鋼騒妖異譚 第二話『激動』





 ある程度の友好的な関係を築いたら、あとはある意味楽だったといえるだろう。
 また、ブラウン・ジェンキンを滅して以降、しばらくは『敵』は何も仕掛けてこなかった。
 平和な一時だったと言えるだろう。
 その時までは――
 美術の課外授業で、写生のために入場した公園。
 いつから仕掛けていたのだろうか?
 綿密に、繊細に。
 しかし大胆に仕掛けられた布陣は――
 公園を異界に変えていた。
 違和感を感じた宗介がかなめの腕を取ったその時には――
 遅かった。
「・・・・・・しくじった」
 呻く様に呟く。
「どうしたの?」
「気付かないのか?ここには俺と君しかいない。不自然だ」
 宗介に言われて周囲を見てみる。
 人が居ない。
 さっきまでは一緒にいたはずの級友の姿も、公園の中にいた人の姿も。
「・・・そう言われてみれば・・・」
「アルソフォカスの異界。完全に本来の世界から切り離されてしまった」
 その宗介の言葉と同時に、黒ずくめにサングラスの男がどこからともなく姿を現し――
「 Ladys and Gentremen,It's a・・・・・・Show time!」
 口元に歪んだ笑みを浮かべながら指を鳴らした。
 すると――
 音もなく、滲み出るように。
 巨人が現れた。
「アーム・・・スレイブ・・・!」
 そう、アーム・スレイブ。
 近年の戦争の形態を変えた鋼の巨人。
 しかし、目の前の機体はどこかが違う。
 なぜ、衣を纏っているのか?
 その表面に走る幾何学的なパターンは?
 左腕に付いているパーツは何なのか?
「ウィザードか・・・」
 ウィザード。
 アーム・スレイブに魔術機能を付与した機体。
 その装甲にはナノレベルでの魔術パターンを施され、通常の攻撃を受け付けない。纏う衣はそれ自体が呪符。腕には呪符用のドラムマガジンを装備し、錬金加工された人工筋肉は通常のAS以上のパワーを発揮する、機械仕掛けの魔術師。
 それが、数体。見たところベースはサベージの様だ。
「・・・Rk−39/S・・・シャーマンか。しかし」
(ウィスパード・・・そこまでして欲しいと言うことか・・・!)
 隣にいるかなめは――恐怖に震えてはいない。
 ただ、目の前にいるウィザードの群れを睨んでいる。
 負けていない。
 彼女は、負けを認めていない。
 宗介も負けを認めていない。
 宗介もシャーマンを睨み付けた。
 その視線に反応した訳ではないだろうが――
「ターゲットと一緒に余分なものまでとりこんじまったのは予定外だったけどな。
 ――ま、誤差のうちだ」
 にやにやと男は笑いながらサングラスを外し――
「逃げられるとは思わないことだな、ウィスパード」
 鋭い目でかなめを見据えた。
「ガウ――!」
 宗介はその男の名前を呼びかけて自制。
 した瞬間、閃光が走った。
「よぉソースケ、お困りのようだな?」
「クルツ!」
 新たな巨人がそこにいた。
 灰色の身体に白い衣を纏った巨人。
 その手に携えているのは、その機体には不釣り合いなほど巨大なライフル――レールキャノン。
 だが、通常のASならこの『アルソフォカスの異界』に入ることは能わない。
 そして、巨大なレールキャノンを扱うことも。
 それらのことが出来るのは――ウィザードのみ。
「・・・ミスリルか。ということは」
 宗介の眼を見て、男は笑った。
「こいつもミスリルってわけだ。ははっ!参ったねぇ」
 そう。
 笑っている。
 狂った様に。
「楽しませてくれそうだな・・・」
 男は楽しそうな笑みを浮かべると、公園の奥――専用の機体が眠る場所へと駆け出した。


 クルツはシャーマンの群れに向き直り、宗介に喚起した。
「ソースケ、とりあえず一機かっぱらっちまえ。そーすりゃ逃げ出すのもちっとは楽になる」
「ああ」
 肯くや、宗介は疾走とマインドセットを開始。
(――やれる!)
「其は幻影 我が写し身を描きて 我が敵の目を欺く者
 されば我を捉うるは 神とも魔とも 能わざるなり
 ――夢幻陣」
 呟く。
 呟かれたキーワードは宗介の精神界に魔法円を展開。
 神界との通路を繋ぎ、力を導いてくる。
 導かれた力は、魔法円に応じた形状を取り――
 姿を現す。
 宗介が選んだ力の発現形態は『幻』。
 呼び出された力は陽炎のように無数の宗介の姿が生み出した。
「甘い・・・」
 パイロット達はすぐさまスキャニング開始。
 しかし、センサーは全てが実体であると認識している。
「馬鹿な・・・!」
「仕上げ、っと」
 クルツの駆るウィザード、M9/CS『魔弾の射手』が符を放ち――爆音。
 全ての機体は視界を失った。
 そして響く宗介の声。
「汝が意志は我に従い 汝が心は我に従い
 ただ我が意をくみ動くものなり
 ――式神」
 シャーマンは自機に何かが取り憑いたのを認識したが――
 時は既に遅く。
 機体の自由を奪われていた。
 機体は一歩一歩、戦いの場から離れていく。
 しかしそれはパイロット自身の意志ではない。
 そして、ターゲット――千鳥かなめの側にまで来たと同時に。
 ハッチが開いていく。
 為す術もなく。
「馬鹿な!」
「現実だ」
 無慈悲な少年の声。
 そしてそのまま引きずり出され――
「我が右腕に宿るは猛き雷光
 我が敵を討て 刃となりて
 ――紫電一閃!」
 宗介は雷撃を纏わせた拳を一閃。
 パイロットはあえなく気絶した。
「千鳥。こいつで逃げるぞ」
 気絶したパイロットを担いで降りてきた宗介はかなめに宣言。
 対するかなめはやや呆れた表情だ。
「相良君、こんなのも動かせるの?」 
「俺はプロフェッショナルだからな」
「何でもありなのね・・・」
 諦めたように呟くかなめ。
 そんな彼女に宗介はどこで憶えたのか(多分クルツだろう)、
「惚れるなよ」
 と親指を立てて応えた。
 かなめは微かなめまいを感じながらもどこからともなくハリセンを取り出し――
「惚れるかぁぁぁっ!」
 宗介を張り倒した。
「なかなか痛いぞ」
「痛くなるようにやってんのよ!」
「ぬぅ・・・何故に殴られなければならないのだ・・・」
 宗介は理不尽なものを感じながらもRk−39/S『シャーマン』を再起動させた。





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