて『独立』した直後だったので、並みの神経では持ち堪えられなかったはずですが……。
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_/_/ 私はあの時に人生に於ける『仕事運』の半分を使い果たしたのかも知れませんね。^^;
_/_/ 勿論その当時は弊社の操業度とて下がったのですが、当時の弊社にはもう2社、客先が有ったのです。
_/_/ (両社ともに、弊社の設立後に取引の申し入れを頂いた客先です。)
_/_/ そんなこんな当時の私は苦境を苦境だと認識することも無く過ごせたのですが、今にして思えば『奇跡的』な状況ですね。^^;
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_/_/ 時が過ぎ、私が残り半分の仕事運を使い果たしたのは、それから10年近くが経った2010年頃だったと思います。
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_/_/ 当時の弊社がメインとして位置付けていた客先が、突然『橋梁事業からの撤退』を表明。
_/_/ その時期と言えば、息子も娘も大学生だったので、それこそ『待った無し!』での対策を迫られた訳ですが、
_/_/ この際に幸運だったのは、現在の客先(向島工場)が操業を継続してくれていたことです。
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_/_/ 勿論、その当時とて客先の苦境は続いていたので、弊社とて自身への報酬を下げてこれを凌いだ訳ですが、
_/_/ (この時に下げた報酬を戻すことが出来なかったのは、私の不徳ですが……。)
_/_/ 当時の私に残っていた仕事運は『原寸』とは異なる部門……、『積算』という分野での仕事を与えてくれました。
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_/_/ そうですね、その後は5年近くも原寸という仕事を離れて、橋梁図面とエクセルとだけに対峙する日が続いたと思います。
_/_/ 実際あの頃に対峙した鋼上部工の図面は、年間で200件以上有ったと思うので、
_/_/ (橋梁を発注している機関は、国土交通省だけじゃ無いですから……。)
_/_/ 現実として、腰を据えて『原寸作業』に関わっている時間などは無かったはずです。
_/_/
_/_/ ある意味、当時の状況がそのまま続いていれば、CADとか原寸展開とか、そんなややこしい話は過去の話に成っていたはずですが、
_/_/ いつの頃からだったか?10年くらい前からだったでしょうか?元の鞘では無いですが、私のメイン業務は『原寸』に戻っていました。
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_/_/
_/_/ 結果的に、どうして弊社のメイン業務が『橋梁の鋼上部工原寸』に成っていたのか?
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_/_/ それこそが、私自身には一番分からないことなのですが、近年は『3次元原寸?』に於ける技術的な問題ばかりに目が向いて、
_/_/ 橋梁の年間発注量すら把握は出来て無かったのが実情です。
_/_/ (今更ですが2025年度の入札実績を調べると、国土交通省案件に限ると100件を下回っている様子?)
_/_/
_/_/ 10年足らずで発注量は半減していたのに製作メーカーの数が同じなら、それはもう誰が考えても『いびつ』ですよね。
_/_/ 私とて、それを数字として把握していた訳では無いですが、例えようの無い『閉塞感』だけは感じ続けていました。
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_/_/ その状況下で、客先には昨年、業界を騒がせる程の事案が報道されたので、
_/_/ 『それが操業終了の直接原因では無い!』とは言いつつ、この日が来る可能性は高まっていたはずで……、
_/_/ と言うのか、騒ぎが報道されてからの一年間、私は客先が事後処理と真摯に向き合う姿を見て来たので、
_/_/ この愚直とも思えた姿勢は、いずれどこかで報われるのではないか?と思っています。
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_/_/ この苦しい事後処理の一年間を『よくぞ、持ち堪えてくれた!』と言うのが、私の偽らざる思いです。
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_/_/ 折しも時は、現在の政権が推す『造船業』への期待が高まる時代と成っているようです。
_/_/ そんな中、ここ尾道では『東から帰る列車』の車窓から見える、定番の風景……、
_/_/ 尾道大橋の小脇、対岸の向島に掲げられていた大型看板まで来年には無くなりそうな様相です。
_/_/
_/_/ 80年近く掲げられていたこの看板が『日立造船』から現在の『Kanadevia』に改名された1年前には、
_/_/ 『橋梁にも明るい未来は有る!』そう信じたかったのですが、ある意味、残酷ですよねぇ……。
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_/_/ 先の衆議院選挙では地元から選出されていた議員さんも落選したようですが、私に言わせれば、
_/_/ 『地元の雇用すら守れないような議員さんに、代表としての資格は有るのか?』です。
_/_/ (野党の議員であることに甘えて、何の結果も残せていないのでは無いか?です。)
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_/_/ 私にだって言いたいことは沢山有るけれど、田舎には田舎の価値感とか経緯とかも有る訳です。
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_/_/ 商店街や観光の問題とて大切な課題だと思いますが、現に尾道の風景に成っていた工場の一つが無くなろうとしている現状に、
_/_/ コメントの一つも出せない首長さんも『何なんだろ?』って思ってしまいます。
_/_/ (現在の尾道の首長さんって私が卒業した高校の先輩らしいけど、デパートは閉店、老舗企業の工場は閉鎖、老舗スーパーも閉店予定?
_/_/ 自身の卒業した高校の存続だけは結果として残せたようですが、首長が多選される地域に有りがちな『閉塞感』は歪めません。)
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_/_/ 私は自身の携わる仕事が楽に成るよう『政治』に期待をしたことは無いですが、私の携わっている仕事は『政治』にも左右される業種です。
_/_/ これが私に課せられた『現世の役割り』なら受け入れざるを得ないのですが、ここまで頑張って生き残ったのに……と思えば残念です。
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_/_/ せめて後3年、客先で『定年』とされる70歳までは、私もご恩返しが出来るよう頑張るつもりだったのですが、
_/_/ 結果として、志さえ適わない状況に至ったのは悔しいです。
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_/_/ ちなみに現在までに私が知り得た情報を整理すると、客先の工場が閉鎖されるのは来年(2027年)の3月らしいのですが、
_/_/ その後に、現在の工場自体を取り壊すのか(平地にするのか)、他の会社に委ねるのか(風景を残すのか)は未定らしいです。
_/_/ しかし会社としては『橋梁等のインフラ事業からの撤退』を明確に打ち出されていますし、
_/_/ 経営統合を噂されている会社も橋梁事業からは撤退された会社なので、この尾道から全国へ『橋』が供給されることは無くなると思います。
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_/_/ 当然のことながら橋のことしか知らない『橋屋』は、困ってしまう訳ですが……、
_/_/ 本当に『橋』のことを知っていた私の恩師の大半は、既に工場には居られません。
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_/_/ 唯一、残って居られた担当様(私が兄貴と慕う方)も3月末で退職されるそうですが、わたしに取ってはひと安心。
_/_/ 兄貴はかつて職場で倒れて生死を彷徨った人なので、私の本心は『もっと早くに隠居させてあげたかった。』なのです。
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_/_/ 『今年の桜は外から観ることに成りそうだ。』そんなことを言う兄貴に、
_/_/ 『ご苦労さまでした!』としか言えない我身も悲しいのですが、
_/_/ どうか奥様と2人で『楽隠居』を適えて頂けたら幸いです。
_/_/ (実はもう一人、客先の生産設計部門には古老の方が居られたのですが、その方は私には告げずに1月末で退職。
_/_/ ……と言うのが、私の住む自宅からは3軒隣の方なので、後日『お世話に成りました!』とお礼を言いました。
_/_/ しかしその翌日に工場閉鎖の報が流れたので、その経緯を尋ねて良いものか良くないものか?困っています。)
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_/_/ そんなこんな、この尾道で従業員数が200名に近い会社の工場が『無くなる!』ということ自体、その影響は小さく無いと思うのですが、
_/_/ 公式な発表では『従業員の雇用は守られる。隣島の同じ尾道市の因島工場に配置転換。』と成っているようです。
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_/_/ 『同じ尾道市内の工場に異動なら良いじゃないですか!』
_/_/ そんな声も聞こえて来そうですが、かつては因島工場も向島工場が造船から橋梁へと業種移行された際に子会社化された工場だと聞いています。
_/_/ (表向き造船は熊本の有明工場に集約したと聞いていましたが、実際には因島と向島の子会社でも継続されていたようです。)
_/_/ その後2010年頃だったか?向島の工場が日立造船という社名に復名した際は、
_/_/ 一緒に日立造船という社名に復名して現在に至っているようです。
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_/_/ 敷地だけで言うなら、向島工場の数倍は有る広さの何割が因島工場の敷地なのかは分かりませんが『広大!』であることは確かです。
_/_/ (因島でも南側の土地なので日当たりも悪くは無いはずです。)
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_/_/ 単純に向島と因島の地の利だけを比較するのなら、現在は50年前とは違って『本州四国連絡橋』だって有るし、
_/_/ 敷地等の設備面に於いても因島工場が有利なのは分かるのですが、
_/_/ 客先には大阪の堺工場なり京都の舞鶴工場なり拠点は数多有るはずなので、
_/_/ 噂に言う『プラント事業』に特化すると考えるのも軽々な気がします。
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_/_/ ……と、このままだと、いずれ『向島工場』で培って来た技術は潰えてしまう訳です。
_/_/ (敷地や工場が狭いは狭いなりに、溶接技術や製品検査等の研鑽で補っていた技術です。)
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_/_/ 工場と言うのは、大きいようでも一種の『メカ』なので、全体を見据えた『機能性』が重要です。
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_/_/ 何故そこに、このような設備が有るのか?(例えば、スクラップ置き場やトイレとて。)
_/_/ その一つ一つを一人一人が理解していないと、全体としてのメカニズムは機能しないのです。
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_/_/ それだけのことを教示してくれた『向島工場』に、私は本当に感謝をしているのですが、
_/_/ 2020年頃だったか、向島工場に新社屋が建てられて以降、事務職の職員が出勤時に工場の建屋内(生産ライン)を歩くことは減った。
_/_/ (事務職には『原寸業務担当者』も居られたはずですが『減る』ではなく『皆無』に成った?)
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_/_/ 兄貴曰く、
_/_/ 『ワシは毎朝の出勤時に工場内の通路を歩いて事務所へと入っていた。
_/_/ そうすることで自分の思惑と実際の進捗状況の違いを把握していた。』
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_/_/ 新社屋が工場建屋の西側に出来たか東側に出来たかの違いだけで、エンジニアを育む環境は左右される。
_/_/ ……と言えば過言なのでしょうが、これは30年前に私が向島工場へ『外注業者』として常駐していた際のこと、
_/_/ 昼休みの小一時間に、工場内の通路や製品の『仮組場』を散歩するのは、極ありふれた日常でした。
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_/_/ 毎朝の体操の際は尾道大橋を橋の下側から見上げることが出来たので『鋼床版鈑桁』への違和感とて自然と払拭出来た訳ですが、
_/_/ (現在は同じ場所から見上げると鋼床版鈑桁と鋼床版箱桁が並んでいるので、これ以上に無い『教材』だったはずですが……。)
_/_/ そんな日常まで失われていたのなら、今の状況は起こるべくして起こってしまった『想定内の事態』かも知れません。
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_/_/ そんなこんな、私には客先の現状すら把握を出来ていないので、自分自身がどうすれば良いのか?の判断とて出来ない状況です。
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_/_/ ちなみに今現在、私が客先から伺っていることは、
_/_/ 『量はさておき、3月は業務依頼を行います。出来れば4月も業務を依頼したいのですが工場の判断に依って左右されます。』
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_/_/ 公式発表の直後には、半年程度の残作業は有るやに聞いていたので、弊社への発注量に関する限りは下振れ気味?
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_/_/ 弊社の今期の業績が壊滅的な状況に成るのは明確なので、僅かな報酬さえ3月からは半減で凌ぐつもりだったのですが、
_/_/ さすがに4月からの年間売上が『ゼロ』に成ってしまうと、今期(12月まで)を全うするのは難しいでしょうねぇ……。
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_/_/ ……と他人事のように言っている時点で私の『やる気!』は疑われそうですが、結局のところ『仕事』とは、私自身の評価に付いて来ます。
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_/_/ 向島工場の方々には30年来の実績をPR出来たので評価とて頂けたわけですが、今の私には何が出来るのか?
_/_/ そんなことも、今の私にはよく分からなく成っているのです。
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_/_/ 多分、要望をされれば、出来得る限りの事は『何でもやる!』のでしょうが、そんな受け身の姿勢を良しとしたくは無いのです。
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_/_/ 理想論?って言われてしまえば、そうなのですが、今の私は『何故、自分が橋梁(鋼上部工)の原寸を続けていたのか?』
_/_/ というシンプルな問い対しても、答えることが出来ないのです。
_/_/ (メインとして頼っていた客先が、2社も『業務撤退』に至る経験を味わうと、自己嫌悪にも陥ってしまう……、のでしょうね。)
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_/_/ それでも幸いなことに現在のところ、私には業務用のパソコンが有るしCADも有ります。
_/_/ (合資会社の特性上『他者からの借入金はゼロ』なので、固定費という面では恵まれているはずです。)
_/_/ そして何よりも、私には『SoftDraw(ソフトドロー)』という強力な武器も有ります。
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_/_/ 私は常々思っているのですが、SoftDrawを橋梁に特化した『道具』だと考えるのは間違いです。
_/_/ CAD(パソコン)の画面に表示されている内容が、エクセルデータやNCデータや印刷データに自動変換出来るのです。
_/_/ 逆を言えば、各種のデータをCAD化することが可能だし、エクセル←→NCも当然可能なのです。
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_/_/ 今はまだこの仕組みを『業務』という枠の中で捉えているから、私も『応用』という発想には及べていないと思いますが、
_/_/ この度の苦境に依って『業務』という枠を壊すことが出来たなら?
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_/_/ 理想論!を吹けば飛んでしまいそうですが、かつて『造船』という業務を失った向島工場の方々は考えたと思います。
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_/_/ 『理想はさておき、この工場という道具を、如何にして有効活用するか?』
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_/_/ 今日も一日を無事に過ごせた事だけに、感謝!です。
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_/_/ 精進を致しますので、皆様も日々の精進を心掛けましょう!!
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<<あれれ…^^; 2026年2月のひとり言>>
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_/_/ 唐突な問いに成りますが、『冬』とは、いつからいつまでの期間を指すのでしょうか?
_/_/ 言い換えると『秋』はいつ終わり、『春』はいつ始まるのでしょうか?
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_/_/ 今年の冬は寒い!
_/_/ 皆さまもそのように感じていると思いますが、今年(2026年)は、迎えてから一ヶ月しか経っていません。
_/_/ …にも拘わらず『寒さ』は、随分と以前から感じているように思うので、
_/_/ 『寒い!』と感じる季節が『冬』ならば、『今年』の冬が訪れたのは『昨年』だったのでしょうね。^^;
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_/_/ ちなみに立冬は11月7日か8日(暦によるズレ)、立春は2月4日だと思われがちですが、
_/_/ 所説では、各々この日から2週間の『期間』を立冬、立春と呼ぶらしい。
_/_/ (換言をすると、2月4日から2月17日までの期間は、
_/_/ 毎日『今日は立春、明日も立春』だと考えても構わない?)
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_/_/ そんなこんな、この時季の比喩って、何に例えれば良いのかよく分からないのですが、
_/_/ 寒いから…と外出を控えて身体を動かさないせいか、
_/_/ 頭だけで考えた妙な理屈に固執してしまい、少し鬱々としてしまう季節。
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_/_/ 皆さまには『寒の内』の通勤など大変だったと思いますが、
_/_/ これも見方を変えれば適度な運動と気分転換に成っているはずです。
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_/_/ 節分の招福は、日々の諸行の積み重ねが有ってこそ!
_/_/ そう信じたいものですね。^^;
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_/_/ 実は、少しばかり鬱々としていることの一因には、急転直下の如く訪れた『閑古鳥』が有ります。
_/_/ (この時季は決算の準備が有ると言いつつも、3週間以上も仕事が無いと流石に……です。)
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_/_/ この閑古鳥、4月初旬まで弊社に宿泊される予定のようですが、
_/_/ 直近の2月、3月は、この鳥と共存出来る程度の仕事は有るらしい……。
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_/_/ 実際それを見越して、先日は『年金の受給申請』も行ったのですが、
_/_/ 物事って、想定通りには進みませんものねぇ……。
_/_/ (想定通りに進むのであれば、新年の滑り出しとしては、寧ろ幸運なのですが……。)
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_/_/ いっそのこと、娘が働く造船設計会社の手伝いでも出来たなら……。
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_/_/ そんなことも頭には浮かんでいた折も折、これは本当に『たまたま』だったのですが、
_/_/ 夜中にTVで『葬送のフリーレン』観た後だったか、チャンネルをNHKに換えると、
_/_/ 『日本造船の逆襲(プロジェクトXでしたっけ?)』なる番組が放送(再放送)されていました。
_/_/ その番組の中で語られていた言葉、
_/_/
_/_/ 『船屋は家族!』でしたっけ?
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_/_/ これは私にとっては『懐かし過ぎる』言葉で、何気に胸の詰まるような感情まで覚えたのですが、
_/_/ この地でも私が小学生の頃ならば、我家は元より隣の家の人も、その隣の家の人も『造船業』に携わって居られました。
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_/_/ 当時は『田舎暮らし』など、どこでも同じようなものだったのかも知れませんが、
_/_/ やはり『同じ業種(船屋)』というのは結束が強かったのか、それはもう家族ぐるみの付き合いで、
_/_/ 都会で育ち移住して来た父からすると、ちょっと鬱陶しさすら感じていた様子。
_/_/
_/_/ 対して田舎で育ちつつあった私にしてみれば、
_/_/ あっちもこっちも船屋の家の同級生。
_/_/ そこらかしこに船屋の家のお兄ちゃん。
_/_/ (どういう訳か『弟』と呼んだ知人は、居ないのですが……。)
_/_/
_/_/ そんな状況だったので、上がり込んで遊んだ家は数知れず。
_/_/ お兄ちゃん達からは『子分』扱いされたことも有るけれど、沢山の遊びを教わったように思います。
_/_/
_/_/ 多分、あの頃から『分からないことは、聞いて教わる。』という事は、私の中では常識だったのでしょうね。^^;
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_/_/ これは大人に成ってから、ある時期(某電算会社に在職していた頃)に、同僚から言われたのですが、
_/_/ 『中村さんは良いですよねぇ〜〜。分からないことを他人に尋ねて、教えて貰うことが出来る。』
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_/_/ それって体力・知力・精神力の限界状態で働いていた時(正直、辞職を決めていた時)に言われたので、
_/_/ 『逃げ出す者へ対する皮肉?』って思ったのですが、その後の30年間、その方からは欠かさず年賀状を頂いています。
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_/_/ 最近、客先とは原寸でも技術的な面で意思の疎通が図れなくて、正直なところ困っていたのですが、
_/_/ もしかすると、分からない(理解出来ていない)ことを、他人から教わることが苦手な人は、居るのかも知れないですね。
_/_/
_/_/ 逆を言えば、他人から教わらなくても成長出来る人が居るのなら、私はその方が『凄い!』と思うのですが、
_/_/ 私にはそのような『才(ギフト?祝福?)』など無いから、他人を巻き込むことで、その場を凌いでいる?
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_/_/ ……と、ここで『どちらが正しいのか?』を言うつもりは無いのですが、
_/_/ 今にして思うのは『良いですよねぇ〜〜。』って言っていた彼は、どうやって苦境を乗り越えていたのだろうか?
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_/_/ ……と、『日本造船の逆襲』の中では、溶接の技術に関する話題が有ったようなので、これを弊社の客先に尋ねれば、
_/_/ (弊社の客先は橋梁メーカーですが、元は造船の老舗メーカーなので、溶接に関する技術は半端じゃ無い。)
_/_/ 詳しく教えてくれると思うのですが、私は『アレスト』という鋼材自体を知らないので、教わっても馬の耳に念仏?
_/_/ (ちなみに『構造アレスト溶接技術』でググれば、くだんのメーカーさんが著されたPDFを閲覧出来ます。)
_/_/
_/_/
_/_/ 昔(タイタニック号が沈没した頃)は、船の建造でも鉄板と鉄板の接合には『リベット』なる圧着接合材を使っていたようです。
_/_/ しかしリベットに依る接合は、母材に無数の孔を明ける必要が有るためか、亀裂に対する耐性は脆弱だったらしい。
_/_/ (鋼鈑から見れば『孔』も『亀裂』も同じ『傷(怪我?)』だと思うので、それが広がり始めると一気に破断に至るらしいです。
_/_/ 結果、タイタニック号の沈没も日航機の重大事故もリベット接合部の亀裂の拡大が原因とされているはずです。)
_/_/
_/_/ そんな事情も有って母材に孔を明ける必要の無い『溶接構造』は重視されるように成ったらしいのですが、
_/_/ この『溶接』という技術は比較的新しい技術のようですし、『溶接構造』とて万能では無いらしい。
_/_/ (そもそもが溶接の施工方法は、接合する鋼板の条件に依って、その最適解が異なるはずです。
_/_/ 当然、新しい鋼板や溶接器具等が開発されると、その度に新しい最適解を模索されているはずです。
_/_/ 結果『門外不出』の技術と言いつつ『試行錯誤の連続』が現実で、絶え間ない『研究』を要しているはずです。)
_/_/
_/_/ そもそもが『鉄を溶かして(製鉄所の高炉じゃ在るまいし)、鉄同士を接合する。』とか、容易な訳が無いですよね。^^;
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_/_/ この難解な技術に対して、客先では『研究』と『検査体制の強化』の両輪で挑んで居るようですが、
_/_/ そういう地道な取り組みって、地上の星じゃ無いけれど、あまり注目されないですよねぇ……。
_/_/ (実際のところ『検査(品質)の方が重要だから!』と、生産性の犠牲は止む無しと成る事例も多いです。)
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_/_/ そんな客先の地道さを目の当たりにしている私から見ると『理不尽』と思える実情も気掛かりですが、
_/_/ だからこそ客先との意思の疎通くらいは、風通しを良くしておきたいのです。
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_/_/ ちなみに、これは私見なので参考までに……、と言う話に成りますが、
_/_/ 番組で話題に成っていた『高アレスト鋼板』は、鉄の粗製としては亀裂に強い(微細結晶)鋼材のようです。
_/_/ 船を作る『鋼材』として使用する場合は、極厚材(板厚70とか80)が必要とされる箇所に使用されているようですが、
_/_/ (コンテナ船が巨大化すると、甲板に乗せるコンテナの重量が増えるため、甲板周りには極厚材の耐性が必要に成るらしい。)
_/_/ 微細結晶材であるが故に、溶接時の熱に依る粗製変化には見逃せない側面が有るようです。
_/_/ (微細結晶材であるが故に、溶接熱に依る『結晶構造の変化』は、質・量共に大きく成るのかも知れません。)
_/_/
_/_/ その辺り、橋梁では継手自体を一体化させる『完全溶け込み(フルペネ)溶接』で対応していると思うのですが、
_/_/ どういう訳か『船』の建造に於いては『隅肉溶接』が多用されていたように思います。
_/_/ 勿論、船でも外板(鋼殻)は、フルペネ(ウラナミ)溶接を用いますし、ガウジングを要する溶接記号も見たやに思うのですが、
_/_/ 30年前に原寸を行った記憶を辿ると『えっ!こんなところまで隅肉なの?』って思った記憶が有ります。
_/_/ (だから船底を二重にして、沈没を防いでいる?と、思ったような、言われたような……。
_/_/ その実、船底を二重にしているのは、単に『オイル漏れを防ぐため』だと言われたような、違ったような……。)
_/_/
_/_/ いずれにしても橋梁の関係者(橋屋)が、船屋の実情を知る術は無いので、上述の私見も、今は昔の物語。
_/_/ 私の偽らざる思いは、
_/_/ 『橋屋だって、一生懸命に頑張っています!』
_/_/ それだけです。
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_/_/
_/_/
_/_/ 橋梁でも鋼鈑の板厚に100ミリを要するような構造に成ると、その材質には見慣れない呼称が付いて来ます。
_/_/ 直近で言うとSBHS500材とか、TMCP材とか、従来のSM490材から進化した高材質材も増えているようです。
_/_/ 『それって、橋梁の原寸に必要な知識なの?』
_/_/ そう言われると返す言葉も無いのですが、それを知っているのと知らないとでは、多少なりと違いは有ると思っています。
_/_/
_/_/ 単純な問いですが、
_/_/ 同じ板厚のSS400材とSM400材では何が違うと思いますか?
_/_/
_/_/ SS400材よりSM400材の方が高材質だから、迷ったらSM400材!
_/_/ 確かに、それはそうでしょう。
_/_/ しかし価格は明らかに異なります。(ググると1トン当たり数千円前後異なるようです。)
_/_/
_/_/ ちなみに私が社会人に成って一年目に働いていた会社では、SS400材(当時はSS41)のミルシートですら、
_/_/ 滅多には拝めない環境だったので、鋼面処理が必要とか言われると、それはもう一大事!
_/_/ 『言っておくが、やり直しは出来ンからな!絶対に間違うな!』そんな悲鳴にも似た『罵声』が飛び交うような環境です。
_/_/
_/_/ それを思えば、橋梁の製作に携わっている今現在は、
_/_/ 『凄いなぁ!こんなにも高材質な鋼鈑を使わせて頂いて、ありがとう!』
_/_/ そんな感謝の言葉まで、頭に浮かぶのですが……。
_/_/
_/_/
_/_/ SS400材とSM400材の大きな違いは、溶接構造に適しているか、いないかの違いだと、私は思っています。
_/_/ (違っていたらゴメンなさい!私の知識は『また聞き』で、他人から教わることを『是』とした人の見解なので!)
_/_/
_/_/ 橋梁でも添接板は『母材の材質に合わせる。』という教示が有るので、母材がSM400材なら添接板もSM400ですが、
_/_/ フィラーPLに関する教示は無いのでSS400……とか、結構、目にします。
_/_/
_/_/ これを『先入観』だと評されると嫌がられますが、『一般常識』だと言えば、職人気質!みたいな?
_/_/
_/_/ ちなみにSS400でも良さそうな箇所にSM400材が指示されている事は、少なく無いです。
_/_/ しかし上部工が発注された時点(入札時)と実際の製作用図面では、仕様変更が発生している事例も少なく無いので、
_/_/ 一概に『一般常識』を振りかざすのは感心できません。
_/_/
_/_/ 製作工程の都合上、発注時(入札時)の図面の板厚・材質で製鉄所へ鋼鈑の発注を行うことは、まま、有ると聞いています。
_/_/ (入札時には、施主から『材料総括表』なる使用鋼材の一覧表が提示されるので、
_/_/ 材料発注に関するコストは、総括表に対する積算結果で…、ほぼ決まり?と成っているはずです。)
_/_/ 勿論、実際の材料発注は『材料発注用図面』なる図面を施主に提示をして、その了解を頂いてからに成ると思いますが、
_/_/ 鋼鈑のロールを製鉄所に発注すると、最低でも数ヶ月間の『搬入待ち期間』が発生することも常識です。
_/_/ (鋼板の発注を間違えると、その『数ヶ月間』が挽回出来なく成るので、【超】重大問題に成るのは必至です。)
_/_/
_/_/ そんなこんな、鋼鈑の発注ひとつを取っても『一般常識』を持っていれば、
_/_/ 日々の地道な原寸作業にも『新鮮さ(真剣さ?)』は、増すと思います。^^;
_/_/
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_/_/
_/_/ 今月(2月)は『逃げる!』と言われる月なので、ぼ〜〜としてると、すぐに3月に成りそうです。
_/_/ もっとも『行く』と言われる1月が、想定外の閑古鳥で長く感じられたのは確かなので、人の感性って曖昧です。
_/_/
_/_/ 実はこの閑散期に出来そうなこと……って、久々に3Dモデラー『ライノセラス』を起動してみました。
_/_/ 『オートCADなら普通に出来そうなこと。』じゃ無いですが、LINEコマンドのスクリプトをペーストしたのですが、
_/_/ エラーと思しきメッセージで終了。
_/_/
_/_/ もしかして、ライノセラスでは直線と連続直線のコマンドが異なる?
_/_/ 何気に調べてみると、ライノセラスでの連続直線は『LINES』でした。
_/_/ (先頭行のLINEをLINESに変えるだけで、橋梁線形のCSVデータって、ライノセラスでも取り込めるようです。)
_/_/
_/_/
_/_/ ちまたではオートCADは図面CAD、ライノセラスはモデラーの位置付けをしているようですが、
_/_/ CADとモデラーの違いって何でしょう?
_/_/
_/_/ 私は、正直なところ『オートCADは図面用のCADなので、3Dモデリングには向かない。』と言われている時点で、
_/_/ 少し疑問を持っているのですが、私が人生に於いて2番目に操作を習得した3D−CADは『SPACE/E』。
_/_/ 実はこのSPACE/Eも、元々はオートCADの操作をベースに構築されたモデラーだと聞いています。
_/_/ (ライノセラスもLINEコマンドをLINESに変えるだけで、似たような操作が出来るわけです。)
_/_/
_/_/ それなのにオートCADは図面CAD、ライノセラスやSPACE/Eは3Dモデラーだと評価が分かれる原因ですよね。
_/_/
_/_/
_/_/ 確かにモデラーの方が3次元モデリング用の『便利なコマンド』は沢山用意されているので、慣れれば操作も容易でしょう。
_/_/ (実際、ライノセラスにはSPACE/Eに有る『連続直線』の概念も有るようですが、オートCADではポリラインの概念だけ?)
_/_/
_/_/ しかし評価の分かれる大きな原因とは、使っている人の『主観(観る方法)』の差が大きいからではないでしょうか?
_/_/
_/_/
_/_/ 地球という、この皆さまにとって掛け替えの無い星も、その観測方法に依って評価は大きく変わります。
_/_/
_/_/ 地球の周りを周回している『月から観る地球』と、地球が周回している『太陽から観た地球』は、本質的には同じはずです。
_/_/ しかし『月から観る地球』は、3DCADで言う『ビューロポート』を変えて見える地球。
_/_/ 対して『太陽から観る地球』は、地球自体を『3D回転』させて見える地球だと、私は思うのです。
_/_/
_/_/ ロケットで打ち上げる衛星だと、宇宙ステーションは四六時中ビュー(View=視点)を変化(移動)させているようですが、
_/_/ 静止衛星のビューが勝手に変っちゃうと、恐ろしい事態が起こりそうです。
_/_/
_/_/
_/_/ ……と、皆さまには、そんな世迷言など、ご理解頂けないですよね。^^;
_/_/ (読経しながら鬱々としていると、何故だか、そんなイメージが浮かぶのです。)
_/_/
_/_/ 私は生涯『損な役回り』との自覚を持っているので、SPACE/Eではローカル座標を切り替えて回転。
_/_/ オートCADでは回転軸をワールド座標に合わせて回転をさせた図形で『原寸展開』を行ってみたのですが、
_/_/ 当たり前の結果として、双方の答えは一致しました。
_/_/
_/_/
_/_/ 一般的に『モデラー』と呼ばれるCADはビューロポートとローカル座標の扱いに慣れた人が使っていると思うのです。
_/_/ 対して『オートCAD』を好んで使われている方々は、平面図(もしくはアイソメ図)には、ワールド座標が当たり前!
_/_/ ……って、考え方の人が多いと思います。
_/_/
_/_/ この感覚の違いを客先にも伝えることが出来たなら、オートCADとライノセラスの違いとて、杞憂だと理解頂けるやに思いますが、
_/_/ 『オートCADでは3次元での原寸展開など出来ない!』っていう先入観が、それを阻んでいるような……。
_/_/
_/_/
_/_/ 実際のところ橋梁は『鋼構造物(2.5次元構造)』なので、上部工の線形モデリングくらい、オートCADでも難しくは無いはずですが、
_/_/ (少なくとも『電卓で展開計算を行う代わりのモデリング』くらいなら、容易に出来そうなものですが、)
_/_/ 現在に至っても、客先でも誰一人として『オートCADでも3次元展開は出来る!』と言わないンですねぇ……。
_/_/ (なので『この構造は3転びしています。』って言っても、そもそも言葉が通じない。)
_/_/
_/_/ その辺り、一外注先の私が『3次元展開は、出来なきゃおかしい!』って言ってる時点で、
_/_/ 客先が良い顔など、し辛いのは分かるのですが……。
_/_/
_/_/
_/_/
_/_/ ライバル会社同士でも『船屋』は互いの意思の疎通を量ったようですが、果たして『橋屋』は、どうなのでしょうねぇ?
_/_/
_/_/
_/_/ 私には、近所に『弟』と呼べる知人が居なかった……。その主因は『私は教えることが下手』だから?だったと思いますが、
_/_/ 近所のお兄ちゃん達は、遊びを教えてくれただけじゃなく、いじめっ子に対しての『盾』にも成ってくれていたような……。
_/_/
_/_/ 橋屋同士の関係にも、技術論だけでは量れないモノが必要なのでしょうね。^^;
_/_/
_/_/
_/_/
_/_/ 今日も一日を無事に過ごせた事だけに、感謝!です。
_/_/
_/_/ 精進を致しますので、皆様も日々の精進を心掛けましょう!!
_/_/
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_/_/
_/_/ この2年ほど、年末(12月)は鬼門のように成っていたので、今年はどうなのか?
_/_/ そんな心配を他所に、2025年は終わり、新しい年を迎えることが出来ました。
_/_/
皆さま、明けましておめでとうございます!
今年も御ひいきのほどを、よろしく申し上げます。^^;
_/_/
_/_/ ……と、このコンテンツを継続して閲覧されている方々には、
_/_/ 『あれ程までに、事業の継続は難しい……、って言ってたのに、結局、続けるンかい!』
_/_/ と思われるでしょうが、兎にも角にも『目先』だけは忙しいので、継続は止む無し……とさせて下さい。
_/_/
_/_/ 私とて今後のことに関しては色々と思案をしているのですが、なかなか思い通りには進まないのが現実で、
_/_/ 周囲の流れに抗うことなく身を任す、……的な判断しか下せないのが実情です。
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_/_/ とは言え、続けると決めた以上、年末に請けた案件の納期は守らなきゃならないし、
_/_/ 12月決算の弊社としては近々にも『決算仕訳』とて行わなきゃ成りません。
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_/_/ 気分一新の意図も込めて、初詣先では新たな『くまで2026』を買い求めた訳ですが、
_/_/ 昨年の激動を支えてくれた『くまで2025』には、心より『ありがとうございました。』の感謝をさせて頂きました。
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_/_/ 今年も激動は続くと思うのですが、感謝の心を忘れずに乗り切りたいと思っています。
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_/_/ そんなこんな、このご時世にこんな高操業って有るのかなぁ?って思うくらい、
_/_/ 先月(12月)は忙しくて、クリスマスも大晦日も有ったモノじゃない!みたいな?
_/_/ (結果的に12/31も紅白の直前まで仕事をしていたような……。)
_/_/
_/_/ 先月中旬での予想は『年末年始は9連休!』だったものが、現実には年明けの4連休が精一杯の状況で、
_/_/ 現状も少し焦り気味でのコンテンツ更新と成っています。
_/_/ (9連休への対処用に、古本屋でライトノベル5冊を購入したのですが、まだ3冊しか読み終えて無い状況。)
_/_/
_/_/ こんな状況だと、今年も3Dモデラー『ライノセラス』の操作習得や3Dプリンター『ダヴィンチ』稼働は夢の夢?
_/_/ そもそもが直近の課題として、経理ソフト『弥生会計』の決算手順を習得しなきゃならないのに、
_/_/ 購入した解説本すら読めてないのは問題かも?
_/_/
_/_/ どうしよう……。
_/_/
_/_/
_/_/ 実は昨年の11月頃から、原寸では『ややこしい』とされる、展開モノの案件が続いていたのです。
_/_/ その種の案件が12月の下旬まで続いていたので『時ならぬ高操業』も続いていた訳ですが、
_/_/ 『それさえ年明けの年始に納めて頂けたら、目先、急ぎの案件は有りません。』
_/_/ という話を客先から伺っていたので、
_/_/ 『年末年始くらい、心は軽やかに迎えたい!』
_/_/ ……って、仕事納めの2日前に納品したのです。
_/_/
_/_/ ……で、入れ替わりの如く『検討』の依頼を受けたのは、1月下旬の納期案件?
_/_/ 確かに12月末に1月末納期の案件を提示されれば、それは『急ぎの案件』では無いのかも知れません。
_/_/ 何気にパラパラ図面を眺めてみると『図面通り!(展開モノでは無い)』の原寸案件だったので、
_/_/ 『これだけの量で1月末納期なら楽勝!!』って、思ったンですねぇ。
_/_/
_/_/ しかし『想定外』とは、そんな楽勝モードの心の隙間に潜んでいるようです。
_/_/
_/_/
_/_/ 年明け5日の仕事始めまでに、サックリ『基本図形』だけでも作成しておこう。
_/_/ (この程度の量なら、2、3日も有れば出来るはずなので、年末年始の大勢に影響なし!)
_/_/ CADに向かい図面通りの図形を描いていく訳ですが、何か変?
_/_/ 図形は簡単なのに、何か変……、何が変??なんとなく方向(図形の向き)が変?
_/_/
_/_/ 正直なところ最初は『何か引っかかるな。』程度の違和感だったので『まぁ、いいかぁ〜〜。』大勢への影響は無いでしょ。
_/_/ くだんの『基本図形』だけは描き上げたのですが、『この図面は、マズい!』って気付いたのは、晦日の迫る29日。
_/_/
_/_/ 『この図面って【 対 称 】の注記が必要なのに、欠落してるじゃん!』
_/_/
_/_/
_/_/ 皆さまには『対称(ミラー)』と言えば『対象と対称は違うので要注意!』とか、それだけで良い印象など無いと思いますが、
_/_/ 近年(……と言っても20年位前から)は、客先でも『一品図(加工図)での対称表現』は禁止に成っています。
_/_/
_/_/ そう、これが30年も前なら『図面通り=R、対称=L』の表現は常識で、これを勘違いする者は『素人』扱いでした。
_/_/ (おそらくはRが右でLが左、それが語源だと思うのですが、左右でも上下でも前後でもR、L。
_/_/ 図面では右側に表現された図形も、実物を反対側から見れば左側の部品に成るので、必ずしも右側をRで表現する必要は無い。)
_/_/
_/_/ この手の手法は概ね『矩形』に準ずる図形に開先が多い『重鉄骨』の原寸に於いて有効で、一つの図形に方向と開先だけを付加して、
_/_/ 員数を『200R、100L』とか、普通に使う指示として用いていました。
_/_/ (場合に依っては『100L』だけ指示している一品図とか、普通に使われていた……と言うより、
_/_/ この表現を操れることが『原寸師』としてのステータスだったので、私も多用するよう心掛けていました!)
_/_/
_/_/
_/_/ ちなみに員数に『R、L』の表現を多用する代表格の業種は『造船(船殻)』だと、私は思っています。
_/_/
_/_/ 船って平面から見ると楕円形で断面はお椀型なので、一見して『矩形』には、ほど遠いですが、
_/_/ 楕円もお椀も、中心線を境にして左右を見比べると『対称』なのです。
_/_/ なので船の姿を表す全体図とか、鋼殻を表す断面図(ボディープラン)とかは『全体の1/2』だけ描かれることが多い。
_/_/ (今はどうなのか知りませんが、少なくとも30年前には、その傾向が強かった。)
_/_/
_/_/ 全体の半分だけが表現された図面を使って、全部の部材(部品)を作成する。
_/_/ その際、図面化されてない半分が『本図に対称の図形』だと分かっているのなら、図面通りに作った図形に、
_/_/ 『員数=〇R、〇L』と指示するだけで『対称側の部材(部品)も一緒に作ってネ!』の指示に成る。
_/_/ (原寸では、敢えて対称側の図形を作成する必要など無い!対称側の加工は、後工程の側で対処出来る。)
_/_/
_/_/ さすがは造船立国 日本!ならではの合理的な考え方!!
_/_/
_/_/ 加工用に作成された資料(データ)の効果を、余すところなく使い切る!っていう考え方に共感出来ましたし、
_/_/ これこそが当時最先端だった『NC工作機』の機能をも、完全に使いこなす手法でしたし、
_/_/ 原寸作業を行う側の負担軽減に成ることも自明でした。
_/_/ (頭を使って楽を出来るなら、それに越したことは無い!^^;)
_/_/
_/_/ まさに『製造業の最先端的な考え方!!』を目の当たりにして、当時の私は感激すら覚えたのですが……。
_/_/
_/_/
_/_/ 実を言うと私の客先は、元は『造船業』が主力だったので、橋梁での原寸とは言えR、Lの表現に対しては寛容(推し派)でした。
_/_/ それがいつの頃からだったでしょうか?
_/_/ 『R、Lの表現を使うのは良しとして、Lだけで員数を表現するのは止めて欲しい。』とか、
_/_/ 『R、Lを使うのは横構と対傾構のガセットに留めて欲しい。』
_/_/ 『形鋼の加工図にR、Lを使うのは止めて欲しい。』
_/_/ 挙句、
_/_/ 『一品図にR、Lの指示を行うのは止めて欲しい。』
_/_/
_/_/ その主因は『作業者が勘違いをするから!』
_/_/
_/_/
_/_/ どんなに優れた道具でも、それを使うのは『人』なのです。
_/_/ なので『人』が勘違いなど起こさないよう『原寸資料』は、個別・固有にしておく方が良い?
_/_/
_/_/ 確かに橋梁には『キャンバー』が有るので、図面では対称のように描かれている対傾構や横構も厳密に言えば対称では無い。
_/_/ そんな『お約束』の構造にR、Lを適用すること自体、間違いの元かも知れません。
_/_/
_/_/ しかし、だからと言って100枚の同じ部材(部品)に対して、100通りの個別名称を付けて員数を全て『1』にする。
_/_/ その各々に対応した100枚の加工図を作るのか?と言えば、それとて非効率の極まり無い考え方ですよね。
_/_/ (100個の部品を置いた小山の中から、特定の名称の1つを探し出すのは手間ですが、
_/_/ 小山の中に有る部品が全て同じものだと分かっていれば、選択とて容易です。)
_/_/
_/_/ 原寸作業者に於いて求められる視点は、成果物の『個性』を評価する目では無く『共通性』を見抜く力?
_/_/ ……だと、私は思うのですが……。^^;
_/_/
_/_/ その辺り、ひと昔前なら生産設計から設計側へ『各桁のキャンバーを揃えて欲しい。』くらいの要望は、
_/_/ ダメ元でも行っていたはずですが、今はどうなのでしょうねぇ……。
_/_/ 図面通りに作っておけば、生産設計としてのリスクは低いかも知れませんが、後工程(現場)の作業者は大変だと思うのです。
_/_/
_/_/
_/_/
_/_/ ……と、元はと言えば、図面の対称表現の話題でした。
_/_/
_/_/ ある意味、橋梁……と言うのか、道路はセンターラインに対して『対称』ですよね。
_/_/ 対面通行の直線道路では、上り車線と下り車線の道幅は同じ、ガードレールも同じ、排水勾配も対称に成っているはずです。
_/_/ なので橋梁(鋼上部工)の図面でも、主桁が4本有れば『G1桁とG4桁、G2桁とG3桁は橋軸に対称』とか、
_/_/ そんな感じの図面注記は結構、見掛けるはずです。
_/_/ (勿論、完全には対称では無いことが多いので、頻繁に見掛ける表現でも無いはずです。)
_/_/
_/_/ しかし今回、私が違和感を持った図面は、対称の軸線が『橋軸』では無く『支点』だったのです。
_/_/
_/_/
_/_/ そう!敢えて『橋脚(横桁)方向』とは書きません。
_/_/ 本件、橋軸方向と橋脚(横桁)方向には斜角が有るので、橋脚軸に対称な主桁など有るはずが無い。
_/_/ (支点折れの斜角なら、条件が揃えば有り得なくも無いと思いますが、本件は直橋に類する橋なのです。)
_/_/
_/_/ なので支点に対して『対称』の指示を注記として記するので有れば、
_/_/ 『本図は、P〇支点に於いて橋軸に直角な軸に対して対称。』
_/_/ とか、少し分かり辛い指示を必要としたはずですが、これがまるっと欠落していたのです。
_/_/
_/_/ この状況で、支点と言う『点』に対して類似な構造が有るとすれば、それは対称ではなく『180°回転』だと思いませんか?
_/_/
_/_/
_/_/ そもそもが違和感を感じていたことの一因には、図面に記された『支点側』『支間側』という語句の曖昧さも手伝っていたようで、
_/_/ 『支点って中間支点から見れば、端支点は2つだし……。』みたいなアンチ感が有ったのです。
_/_/ (支間も支点の両側に有るのだから、相対的な位置関係は示せても、絶対的な位置関係を示す語句では無いのでは?……と。)
_/_/ まさか『支点側』『支間側』の語句だけで『P〇支点に於いて橋軸に直角な軸に対して対称』を示していたなんて……。
_/_/
_/_/
_/_/ 結果的に29日に成って、この図面の意図が回転では無く『P〇支点に対称』だと気付く糸口に成ったのは、
_/_/ これとは別の図面に『橋軸に対して対称』という文言が使われていたことです。
_/_/ 『あれっ、この図面では、対称っていう表現を使っているよねぇ。
_/_/ そう言えば原寸での対称指示は御法度でも、図面の表現としては生きているのかぁ……、えっ?えっ〜〜!!』
_/_/
_/_/
_/_/ ちなみに私が使用していたのは、客先が図面に部材(部品)のマークと方向を付加した『工作図(マーク図)』と呼ばれる図面。
_/_/
_/_/ 『おかしいなぁ。回転仕様のはずなのに、何でこんな片手落ちのように、方向を付加し忘れているのだろうか?』
_/_/ その答えは『支点に対して対称だから、橋軸に直角側の方向は固定をしていた。』だったのです。
_/_/
_/_/ 『あっ、はっ、はっ!』じゃないですが、それだけの事なのか?って、全体配置図と工作図を見比べると、
_/_/ 橋軸方向に対称な構造にも辻褄の合わない表現が紛れ込んでいます。
_/_/
_/_/ これって連休明けに速攻で確認しないとマズいじゃん!
_/_/
_/_/ ちなみに、この工作図に方向を入れた担当様も思案したはずですよねぇ……。
_/_/ だったらせめて『このマークは、P〇支点に対称』という注記だけでも、入れてくれれば良かったのに……、
_/_/ ……って、工作図も原寸資料だから『対称表現』は、ご法度かい!!^^;
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_/_/ 2025年の年の瀬は、客先への質疑書作成で暮れていきました。
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_/_/ お正月って、昔は家族団らんで御馳走を囲んで、兎にも角にも、まぁ一杯!
_/_/ だったと思うのですが、様変わりですよねぇ……。
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_/_/ 今年は長男夫婦が帰省する予定だったのですが、長男はインフルエンザに罹患して断念。
_/_/ 持って帰らせるつもりだった土産と孫へのお年玉を、妻は宅急便で送る訳ですが、それって?……ですよねぇ〜〜。^^;
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_/_/ 結果的には、妻とその『おかあ様(義理の母)』との3人で年越しと成った訳ですが、
_/_/ 元旦とて、初詣の予定を考えれば、お屠蘇と言えど『飲酒』です。
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_/_/ 結局、初詣から帰った後に、ちびりちびりとお屠蘇気分を味わった訳ですが、寝落ちをしたようで、
_/_/ 予定していたラノベの読破は捗らず……。
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_/_/ と言うのか、やはり歳のせいなのか日本酒での悪酔い感は、年々酷くなるばかり。
_/_/ 正月前に買い貯めをしたブリの刺身やおせち料理やら、悪酔い状態じゃ食することさえ出来なくて、
_/_/ 『五蘊盛苦(ごうんじょうく)』と言うに相応しい苦しみです。
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_/_/ こうして後何年、健やかな新年を迎えられるのか分からないですが、
_/_/ 健やかさを感じられている今現在には感謝ですね。^^;
_/_/
_/_/ 皆さまに於かれましても、本年も『幸』多からんことを祈念致します。^^;
_/_/
_/_/
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_/_/ 今日も一日を無事に過ごせた事だけに、感謝!です。
_/_/
_/_/ 精進を致しますので、皆様も日々の精進を心掛けましょう!!
_/_/
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